vol.6

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vol.6

「二条さんは中学卒業まで、ご祖父母の所で育てられていましたね?パソコンやネットはそこで覚えたんですか?」 (やっぱりボクの事、全部調べられてるんだ…)と思った。もしかしたら、証拠になるような物もあるのかも知れない。 でも、それならなんで警察ではなく、事務所に連れて来られたのか…余計に解らない。しかも(ボクが関わってって…どういう事なんだろう…?) 「パソコンは…ボクが、やってみたいってお爺ちゃんに話したら、喜んで買ってくれてんです。あまりオネダリとかした事がなかったから…。最初は何が何だか解らなかったです。でも、弄っているうちに割りとすぐ出来るようになりました。それから面白くなって、やっているうちにドンドン出来る事が増えて行きました。どうしても解らない時は、ネット友さんに教えて貰ったりして…。それでその…気付いたら、色々できるようになってました」 「え、独学なんですか?!それは凄い…」 「本当凄いね。それだけ怜くんは、頑張ったんだね」 そう言って2人は褒めてくれた。ボクは単純にそれが嬉しかった。やってる事は褒められた事じゃないけれど…。 「あの…やっぱり警察に……ボク、訴えられますか?」 「いえ、それなんですけど……」 野崎さんにしては随分と歯切れが悪い。すると、関谷さんが、代弁するように言った。 「単刀直入に言うと、警察に訴えない代わりに、怜くんにお願いしたい事があるんだ。ね、野崎さん」 「えっ、お願い……ですか?」 「そうです。二条さんにはネット上で、青葉くんを守って頂きたいんです。これが私からのお願いです」 「ボクが…ネットで…本條さんを守る?」 ボクはネットで本條さんを守るというのが、いまいちピンとこなかった。 「そうです、青葉くんを守って欲しいんです。当社のセキュリティは外部委託です。そして彼等には、社のセキュリティをお願いしています。広報担当者もいますが、広報はメディア関連の仕事が主です」 「え〜と…本條さん専用というか…本條さんだけのセキュリティ係?みたいな人…が必要って事ですよね?その…プロの人じゃダメなんですか?」 混乱する頭を、なんとか整理させようと言葉にしてみた。それでもやっぱり、どうしてボクなのか解らない。 「広報には広報の仕事だけで、手一杯なんです。なので、外部委託も考えました。でもどんなに強い執行力を持った契約を交わしても、いつ何時、情報をリークされるか解らない。それは他のタレントについても、同じ事が言えるんですけどね」 「どうしてボクなんですか?」 「理由は2つあります。1つは二条さんのその腕を見込んで。もう1つは、追い掛けの経験からです。その2つの理由から、二条さんにお願いしたいんです」 それだけの理由で、ボクに頼む必要があるのか解らない。多分それくらいなら、ボクじゃなくても、ボク以上に出来る人なんて、探せばいくらでもいると思った。 「それだけじゃないよ。怜くんは絶対に、本條さんの不利益になるような事はしないだろう?現にさっき、自分でもそう言ってたよね?」 「はい、言いました。だけど……ボクはプロではないですから…」 「単に資格がないだけで、腕前だけを鑑みるなら、プロでしょう。現にセキュリティをお願いしている、委託業者の人達も驚いていましたよ」 確かに前から、蓮や結人さんからも、資格を取ればいいのにとは言われていた。ネッ友さんからも似たような事は言われていた。だけど、勉強したりする時間があったら、本條さんの追っ掛けをしていたかった。 「ボクはただあの……これをこうしたら…って感じでやってたら、アクセス出来ちゃって…。パスワードも思い付く範囲で弄ってたら、クリア出来ちゃって…なので、技術というよりは偶然です。それにやった事は、褒められる事じゃないです…」 何回も言うけど、褒められたのは嬉しい…だけど、褒められる事はしていない。そもそもボクに、ハッキング出来るとも、それが成功するとも思ってもいなかった。だから今、とてつもなく複雑な気持ちだった。 「そうだね。ハッキング行為は違法だから、決して褒められた事ではないよね。でも腕が確かなのは立証されちゃったね」 「二条さん。貴方の行為を見逃していたのは、貴方が青葉くんの脅威にならない、と判断したからです。それどころか…これは先程も言いましたが、貴方のお陰で、青葉くんが守られていたという事実の方が、我々にとっては大きいんです」 「守ってなんて…」 ボクはただ…本條さんがもう二度と、危ない目に遭わないようにって…それしか考えていなかった。 「変な噂のコメント等にも、それとなくミスリードさせるコメントで上書きしたりもしてましたよね?」 「あぁ…ああいうのには慣れていたので…」 「一ノ瀬さんのお兄さんが、確か人気の配信者さんでしたね。