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vol.7
蓮の家には夕方頃に着いた。蓮の言った通り、結人さんが居て出迎えてくれた。
「昨夜は大変だったな」
「あ、はい。結人さんにも心配掛けてすいませんでした」
「俺はいいんだけど、とにかく蓮が煩くてさ〜」
「本当にすいません…!」
「でも無事で良かった。蓮が帰って来たら、話してくれるんだよね?」
「はい!」
ボクがそう言うと、結人さんは頭を撫でてくれた。そのタイミングで、蓮が帰って来て「ちょっと兄さん!何してんの?!」と怒ったような、ビックリしたような感じで言った。
「お帰り〜、我が愛しの弟〜」
「ちょっと離れて!」
「れ、蓮これは違うよ?結人さんはただ、頭撫でてくれただけだよ」
「そう、殺気立つなって…」と、宥めるように結人さんが言うと、蓮が「それは僕の役目!」と、駄々っ子みたいな事を言った。
確かに、いつもの蓮なら「僕も一緒に〜」くらいは言いそうだけど。
「寝不足の蓮くん、たまにはコーヒーでも飲む?」
「苦いから要らない。それより、いつまで玄関に居るつもり?」
言われてみれば、ずっと玄関で立ち話をしていた。蓮の言葉で、3人でリビングへと移動した。
いつもなら荷物を置きがてら着替えに行く蓮も、そのまま一緒にソファに座った。結人さんはキッチンに入って、お茶の用意をしてくれてるみたいだった。
「はあぁ〜怜…本当に無事で良かった」と言って、結人さんが居るにもかかわらず、ハグしてきた。
「おいおい…イチャつくのはいいけどさ、そういうのは部屋でやってくれない?お兄ちゃん、ちょっとジェラシー」
そう言って結人さんが、テーブルの上にお茶やお菓子を置いた。その結人さんが座るのを待って、蓮が「さっそくだけど…昨夜の事、聴かせてくれる?」と言った。
ボクは頷いて、出来る限りありのままを話した。でも多分、上手く説明出来てないと思う…。
一通り話終わると案の定、2人は混乱しているように見えた。でも、話をしているボクでさえ、いまだに混乱している。だから余計に説明に困ってしまうのだ。
「情報過多で脳内がパニックになるな。え〜と、つまり…本條青葉には彼氏が居て、同棲もしている。その相手ってのが、入院先の医者で…この前、怜がぶつかった相手だった」
「補足するなら…昨夜一緒に居た、関谷って人も、その病院の先生だった訳だよね?」
「うん…そう」
「まぁ、患者と医者てのはありがちだよな。それが同性と限らないけど」
結人さんの言葉に、言われてみればそうだなと思った。それでいくと、医者と看護師も多い気がする。
「えっと…時系列で纏めると…本條さんと、その相手の人が一緒に居たのを見たから、怜はパニックを起こして僕との通話を切った。そして、パニックを起こしてる時に、関谷って先生が現れたって事だよね?」
「そう…だね」
「そこへマネージャーの…なんとかさんも現れた」
「野崎さんだよ、兄さん。ホント人の名前覚えるの苦手だよね」
結人さんは人の名前を覚えるのが苦手だ。というよりは、興味のない事や興味のない相手の名前は、ほぼ覚えない。
「関わりないんだから、覚える必要なくない?」
「そうだけど…まぁいいや。話を続けると…パニックが落ち着いた怜は、野崎さんと関谷さんに、本條さんのオフィスに連れて行かれた」
「そこで、写真を消すように脅された」
「あ〜、脅されたというより…ボクにとっても、要らない写真だったので、別に脅されたって気はしないんです。撮っちゃったのは…自分でもよく解りません。だからなんの躊躇いもなく消しました」
きっと、蓮や結人さんじゃなくても、あの時の状況を話したら、脅されたって受け取れるんだろう。でもボク的には、本当に…なんでかは解らないけど、脅されてる気はしなかった。
「でも、怜の事も俺達の事も知ってた訳じゃん?調べられてたって事だろ?その上でその話は、立派に脅しじゃん」
「それは…そうかも知れないんですけど…」
「追っ掛けの事も、ハッキングの事もバレていた訳だしね」
「なのに、怜の腕を見込んで〜とか言って、本條青葉のセキュリティ係になれと…これはあれか?勧誘みたいな感じ?」
「う~ん……もし断ったら訴えるぞって事かな…?」
ボクはここでも、2人の意見とは違う事を感じていた。これも、なんでかは解らないけど、断ってもなんの支障もない気がする。
「上手く利用されてる気がしなくもないな〜」
「僕はとにかく怪しいとしか思えない。それとも他に何か理由でもあるのかな?」
「理由……あ、そういえば…ボクに声を掛けた理由は、セキュリティの話だけじゃない、みたいな事を言っていた気がする……」
「何それ!余計に怪しいじゃん!ダメだよ怜。そんな話、絶対に断るんだよ!?」
「煩いよ、蓮。ホント過保護な奴だな〜」
