vol.7

1/1

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

vol.7

蓮の家には夕方頃に着いた。蓮の言った通り、結人さんが居て出迎えてくれた。 「昨夜は大変だったな」 「あ、はい。結人さんにも心配掛けてすいませんでした」 「俺はいいんだけど、とにかく蓮が煩くてさ〜」 「本当にすいません…!」 「でも無事で良かった。蓮が帰って来たら、話してくれるんだよね?」 「はい!」 ボクがそう言うと、結人さんは頭を撫でてくれた。そのタイミングで、蓮が帰って来て「ちょっと兄さん!何してんの?!」と怒ったような、ビックリしたような感じで言った。 「お帰り〜、我が愛しの弟〜」 「ちょっと離れて!」 「れ、蓮これは違うよ?結人さんはただ、頭撫でてくれただけだよ」 「そう、殺気立つなって…」と、宥めるように結人さんが言うと、蓮が「それは僕の役目!」と、駄々っ子みたいな事を言った。 確かに、いつもの蓮なら「僕も一緒に〜」くらいは言いそうだけど。 「寝不足の蓮くん、たまにはコーヒーでも飲む?」 「苦いから要らない。それより、いつまで玄関に居るつもり?」 言われてみれば、ずっと玄関で立ち話をしていた。蓮の言葉で、3人でリビングへと移動した。 いつもなら荷物を置きがてら着替えに行く蓮も、そのまま一緒にソファに座った。結人さんはキッチンに入って、お茶の用意をしてくれてるみたいだった。 「はあぁ〜怜…本当に無事で良かった」と言って、結人さんが居るにもかかわらず、ハグしてきた。 「おいおい…イチャつくのはいいけどさ、そういうのは部屋でやってくれない?お兄ちゃん、ちょっとジェラシー」 そう言って結人さんが、テーブルの上にお茶やお菓子を置いた。その結人さんが座るのを待って、蓮が「さっそくだけど…昨夜の事、聴かせてくれる?」と言った。 ボクは頷いて、出来る限りありのままを話した。でも多分、上手く説明出来てないと思う…。 一通り話終わると案の定、2人は混乱しているように見えた。でも、話をしているボクでさえ、いまだに混乱している。だから余計に説明に困ってしまうのだ。 「情報過多で脳内がパニックになるな。え〜と、つまり…本條青葉には彼氏が居て、同棲もしている。その相手ってのが、入院先の医者で…この前、怜がぶつかった相手だった」 「補足するなら…昨夜一緒に居た、関谷って人も、その病院の先生だった訳だよね?」 「うん…そう」 「まぁ、患者と医者てのはありがちだよな。それが同性と限らないけど」 結人さんの言葉に、言われてみればそうだなと思った。それでいくと、医者と看護師も多い気がする。 「えっと…時系列で纏めると…本條さんと、その相手の人が一緒に居たのを見たから、怜はパニックを起こして僕との通話を切った。そして、パニックを起こしてる時に、関谷って先生が現れたって事だよね?」 「そう…だね」 「そこへマネージャーの…なんとかさんも現れた」 「野崎さんだよ、兄さん。ホント人の名前覚えるの苦手だよね」 結人さんは人の名前を覚えるのが苦手だ。というよりは、興味のない事や興味のない相手の名前は、ほぼ覚えない。 「関わりないんだから、覚える必要なくない?」 「そうだけど…まぁいいや。話を続けると…パニックが落ち着いた怜は、野崎さんと関谷さんに、本條さんのオフィスに連れて行かれた」 「そこで、写真を消すように脅された」 「あ〜、脅されたというより…ボクにとっても、要らない写真だったので、別に脅されたって気はしないんです。撮っちゃったのは…自分でもよく解りません。だからなんの躊躇いもなく消しました」 きっと、蓮や結人さんじゃなくても、あの時の状況を話したら、脅されたって受け取れるんだろう。でもボク的には、本当に…なんでかは解らないけど、脅されてる気はしなかった。 「でも、怜の事も俺達の事も知ってた訳じゃん?調べられてたって事だろ?その上でその話は、立派に脅しじゃん」 「それは…そうかも知れないんですけど…」 「追っ掛けの事も、ハッキングの事もバレていた訳だしね」 「なのに、怜の腕を見込んで〜とか言って、本條青葉のセキュリティ係になれと…これはあれか?勧誘みたいな感じ?」 「う~ん……もし断ったら訴えるぞって事かな…?」 ボクはここでも、2人の意見とは違う事を感じていた。これも、なんでかは解らないけど、断ってもなんの支障もない気がする。 「上手く利用されてる気がしなくもないな〜」 「僕はとにかく怪しいとしか思えない。それとも他に何か理由でもあるのかな?」 「理由……あ、そういえば…ボクに声を掛けた理由は、セキュリティの話だけじゃない、みたいな事を言っていた気がする……」 「何それ!余計に怪しいじゃん!ダメだよ怜。そんな話、絶対に断るんだよ!?」 「煩いよ、蓮。ホント過保護な奴だな〜」 (え、それ結人さんが言います?