あの界隈も、この業界と相通じるものがありますよね…」 「野崎さん興味あるんですか?」 「この業界と同じように、人気商売ですからね…気にはなりますし、時間があればチェックもしますよ」 案の定、結人さんの事もバレバレだった。しかも観てるとは……それこそ意外過ぎてビックリする。 「野崎さんがそういうの観てるなんて、全くもって想像しにくいですね〜」 「私からすると、貴方の方が詳しそうですけどね」 「よく言われますけど、たまにテレビのバラエティ番組やドラマを観るくらいですね。たまたまテレビを点けたらやっていた…って程度です。でも、灯里ほど疎くはないですよ。アイツはニュースと天気予報しか見ませんから」 (え〜と、さっきの綺麗な先生の事か…。テレビ観ない人って今どきいるんだな〜。あ、ボクも本條さんが出てない限り観ないけど。ん?あれ……?) 「あのっ…」と、ボクは聞いてもいいのか解らなくなって、思わず言葉を詰まらせた。 「どうかしました?」 「え〜と…その、本條さんと…さっきの先生って…」 「二条さんが見た通りです」 「付き合ってるって事…ですか?」 「そうだね…付き合ってるね。それに、半月くらい前から同棲も始めたよ」 (同棲って……あ、一緒に住んで……え、大人の世界…ボクには想像がつかない……ん?待って…半月前…?) ボクは、同棲という言葉にちょっと恥ずかしくなった。でもその後の、半月くらい前という関谷さんの言葉で思い出した。 「あっ、引越し業者さんが来てた…」 「やはり見てましたか。念の為に、手早く終わらせるようにと、伝えておいたんですけどね」 「それで荷物が少なかったんだ…」 ボクはあの日の引越し作業で感じた、違和感の正体が解って少しスッキリした。 あのタワマンに引越して来るにしては、運ばれていく荷物が少なかったのだ。その時は、大型家具や家電類なんかは、違う業者さんが来るんだろうとしか思ってなかった。 「怜くんは、探偵の素質もありそうだね」 「実際、二条さんの観察力は凄いと思います。情報処理も早いですし、それを活かした発信能力も、驚くほど凄い物があります。記憶力も高いですしね」 (だから、そんなに褒められる事じゃないし…。大体にして、ボクそんなに頭良くないよ!) 「秀逸な天才児が、トラウマに邪魔をされて身動きが取れなかったんだね。宝の持ち腐れになる前に、出逢えて良かったよ」 ボクはなんの事なのか解らず、他人事のようにただ聴いていたら、野崎さんに「二条さん、貴方の事ですよ」と言われた。 「へっ?あ、ボクですか……?えっ、ボクそんなに凄くないです。天才児なんかじゃないですよ?」 「人間はね、自分の事ほど良く知らない生き物なんだよ。特に、怜くんのような幼少期を過ごしてしまうとね…」 そう言った関谷さんの表情が、急に暗く沈んで見えた。見えただけかと思ったら、野崎さんの言葉で、更にそう見えてしまった。 「貴方と元宮先生にも、トラウマがあるでしょう?」 「あるけどね。でもトラウマの原因は人それぞれだから…。それをどう克服するか……克服に至らなくても、それを抱えてどう生きて行くか。それもまた、人それぞれ違うから」 ボクは今まで、そういう事を考えないようにしてきた。それでもやっぱり、予期しない事にはパニックを起こす。何もなくても、酷い時には唐突に訳もなく、死にたくなったりする。 それを見兼ねたお爺ちゃんとお婆ちゃんに、精神内科に連れて行かれた。ボクは行きたくなかったけど、2人が安心してくれるなら…と、自分に言い聞かせるように通った。 渋々通っている所為なのか、主治医の先生の事は、いつまで経っても好きになれないし、信用出来ないとすら感じる。薬は飲むと必ず眠くなる。 前に薬の情報サイトで、自分が飲んでる安定剤と、睡眠薬について調べたら、未成年者への投与は注意と書かれていた。他のサイトでは、未成年者への使用は禁止と書かれていたりして、ますます信用出来ないと思った。 それでも…薬を飲まないとダメだという気持ちと、薬がないと不安になるという気持ちもあって、本当に渋々…渋々というより嫌々、今でも通ってる。じゃないと薬が手に入らないから。 蓮や結人さんの前で薬を飲もうとすると、2人に止められる。きっと2人も、薬の副作用の事は知ってるんだと思う。 その代わり、ずっと傍に居てくれる。落ち着くまで手を繋いでくれていたり、ギューってハグしてくれたりする。だからって、いつでも傍に居てくれる訳じゃないから、やっぱり嫌々でも通院するしかなかった。 「二条さん、大丈夫ですか?」 「あ、はい。すいません、なんですか?」 考え事をしていただけなのに、凄く心配そうな顔をして、声を掛けられてしまった。 「もうこんな時間ですから、後日…明後日の昼間にでも、また改めてお話をさせて下さい」 「話…って、さっきの本條さんを守るとか……そういう話ですか?」 「それもありますが…実は、二条さんに声を掛けた理由は、他にもあるんですよ」 「他にも…?」 