(え、それ結人さんが言います?この状況で?もし、ボクと蓮の立場が逆だったら、真っ先に反対してるのは結人さんだと思うんですけど…)とボクは、特大ブーメランを放った結人さんに、心の中でそう呟いた。
「で…そのもう1つの理由って?」
「それはまだ聴いてないんです。ボクがボーっとしてたからか、大丈夫かって心配してくれて…時間も遅いからまた今度って言われて…」
「今度もなにもないよ。もう話を聴く必要も、会う必要もないからね!」
「だからお前は落ち着けって」
「落ち着いてられる訳ないじゃん!寧ろなんで兄さんは、そんなに冷静なの?!怜もだよ!やけに落ち着いてるけどなんで?これを機会に、本條さんに近付けるかもって思ってーーー」
蓮が全部言い終わる前に、パシン…と音がした。結人さんが蓮を叩いたのだ。
「え…」と、驚いた顔をして蓮は叩かれた頬を押さえていた。ボクも驚いてしまって、何を言ったらいいのかも解らなくなった。
「だから落ち着けって言ってんの!お前…今、怜に対してめちゃくちゃ最低な事を言おうとしてたんだぞ?解ってる?」
「あ……ごめん…怜。つい、感情的になった…」
「ううん、ボクは大丈夫。でも、こんなに感情的になった蓮を見るのも、凄く怒った結人さんを見るのも初めててビックリした」
結人さんが手を挙げた時、本当は少し怖いと思ったけど、それ以上に本当にビックリした。
だってまさか結人さんがこんなに怒って、蓮を叩くとは思ってもなかったし、蓮がこんなに本気で感情をぶつけてくる事もなかったから。
「前にも言ったけどさ〜。推しに対する好きと、恋人に対する好きは違うんだよ。それにお前さ、怜がそういう下心あって追っ掛けしてるって、本気で思ってんの?」
「思ってない…」
「そもそも、追っ掛けを容認してたのお前だろ?」
「だって…それでも好きだったし…僕の方が好きって言ってくれたから……」
下を向いたまま蓮は、結人さんの質問に答える。
ボクはソファから降りると、洗面所に行って、ポケットからミニタオルを取り出した。
水を流してミニタオルを濡らして、適度に絞るとリビングに戻った。
「蓮…これ使って」と言って、蓮の横に座った。
「2人とも…心配かけて本当にごめんなさい。蓮…本当にごめんね。でも、ボクの話も聴いて欲しい……」
「うん、解った」と言う蓮と、無言で頷く結人さんに、ボクはボクが感じた事や、思った事をちゃんと話す事にした。
昨夜、本條さんとあの先生のツーショットを見た時は本当にパニックになった事。その所為で、死んでもいいって、ヤケクソみたいに思った事。
車に乗せられて事務所に連れて行かれる間は、そんな事より、ボクどうなっちゃうのかな〜って気持ちの方が強かった事。
事務所の中に入った時、なんでだか解らないけど(いつものボクだったら歓喜してるんだろうな)って、他人事みたいに思った事。
家族の事やハッキングの事が知られていた事に、凄く驚いた事。それと同時に、蓮や結人さんに心配だけじゃなく、迷惑を掛けちゃう事が嫌だと思った事。
野崎さんの口調は怖かったけど、ボクはその目をずっと、優しいな〜って感じてた事。同じように、関谷さんもずっと明るくて、凄く優しくボクに接してくれてた事。
「だからボク…何か言われて、ビックリする事はあっても、脅さてるって気がしなかったんだよね。2人からみたら、脅されてるように感じるのかも知れないけど…。でもボクは2人が本当に、怖い人達っていうか…悪い人達には思えないんだよね。ごめん、上手く説明できないんだけど……」
「大丈夫、伝わったから」
「うん、頑張って伝えてくれてありがとう」
そう言ってくれた2人が、一番優しい。きっと、ボクにとっての一番の理解者はこの2人なんだろう。そう思うと(もっと大切にしなきゃ)と、心の中で密かに誓った。
「まぁ、取り引き内容が本條青葉のセキュリティ係?だからな〜。これが有無を言わさず、訳の解らない契約書にサインしろって言うなら別なんだろうけど」
「兄さんの言う、その契約書がなんなのか解らないけど、セキュリティ係ってのも充分怪しい気がする」
「それはボクもよく解らないんだけど、多分やる事っていうのかな…は、今までと変わらないんじゃないかなって思った」
実際、ボクが引き受けたとして…出来る事って、今まで通りの事くらいしかないと思う。でも、それを活かして欲しいと言われた記憶がある。
その時、急にボクのスマホが鳴ったから、ビックリしてスマホを手に取った。蓮に「電話?」と聞かれ、結人さんに「珍しいな~誰?」と聞かれた。
「多分…野崎さんから…」
表示された番号は知らない番号だった。でも昨夜、野崎さんから貰ったメモに書かれた番号に似ていた。ちゃんと見てないからうろ覚えだけど。
「無理に出なくてもいいんじゃない?」
「今出なくても、また掛けてくるんじゃないか?」
2人の遣り取りを聴きながら、ボクは深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。