この状況で?もし、ボクと蓮の立場が逆だったら、真っ先に反対してるのは結人さんだと思うんですけど…)とボクは、特大ブーメランを放った結人さんに、心の中でそう呟いた。 「で…そのもう1つの理由って?」 「それはまだ聴いてないんです。ボクがボーっとしてたからか、大丈夫かって心配してくれて…時間も遅いからまた今度って言われて…」 「今度もなにもないよ。もう話を聴く必要も、会う必要もないからね!」 「だからお前は落ち着けって」 「落ち着いてられる訳ないじゃん!寧ろなんで兄さんは、そんなに冷静なの?!怜もだよ!やけに落ち着いてるけどなんで?これを機会に、本條さんに近付けるかもって思ってーーー」 蓮が全部言い終わる前に、パシン…と音がした。結人さんが蓮を叩いたのだ。 「え…」と、驚いた顔をして蓮は叩かれた頬を押さえていた。ボクも驚いてしまって、何を言ったらいいのかも解らなくなった。 「だから落ち着けって言ってんの!お前…今、怜に対してめちゃくちゃ最低な事を言おうとしてたんだぞ?解ってる?」 「あ……ごめん…怜。つい、感情的になった…」 「ううん、ボクは大丈夫。でも、こんなに感情的になった蓮を見るのも、凄く怒った結人さんを見るのも初めててビックリした」 結人さんが手を挙げた時、本当は少し怖いと思ったけど、それ以上に本当にビックリした。 だってまさか結人さんがこんなに怒って、蓮を叩くとは思ってもなかったし、蓮がこんなに本気で感情をぶつけてくる事もなかったから。 「前にも言ったけどさ〜。推しに対する好きと、恋人に対する好きは違うんだよ。それにお前さ、怜がそういう下心あって追っ掛けしてるって、本気で思ってんの?」 「思ってない…」 「そもそも、追っ掛けを容認してたのお前だろ?」 「だって…それでも好きだったし…僕の方が好きって言ってくれたから……」 下を向いたまま蓮は、結人さんの質問に答える。 ボクはソファから降りると、洗面所に行って、ポケットからミニタオルを取り出した。 水を流してミニタオルを濡らして、適度に絞るとリビングに戻った。 「蓮…これ使って」と言って、蓮の横に座った。 「2人とも…心配かけて本当にごめんなさい。蓮…本当にごめんね。でも、ボクの話も聴いて欲しい……」 「うん、解った」と言う蓮と、無言で頷く結人さんに、ボクはボクが感じた事や、思った事をちゃんと話す事にした。 昨夜、本條さんとあの先生のツーショットを見た時は本当にパニックになった事。その所為で、死んでもいいって、ヤケクソみたいに思った事。 車に乗せられて事務所に連れて行かれる間は、そんな事より、ボクどうなっちゃうのかな〜って気持ちの方が強かった事。 事務所の中に入った時、なんでだか解らないけど(いつものボクだったら歓喜してるんだろうな)って、他人事みたいに思った事。 家族の事やハッキングの事が知られていた事に、凄く驚いた事。それと同時に、蓮や結人さんに心配だけじゃなく、迷惑を掛けちゃう事が嫌だと思った事。 野崎さんの口調は怖かったけど、ボクはその目をずっと、優しいな〜って感じてた事。同じように、関谷さんもずっと明るくて、凄く優しくボクに接してくれてた事。 「だからボク…何か言われて、ビックリする事はあっても、脅さてるって気がしなかったんだよね。2人からみたら、脅されてるように感じるのかも知れないけど…。でもボクは2人が本当に、怖い人達っていうか…悪い人達には思えないんだよね。ごめん、上手く説明できないんだけど……」 「大丈夫、伝わったから」 「うん、頑張って伝えてくれてありがとう」 そう言ってくれた2人が、一番優しい。きっと、ボクにとっての一番の理解者はこの2人なんだろう。そう思うと(もっと大切にしなきゃ)と、心の中で密かに誓った。 「まぁ、取り引き内容が本條青葉のセキュリティ係?だからな〜。これが有無を言わさず、訳の解らない契約書にサインしろって言うなら別なんだろうけど」 「兄さんの言う、その契約書がなんなのか解らないけど、セキュリティ係ってのも充分怪しい気がする」 「それはボクもよく解らないんだけど、多分やる事っていうのかな…は、今までと変わらないんじゃないかなって思った」 実際、ボクが引き受けたとして…出来る事って、今まで通りの事くらいしかないと思う。でも、それを活かして欲しいと言われた記憶がある。 その時、急にボクのスマホが鳴ったから、ビックリしてスマホを手に取った。蓮に「電話?」と聞かれ、結人さんに「珍しいな~誰?」と聞かれた。 「多分…野崎さんから…」 表示された番号は知らない番号だった。でも昨夜、野崎さんから貰ったメモに書かれた番号に似ていた。ちゃんと見てないからうろ覚えだけど。 「無理に出なくてもいいんじゃない?」 「今出なくても、また掛けてくるんじゃないか?」 2人の遣り取りを聴きながら、ボクは深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。 