vol.9

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vol.9

「二条さんの容態が良くなった所で、先程の話の続きをさせて頂きます。いいですか?」 そう言って野崎さんはボクを見た。ボクは頷きながら「はい」と答えた。 「もう一度…説明します。二条さんには、青葉くんに関するセキュリティ全般をお任せしたいんです」 「えっと…でも、事務所で…やるんですよね?ちょっと無理が…あると思うんですけど…」 ボクはさっき思った事を話したけど、肝心な事を話す前に、野崎さんに遮られた。 「ですが、よく使うスタジオや撮影所、自宅周辺の地理などは把握出来ているんですよね?」 「それは…まぁ…慣れている所なら…」 「なら問題はないと思います。勿論、新しく使う所に関しては、先に情報をお渡ししますし、必要とあれば写真や動画に収めたデータもお渡しします」 「いや、えっと…それはいいんですけど…その、そうじゃなくて…」 ボクがたどたどしく話してると、元宮先生が「上手く話そうとしなくていいんですよ」と言ってくれた。するとすかさず、本條さんが「灯里さんのお医者さんモード」と嬉しそうに言った。 「はぁ…本條さん。ふざけるなら追い出しますよ?」 「ごめんなさい、おとなしくしてます」 「元宮先生の言う通りですよ、青葉くん。私達は真面目な話をすると言いましたよね?そういうのは帰ってからやって下さい」 「えっ?!」と、元宮先生が大きな声で、ビックリしたような顔をした。 「あぁ…怜くんと蓮くんは、お前と本條さんの事知ってる。だから、いつも通りで大丈夫」 「これがいつも通りだよ。それより、どういう状況か全く解らないんだけど?」 「関谷さん、元宮先生にお話してないんですか?」 「お互い忙しくて、ゆっくり話をする時間がなくてですね…ははは…」 そう言った関谷さんを見る、野崎さんと元宮先生の視線が冷たい。 「はぁ…まぁ、いいです。野崎さんの発言から、何となく察しました。この2人には、俺達の事を知られている事も解りました。経緯や詳細については後で、関谷を締め上げる事にします。それより、時間がもったいないので話を続けて下さい」 淡々と話しているからなのだろう、元宮先生の話し方が少し怖かった。 「解りました、続けます。その前に二條さん、先程なにか言いかけてましたね?」 「あ、その前に俺から質問してもいいですか?」と、軽く手を挙げながら、蓮が口を開いた。 「どうぞ」 「事務所でやるって事は、この建物内の何処かって事ですよね?」 「そうです。下のフロアにある管理室か…何処かになりますね」 「怜は大人数が苦手なんです。人見知りもするし…なのにそんな、人が多い所で働くなんて無理だと思います。バイトもした事ないのに…」 「じゃあ、怜くんは今までどうやって追っ掛けしてたの?」 関谷さんが不思議そうに聞いてくる。ボクは(隠してもどうせ、野崎さんは知ってるんだろうな…)と思って、正直に答えようとした。でもその時、元宮先生が先に話し始めた。 「関谷、その質問はこの話し合いに必要ない。それと一ノ瀬さん。二条さんの事が心配なのは解ります。ですが、無理かどうかは二条さんが決める事です。それに、もし仮に話を受けるとしてですが…本人が希望するのであれば、野崎さんの事ですから、個室なりなんなり用意してくれるでしょう」 元宮先生がそう言うと、その場に居た全員が黙ってしまった。ボクは元宮先生の話を聴いて、不謹慎だけど(うわ〜カッコイイ〜)と思ってしまった。 ボクは、自分の思っている事や考えている事を、なかなか言葉にして相手に伝えられない。蓮や結人さんには、だいぶ言えるようにはなった。だけど、それでも…全部を伝えるには、時間が掛かってしまう。だから自分の気持ちや考えを、ちゃんと言える人は凄いと思うし、カッコイイと思う。 すると…沈黙を破るように、元宮先生が「二条さんはどうしたいですか?」と、ボクに向かって問い掛けてきた。 「やりたくない、無理だ、嫌だと思うなら、ハッキリ断っても良いんですよ」 「えっと…やりたくない訳じゃないです…」 「怜?!元宮先生の話聴いてた?!無理にやらなくても良いんだよ?!」 「一ノ瀬さん。俺は今、二条さんに質問しています。そして…二条さんの気持ちを聴きたいんです。一ノ瀬さんの気持ちも解りますが、それでは貴方の気持ちを一方的に押し付けてるだけになってしまいます。彼の話をちゃんと聴く事も、2人の関係を構築、維持する上で、とても大切な事ですよ」 蓮は「はい…」と言って、下を向いて黙ってしまった。それを見てボクは「最後まで聴いて欲しい」とお願いすると、蓮は黙ったまま頷いた。 「ボクは…その…本條さんの役に立てるなら…ボクなんかでいいなら、やってみたいです。でも…蓮の言う通り、人が多いのは苦手です。