vol.2

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vol.2

「それで灯里さんが…って、野崎さん?どうかしたんですか?」 青葉くんの話もそっちのけで、私はある1人の少年を見ていた。彼が見ているのは青葉くんで、もう2年くらい前から、青葉くんの追い掛けをしていると認識している。 (おっと、目が合ってしまった。何気なく視線をずらさないと…。それにしても、今日も元気そうで何よりです) 「野崎さん?俺の話聴いてました?」 「あ、すみません。愚痴ならちゃんと聴いてましたよ。元宮先生は相変わらずですね」 「愚痴なのかな?まぁ、聴いてたならいいや。ねぇ、付き合ってから2ヶ月は経つのに、素っ気ないと思わないですか?」 「元宮先生らしくていいじゃないですか。付き合った途端に、まるで別人のように変わる人よりはいいと思いますけどね」 付き合う前と後では、性格がガラリと別人のように変わる人も、少なからずともいる。それは男女問わずだ。特に、同棲や結婚をした途端に、性格がガラリと変わったりする事も多いという。 そこで発生するトラブルの多くは暴力などの…DVだったりする。異性間や男性間が一番顕著で、女性間の場合の話はあまり耳にした事はない。というのが、個人的な経験と、とある人物から聴いた話だ。 (あの元宮先生が意味もなく暴力を振るうとも想像し難い。それ以上に、デレデレしている姿も想像し難いですけどね……) 「それはなんか嫌ですね。でもやっぱり、少しでも会いたいじゃないですか!それなのに灯里さんときたら「仕事が優先ですよ」って、淡々と言うし〜。でもそんな、クールな灯里さんも好きですけど!あ…もしかして……灯里さんは会いたいと思ってないとか?!」 「それはないでしょう」と言って、車に乗り込みながら、話を続けた。 「本音を言うと、会いたいと思ってるんじゃないんですかね。これは私の勝手な想像ですけど……元宮先生は、青葉くんの立場を理解しているからこそ、わざと素っ気なくしてるんじゃないかと思いますけどね」 「そうなのかな〜?もっといっぱい、我儘言ってくれていいのに〜。そういう約束したのにな……」 「きちんと線引きが出来る方なんですよ。ですから私も、安心して青葉くんを任せられるんですけどね」 仕事だけが生き甲斐と言わんばかりに、日々を謳歌していた青葉くんから、恋愛話を聴く日が来るとは想像もしていなかった。 しかもその相手が、同性の元宮先生と聴いて心の底から驚いた。それこそ青葉くんには、無縁だと思っていたから。 今の世の中、人を好きになるのに性別は関係ないとは思う。だけど未だ偏見が多いのも事実であり、青葉くんの立場を考えるなら、反対するべきだったのかも知れない。 けれど青葉くんの本気を目の当たりにして、だからこそ、青葉くんの意志や気持ちを優先してあげたかったし、応援してあげたいという想いが強かった。 私はどっちつかずの人間だから、誰かを好きになるという純粋な想いを、いつの間にか何処かに置いてきてしまった…元よりそんな感情を持っていなかったのかも知れない。 (私も変われると思ったんですかね。そんなの今更思っても遅いのに……) 「あ〜灯里さんに会いた〜い!週一じゃ足りない!しかもそれ、カウンセリングだし……」 「なるべく休みが合うように、スケジュール組みはしてるんですけどね。先方の都合だったり撮影押しなどがあるとどうしても…。私もリスケする度に、心が痛みますよ」 「せっかく灯里さんと付き合えるようになったのに、休みで丸々一緒に居られたのって、2ヶ月でまだ3回だよ?」 「カウンセリングの日も込みですけど、月に4回は会ってるので…これでも会えてる方だと思います。本格的に仕事に戻るようになれば、長期ロケも入る可能性ありますからね…」 「無理ぃ〜!ストレスで胃に穴開いちゃう!いや髪の毛が抜けてハゲる!」 青葉くんがこうしてたまに、駄々をこねるようになった事も、甘えたり我儘を言うようになった事も、最初は戸惑った。でも「これが本来の本條さんなんですよ」と言われて、納得しない訳にはいかなかった。 しかも「気を許した相手」にしか発動しないと言われたら、マネージャー冥利に尽きる…と言えば聴こえはいいが、単純に優越感が勝ったのだ。 (それにしても困った事になってきました。このままでは、今度は青葉くん自身が問題を起こしかねない。それでは元宮先生の気遣いも台無しになる、って事を話した所で、今の青葉くんでは納得しないでしょう。そろそろ行動に移した方がいいかも知れないですね) 「青葉くん、そろそろ打ち合わせ場所に着きます。気持ち切り替えて下さいね?」 「あ、はい!でもその前に、先生の写真見てもいいですか?」 「えっ?撮らせてくれたんですか?!」と驚いて、つい大きな声で聞いてしまった。 いや、元宮先生を知る人間なら誰だって驚くのではないだろうか。