「もしもし…」 『二条さんですか?』 「そうです」 『野崎です。今少しだけお時間よろしいですか?』 「大丈夫です」 『用件だけお伝えしますね。明日の午後1時に、事務所に来る事は可能ですか?』 「えっと…はい…」 『ありがとうございます。受付には、名前を言えば解るようにしておきます。では明日、お待ちしております』 「はい」 野崎さんからの電話は呆気ないほど短くて、本当に用件しか言われなかった。 「なんだったの?」 「え〜と…明日、事務所に来て欲しいって」 「昨夜の話の続きをするんだろう」 「だと思います」 それ以外に呼び出される理由も、心当たりもない。改めて連絡すると言われていたから、それしか思い付かない。 「僕も行く」 「「えっ?!」」 蓮の一言に、結人さんもボクもビックリして同時に声を出した。 「蓮は学校でしょ?」 「そうだよ。そもそも、お前が一緒に行ってどうすんだよ」 「学校は休む。1日休んだところで成績には響かないしね。それに僕もその2人に会って、直接話を聴きたいし、話をしたい。じゃないと気が済まない」 「おいおい、喧嘩売りに行くつもりか…」 「そういうつもりじゃないよ」 ボクは(蓮がこうなったら引かないのは解ってるけど…でも……)と、頭を悩ませた。 「お前、こういう時だけは頑固だよな。ダメって言っても無駄だろうから、好きにすれば〜」 「一緒に行っても平気かな…?」 「何があっても一緒に行くからね!」 ボクがまだ頭を悩ませていると、結人さんが肩に手を置いた。振り返ったボクを見て、結人さんは無言で軽く首を振った。 (諦めろって事か……。なんか違う意味で不安になってきたな〜) そして次の日。蓮は朝からボクを迎えに来た。 (約束の時間は午後なんだけど…まぁ、いいか)と諦めながらも、本当は1人で行くのが怖かったから、ちょっと安心する。 「まだ早いけど、どこかで時間潰してから行こうか」と言うと、蓮は「あれ?追っ掛けはいいの?少しでも見たいんじゃないの?」と言った。 「蓮が居るのにする訳ないでしょ!」 「俺は気にしないよ?」 「も~、ボクが気にするの!」 そんな会話をしながら、ボク達は家を出た。 途中で、どうしても寄りたいお店があったりして、寄り道をしながら、お昼ちょっと前には、事務所がある最寄り駅まで行って、近くのファーストフードでお昼ご飯を食べる事にした。 「思ったより落ち着いてるね」 「いや…実はかなり緊張してて……心臓がバクバクしてるんだよね…」 「そう見えないけど?」 「ん〜多分、蓮が一緒だからだと思う。蓮が居てくれるから、安心するって言うか…心強い!」 「それなら、無理言って着いて来た甲斐があった」 正直にいうと…蓮が一緒に行く事に、ちょっとだけ不安があった。 結人さん風に言うなら、蓮が野崎さんに何を言い出すか解らないという不安と、蓮が一緒に行く事に対して、許可を貰っていないという不安だった。 でも、考えてみたら(絶対に1人で来て下さい)と言われた訳じゃない。だから(別にいいかな…)と、開き直ってしまった。 「怜、そろそろ行かないとダメじゃない?」 「え?もうそんな……あ、ホントだ…。もう行かないとダメだね」 そう言って立ち上がって、2人でトレイに乗ったゴミを捨ててお店を出て、事務所へと向かった。 言われた通り受付で名前を言うと、少し待たされた後、ボク達の方に向かって若い男の人が小走りにやって来た。 「二条さんですね?初めまして、野崎の代理です。案内するので着いて来て下さい」 「はい」と言って、ボク達はその人の後を着いて行った。 昨夜、連れて来られたフロアとは違うフロアで、エレベーターを降りた。やけに静かで、ここだけ芸能事務所という感じがしない。 いくつかの部屋を通り過ぎて、案内をしてくれた人が立ち止まる。そして、ドアをノックすると中から「どうぞ」という声が聴こえてきた。ボクはすぐに(野崎さんだ)と思った。 案内の人が「失礼しま~す。お客様を連れて来ました」と、言いながらドアを開けると「ありがとうございました」と、再び野崎さんの声が聴こえた。 案内の人が「それじゃあ俺は、仕事に戻ります」と言って出て行った。 すると、野崎さんが近くまで来て「二条さん、来てくれてありがとうございます。貴方が一ノ瀬蓮さんですね?」 「そうです」 「初めまして。本條青葉のマネージャーの野崎です」と言って、野崎さんは蓮に名刺を渡した。 「では、奥の部屋に移動しましょうか」と言って歩き出した。ボク達はその後ろを着いて行った。 「入りますよ」 ドアをノックしながらそう言って、ドアを開けた野崎さんに促されて、部屋に入ったボクの目に飛び込んできたのはーーーーー。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加