「それは、僕の方からの話になるかな。でも、最終的にお願いしたい事は、野崎さんと同じなんだけどね」 野崎さんの話は解ったけど、関谷さんからの話には皆目見当もつかない。でも(最終的には同じお願いって…その事だよね?)と思った。 「これが私の…個人で使用している、スマホの番号です。明日にでもまた、日時と場所をお伝えする、電話をします。それまでに少しでもいいので、前向きに検討しておいて下さい」 「え、あ…はい」 「怜くんに限って、ないとは思うけど…くれぐれも、2人の事は秘密にしておいてね」 野崎さんからメモを受け取りながら、ボクは黙って頷いたけど、正直どうしたらいいか解らない。 関谷さんの問い掛けにも黙って頷いたけど、蓮と結人さんには話してしまう気がした。 「じゃあ、僕が送って行くね。野崎さんも一緒に乗って行きます?」 「私は明日も、青葉くんを迎えに行かなければならないので、社用車で帰ります。それより、二条さんをちゃんと送り届けて下さいね」 「解ってますよ。じゃあ、行こうか」 そう言って関谷さんが席を立つと、つられてボクも席を立って、関谷さんの後を追うように歩いた。 関谷さんはボクの住むアパートまで、黙って運転をしていた。ボクも、特に話す事はなかったから黙っていた。 「この辺だよね…?」 「はい、その次の次のアパートがそうです」 「今日はビックリだらけだったでしょ。帰ったらゆっくり休んでね。あとあれだ…起きたら、え〜と一ノ瀬くんに連絡してあげてね。きっと心配してるから」 「はい…」 確かに…。話の途中で一方的に通話を切って、スマホを放り投げた。今頃、蓮は寝ている…もしかしたら起きてるかも知れない。だけどボクにはもう、誰とも話をする気力は残っていなかった。 「不安なら、一ノ瀬くんにこの話してもいいよ」 「でも…」 「さっきは野崎さんの手前もあるから、ああ言ったけどね…1人じゃまたパニックになりかねないでしょ。それに、怜くんが信用してる相手なら、話しても大丈夫だと思う。一ノ瀬くんも、周りに言い触らすタイプではないでしょ?」 「蓮も結人さんも、そういう事はしないです。どっちかというと…そういう事を言ったり、やったりする人達が嫌い、ってタイプです」 ボクがそう言うと「だろうね」と、関谷さんは言った。ボクが不思議に思っていると、今度は「ここで合ってる?」と、全く別の事を言い出した。 「は、はい。あの…ありがとうございました」 「気にしなくていいよ。とにかく今日はゆっくり休んでね。おやすみ」と、優しく微笑まれた。 帰宅してベッドにダイブするなり、考え事をする余裕もなく、自然と目が覚めるまでぐっすり寝ていた。 目が覚めて、慌てて時計を見ると昼を過ぎていた。ボクは慌てた状態のまま、スマホを探した。 バッグに入れっぱなしだったスマホは、2台とも充電が切れていて、急いで充電器のコードを差した。ついでにSwitchも、専用ドックに差し込んだ。 お茶を淹れて一息吐いてると、スマホの通知が一気に鳴り出した。 全部が蓮からのものだった。それにしても凄い量のLINEと電話の通知数だった。その中に、結人さんからのLINEも入っていた。 ボクは一つ一つ読みながら、どれだけ心配掛けたのかを思い知らされた。でも…不謹慎だとは解っていても、つい(愛されてるな〜)と思ってしまう。すると着信が鳴った。噂をすればなんとやらで、相手は蓮だった。 『怜?!大丈夫?!無事?!』 「大丈夫、無事だよ。怪我一つないよ〜」 『連絡が取れないから、焦りまくったよ』 「ごめんね、それどころじゃくて…。それに、充電しないまま寝落ちしてたんだよね」 『それどころじゃないって何?しかも、怜が充電を忘れるなんて、よっぽどの事があったんじゃないの?』 ボクはありのままを話したんだけど、逆に怪しまれてしまった。心配を掛けて不安にさせてしまったのだから、安心して貰う為にも、昨日の事を全て話す事にした。 (関谷さんも良いって言ってたし…。このまま何も言わないでいるより、言った方がマシかも) 「え〜と…蓮はまだ学校でしょ?学校が終わったら会える?」 『もちろん!怜の無事な顔を見れるなら、今すぐにでも会いたい!』 「それはダメだよ」 『解ってるけどさ〜』 「夕方には、蓮の家で待ってるから」 『兄さんが居ると思うから、中で待ってて』 「解った〜。蓮、心配掛けてごめんね」 『無事なら良いよ。声も元気そうだしね』 「蓮の声聴いたからかも!蓮、大好き!」 『俺も怜の事、大好きだよ』 「じゃあまた後でね」と言ったと同時に、スマホの向こうから、チャイムの音が聴こえた。きっと、これから午後の授業が始まるんだろう。 通話の終わったスマホをテーブルの上に置いて、ぬるくなったお茶を飲みながら、ボクは(これからどうなるんだろ?)と思った。
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