それだけ、写真を撮られる事を嫌い、頑なまでに拒否してきた元宮先生だ。その写真が見られるとなれば、恋愛云々を抜きにしても普通に興味は湧く。 「違いますけど……見ますか?」 「見てもいいなら、見せて下さい」 「どうぞ。はぁ〜灯里さん可愛い、カッコイイ…最高に好き」 そう言いながら渡されたスマホを見て唖然とした。何故ならそこに写っていたのは、元宮先生なのかすら解らない写真だったからだ。 「これ、元宮先生……なんですか?」 (このぼやぼやというか、もやもやした画像を見て、可愛いとかカッコイイという判断が出来ません。まずこれが元宮先生だと言われても、全くもって解りませんけど…) 「そうですよ。関谷先生が、スタッフさんを撮る振りをして、その後ろに居た灯里さんを撮ってくれたんです。それを、灯里さんの所だけ切り抜いて拡大したんです」 「それを世間では盗撮と言うんですよ……」と、呆れたように言った。 たまに青葉くんの無邪気さが、色んな意味で怖いと思う時がある。それがまさに今だった。 (過去に何度もストーカー被害にあった人間が、逆にストーカーのような行為に走るになるなんて……。やはり青葉くんが問題を起こす前に、早目に手を打つべきですね) 「今日の仕事はこれで終わりですが、大事な打ち合わせです。顔も気持ちも引き締めて下さい。ちゃんと切り替えて下さいね」 「そうだ…切り替え切り替え……」 そう言って目を閉じて、気持ちを切り替えようと深呼吸をする青葉くんの姿も、だいぶ見慣れてきた。 今までは、役の中へと入り込む時によくしていた動作だった。それがまさか、こういう使われ方をするとは思わなかった。 「よしっ!野崎さん、行きましょう」 そう言った青葉くんは、どこからどう見ても俳優の本條青葉そのものだった。 「その切り替えの早さは、いつ見ても感心します。まるで別人ですね」 「褒めて……ますよね?」 「当然です」 控え室に入ると、青葉くんにドリンクを渡して、私用のスマホを取り出し、ある人物にLINEを送った。 青葉くんと今回のドラマやキャストについて話していると、控え室のドアがノックされ、スタッフが青葉くんを呼びに来た。 それとほぼ同時に、スマホのバイブが振動した。表示を見ると、送り主はさっき私がLINEで送った相手だった。 私は青葉くんに「すみません、すぐに行くので先に行ってて下さい」と告げると、青葉くんは「解りました」と笑顔で言って、スタッフと一緒に打ち合わせ場所である、会議室へと向かって歩いて行った。 その後ろ姿を見送ると、すかさずLINEに用件を書いた文章を送る。今度はすぐに返信があり、それを読んだ私は、具体的な内容の文章を送った。ほぼ同時に既読が付き、返信もすぐに届いた。内容は了解したという、簡単なものだった。 (取り敢えずこれで、次の行動に移せます)と、私は少しだけ安堵した。 ***** あの日から少し体調が悪くて…というよりは、外に出るのが少し怖くなって、本條さんの追っ掛けが3日も出来なかった。 外に出なかった間は、本條さんのスケジュールを見ながら、色々な想像をしていた。例えば、雑誌の撮影なら(今日はどんな服装なんだろう?)みたいな感じ。 でもそれはまぁ……撮影している所を生で見た事がないから、脳内でそういう想像してるだけ。しかもそれはこの3日間に限らず、いつもの事なんだけど。 本條さんのSNSの公式は常にチェックはしているから、運が良ければ撮影の時の写真などがupされ時がある。それを、ひたすら拝んでるのもいつもの事。 いつもの事といえば……外に出れない間にも、ボクは偽の情報は流し続けていた。現場の状況が解らないから、今までのパターンを元に、予測可能な範囲で嘘の情報を流していた。 (混乱した様子がないから、大丈夫だと思うけど…。そもそもボクのやってる事が、ちゃんと本條さんの役に立ててるのか、解らないけど……っていうか、本條さんに会いたい!いや、会いたいっていうのはおかしいな。会った事もないし会える訳じゃないし……。でもとりあえず、生の本條さんが見た〜い!) 体調が悪くなったキッカケ……あの時の事を、その日のうちに、ボクは蓮と結人さんに話した。2人は黙って最後まで聴いてくれた。 話が終わると、先陣を切るように結人さんが「気の所為かも知れないんだろ?」と言った。 「でも気の所為じゃないかも知れないから、怜は怖いって思ったんじゃい?違う?」 「そう……なのかな…?」 蓮に解り易く聞かれても、ボクにはなんとも言い切れなかった。 (気の所為だと思いたかったけど……) だけど、それまでの事を意識して振り返ると、蓮の言うように、気の所為じゃないかもって思ったのも事実。だから訳が解らなくなって、不安が一気に押し寄せて来たんだと思う。 「あのさ…こういうのって、バレたらどうなんの?」 「普通に考えたら、ほぼストーカー行為みたいなもんじゃない?だから、付き纏いとかで訴えらるかも知れないね」 蓮のその言葉に、一瞬にして全身が硬直してしまった。