「もしもし…」
『二条さんですか?』
「そうです」
『野崎です。今少しだけお時間よろしいですか?』
「大丈夫です」
『用件だけお伝えしますね。明日の午後1時に、事務所に来る事は可能ですか?』
「えっと…はい…」
『ありがとうございます。受付には、名前を言えば解るようにしておきます。では明日、お待ちしております』
「はい」
野崎さんからの電話は呆気ないほど短くて、本当に用件しか言われなかった。
「なんだったの?」
「え〜と…明日、事務所に来て欲しいって」
「昨夜の話の続きをするんだろう」
「だと思います」
それ以外に呼び出される理由も、心当たりもない。改めて連絡すると言われていたから、それしか思い付かない。
「僕も行く」
「「えっ?!」」
蓮の一言に、結人さんもボクもビックリして同時に声を出した。
「蓮は学校でしょ?」
「そうだよ。そもそも、お前が一緒に行ってどうすんだよ」
「学校は休む。1日休んだところで成績には響かないしね。それに僕もその2人に会って、直接話を聴きたいし、話をしたい。じゃないと気が済まない」
「おいおい、喧嘩売りに行くつもりか…」
「そういうつもりじゃないよ」
ボクは(蓮がこうなったら引かないのは解ってるけど…でも……)と、頭を悩ませた。
「お前、こういう時だけは頑固だよな。ダメって言っても無駄だろうから、好きにすれば〜」
「一緒に行っても平気かな…?」
「何があっても一緒に行くからね!」
ボクがまだ頭を悩ませていると、結人さんが肩に手を置いた。振り返ったボクを見て、結人さんは無言で軽く首を振った。
(諦めろって事か……。なんか違う意味で不安になってきたな〜)
そして次の日。蓮は朝からボクを迎えに来た。
(約束の時間は午後なんだけど…まぁ、いいか)と諦めながらも、本当は1人で行くのが怖かったから、ちょっと安心する。
「まだ早いけど、どこかで時間潰してから行こうか」と言うと、蓮は「あれ?追っ掛けはいいの?少しでも見たいんじゃないの?」と言った。
「蓮が居るのにする訳ないでしょ!」
「俺は気にしないよ?」
「も~、ボクが気にするの!」
そんな会話をしながら、ボク達は家を出た。
途中で、どうしても寄りたいお店があったりして、寄り道をしながら、お昼ちょっと前には、事務所がある最寄り駅まで行って、近くのファーストフードでお昼ご飯を食べる事にした。
「思ったより落ち着いてるね」
「いや…実はかなり緊張してて……心臓がバクバクしてるんだよね…」
「そう見えないけど?」
「ん〜多分、蓮が一緒だからだと思う。蓮が居てくれるから、安心するって言うか…心強い!」
「それなら、無理言って着いて来た甲斐があった」
正直にいうと…蓮が一緒に行く事に、ちょっとだけ不安があった。
結人さん風に言うなら、蓮が野崎さんに何を言い出すか解らないという不安と、蓮が一緒に行く事に対して、許可を貰っていないという不安だった。
でも、考えてみたら(絶対に1人で来て下さい)と言われた訳じゃない。だから(別にいいかな…)と、開き直ってしまった。
「怜、そろそろ行かないとダメじゃない?」
「え?もうそんな……あ、ホントだ…。もう行かないとダメだね」
そう言って立ち上がって、2人でトレイに乗ったゴミを捨ててお店を出て、事務所へと向かった。
言われた通り受付で名前を言うと、少し待たされた後、ボク達の方に向かって若い男の人が小走りにやって来た。
「二条さんですね?初めまして、野崎の代理です。案内するので着いて来て下さい」
「はい」と言って、ボク達はその人の後を着いて行った。
昨夜、連れて来られたフロアとは違うフロアで、エレベーターを降りた。やけに静かで、ここだけ芸能事務所という感じがしない。
いくつかの部屋を通り過ぎて、案内をしてくれた人が立ち止まる。そして、ドアをノックすると中から「どうぞ」という声が聴こえてきた。ボクはすぐに(野崎さんだ)と思った。
案内の人が「失礼しま~す。お客様を連れて来ました」と、言いながらドアを開けると「ありがとうございました」と、再び野崎さんの声が聴こえた。
案内の人が「それじゃあ俺は、仕事に戻ります」と言って出て行った。
すると、野崎さんが近くまで来て「二条さん、来てくれてありがとうございます。貴方が一ノ瀬蓮さんですね?」
「そうです」
「初めまして。本條青葉のマネージャーの野崎です」と言って、野崎さんは蓮に名刺を渡した。
「では、奥の部屋に移動しましょうか」と言って歩き出した。ボク達はその後ろを着いて行った。
「入りますよ」
ドアをノックしながらそう言って、ドアを開けた野崎さんに促されて、部屋に入ったボクの目に飛び込んできたのはーーーーー。
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