確かに自分のやっている事は、普通じゃないって自覚はある。でも、訴えられるかも知れないって事までは、考えた事もなかった。 いつも遠くから見ているし、それが無理な時は、人混みに紛れ込んでいた。とにかく、本條さんからもその周りの人達からも、ボクの存在を認知される事だけは避けてきたから。 (迷惑になるような事だけは、絶対にしないようにしてたつもりだけど、遠くから見てるだけでもやっぱりダメなのかな…それは…ツラい…) 「でもさ〜、ただ見てるだけじゃん。特に何かをした訳じゃないじゃん?なのに訴える事って出来んの?」 「実害も証拠もなければ、警察に話しても相手にされないと思う。だけど、もし向こうが怜の存在に気付いていて、証拠になりそうな写真とか撮ってたら、事情聴取や注意喚起くらいはされるかもね」 「怜のやってる事は、タチの悪いファンに比べたら、全然マシだと思うけどな~」 結人さんが溜息混じりにそういうと、蓮が困った顔をしながら「僕はそういう事は詳しくないから、一般的な範囲でしか答えられないよ」と言った。 「つまり……俳優だってアイドルだって、俺みたいな配信者にだって、それなりにファンはいるよな?」 「うん、そうだね」 「その中には、ストーカーする奴とか、学校やら会社やら、住所やらなんやら特定する奴とかさ……そういうタチの悪いファンが、少なからずとも存在するんだよ。好きでファンになってくれるのは、確かに嬉しいし有難いけど、度が過ぎたらただの害でしかない。一歩間違えたら、本人だけじゃなく、その家族や友達まで巻き込むからアイツらは!」 「兄さん、やけに実感籠ってるね?」 「あぁ…結人さん、1回だけそういう事あったから」 「えっ、僕その話聴いてないよ?」 ボクがうっかり口にしてしまった一言で、話が大きく逸れてしまった。ボクは2人の言い合いが、喧嘩にならないように宥めていた。 (結人さんは、蓮が心配するといけないからって黙ってたけど、蓮にとってはそういう事も、話して欲しかったんだろうな) 宥めながらも、そんな事をボーっとしながら考えていたら突然、結人さんが「でも怜の気の所為だと思うよ〜」と言い出した。ボクが考え事をしているうちに、仲直りしたらしい。 「そうだね。向こうがその気なら、とっくに訴えられてると思う」 「そういう事。だからあんまり気にするなよ」 「うん……ボクの気にし過ぎかも知れないね」 2人の言葉に安心してボクがそう言うと、結人さんが「作業出来そう?」と聞いてきた。ボクは「大丈夫ですよ~」と答えた。 「じゃあ、頑張りますか!」 「は~い」 「僕はその間にご飯作っておくね」 「「わ~い」」と、ボクと結人さんがハモると、蓮がおかしそうに笑った。 それからずっと、結人さんの動画編集をして、終わった後はご飯を食べて帰宅した。2人は心配だから泊まっていけばいいと言ってくれたけど、ボクはこれ以上甘えるのはどうかと思い、それとなく断った。 (でも、こうなるなら素直に甘えておけば良かった)と、早くも次の日に後悔した。 (でも身体も軽くなったし、気持ちも安定してきたから、明日からまた生の本條さんを拝みに行こう!本條さんを眺めて癒されよう!) そう思ったものの…次の瞬間、ふとマネージャーさんの顔が浮かんだ。ボクはすぐに(いやいや、気の所為だから。ボクの勘違いだから…大丈夫…うん、大丈夫大丈夫……)と、自分に言い聞かせた。 そんなこんなで、4日振りの生本條さんを拝みに、いつものように現場近くで、本條さんが到着するのを待っていた。 時間より少しだけ遅れて本條さんが到着した。車でそのまま建物の中に入って行ってしまったので、一瞬しか見れなかったけど満足だった。 (今日はどこの現場でも、車からは降りて来ないかもな〜)と少し残念だったけど、窓越しに見えた本條さんも最高にカッコ良かったから、それだけで満足だった。 それから暫くは何事もなく、いつも通りの推し活の日々を送っていた。 何か変わった事…いつもと違った事といえば、本條さんのタワマンに新しい人が引っ越してきた事くらいだった。 その日は、本條さんが現場を上がる前に、タワマンの前の茂みに移動して、その引っ越し作業を眺めていた。 (本條さんとは関係ないと思うけど、こんな高そうなタワマンに住む人って……ちょっと気になるな〜。やっぱりお金持ちなんだろうな。それとも本條さんと同じ、芸能人だったりして。あ〜それはそれで、ちょっと気になるな〜。でも住人らしき人が……見当たらない。でもまぁ…見た所で、本條さん以外の住人は覚えていないから、誰が誰なんて解らないんだけどね) この時のボクは単純にそう思っていた。そこにある違和感にも気付かなかった。しかもそれが、まさかの展開になる事も、全く予想が出来なかった……。
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