それと、やっぱり…データだけだと無理な所もある気がして…だから、あの、えっと…」 言いたい事が上手く整理出来ないから、それで余計に上手く話せなくて、自分でも何を言ってるのか解らなくなってきた。 「つまり、怜くんはやる気があるって事だよね?」 「はい。でも、色々と…その…自信はないです…」 「人が多い所でなければ大丈夫なのかな?例えば、この会議室みたいな所とかは?」 「え〜と…ボク1人でこの会議室は…広過ぎて不安になります…」 「誰かと一緒なら平気?」 「えっ…すいません、それもちょっと…あの…蓮が言った通り、人見知りというか…よく知らない人と一緒なのは…怖いです…」 「なるほどね」と、関谷さんは腕組みをして、何かを考え始めたみたいだった。 自分の事だけど(我儘ばっかり言ってるな…)と思った。でも、ちゃんと言わないとダメな気がして、正直に答えた。 「二条さんの今まで情報。新しい現場についてはその都度、必要なデータをお渡しします。それでも何か不足があるんですね?」 「え、あ、はい。その…不足というか…流れが解らないと…」 「流れ?流れとは…何ですか?」 「えっと……その日の交通量だったり…ファンの人に限らず、単純に今日は人が多い少ないとか、そういう…現場に居ないと解らない事…みたいな…やつ…です」 自分でも嫌になるくらい、説明が下手過ぎると思った。だけど、感覚的なものだから、気持ちを伝えるよりも、説明がしにくいんだと思う。 「そんな所まで見てるの?!」 驚いたように大きな声でそう言ったのは、さっき元宮先生に怒られて、おとなしくなっていた本條さんだった。 「記憶力も良くて、周りもよく見てる…。俳優になればいいのに」 「はっ?!えっ?!む、無理無理無理…絶対、無理です。ぼ、ボクみたいなのが…本当に…無理です…」 「私も最初はそう思っていましたけど、二条さんには二条さんの事情があるんですよ」 「……う〜ん…そっか〜残念だな…。でも、仕事は一緒に出来るんだね」 「えっ、あっ……」 本條さんに言われるまで特に気にしてなかった。だけど、引き受けるとなると……つまりそういう事になる。ボクは(どうしよう、どうしよう)と、焦ってしまった。 「何を言ってるんですか。一緒といっても、青葉くんは現場で、二条さんは事務所ですよ」 「でも…怜くんの仕事も、現場に行かないと出来ないんでしょう?」 「そうです…けど、いや、そうじゃなくて…」 ボクは(もしそんな事になったら心臓が保たない)と、野崎さんに目で訴えた。それに気付いた野崎さんが言った。 「そうですね…これからの事も考えて、社長に頼んでまたSPでも雇って貰います。そしてその方に、ビデオ通話か動画または写真等でその都度、周辺の情報を送って貰うのはどうですか?」 「それは…やってみないと解らないです…。でも、SPを雇うなら、ボクは必要ないと思いますけど…」 「私にはSPの方に情報操作をさせる方が、無理だと思うんですけどね。前にも言いましたけど、情報やセキュリティに関しては、本当に信用がおける方でないと困るんです。私は二条さんを信用しています。その上で、こうしてお願いをしています」 信用されてる事は良い事なんだと思う。でも、ボクには、信用されるような心当たりはない。信用に答えられる自信もない。 だけど、本條さんの役に立つならやってみたいとも思う。でも…それが、上手く出来るか解らない…。 そう、頭の中でグルグル考えていたら「なら、試しにやってみたらどうかな?」と、蓮が突拍子もない事を言い出した。 「試しに…って…どうやって?」 「俺と兄さんが協力する。もしそれで無理だと思ったら、この話はなかった事にして貰うか…何か違う方法を考える…ってのはどう?」 「でも…」 「それいいね。やりたい事をやらずに諦めるのは、もったいない。それを諦めない方法を考える事も、前向きな提案でいい」 蓮の提案に、それまで考え事をしていた関谷さんが賛同した。 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも…それじゃあ、蓮や結人さんに迷惑掛けちゃう…」 「そんな事ないよ。だって怜はやりたいんでしょ?」 「うん、興味はある…ボクでいいなら、やってみたいとは思う…」 「二条さん、一ノ瀬さんは協力をすると言ってくれてるんです。迷惑だと思っていたら、このような提案はされませんよ」 「そうだよ怜、迷惑だなんて思ってない。さっきはついあんな言い方しちゃったけど、俺はいつでも怜の味方だし…。それに、怜の気持ちも尊重しないとダメなんだって気付いたから…。元宮先生、さっきはすいませんでした」 蓮が素直に誤っている。その事がちょっと意外だった。蓮は頑固な所があって、引かない時もある。それでたまに、結人さんと喧嘩になったりする。その時でも、なかなか謝らない時があるから、コレは本当にビックリだ。 「それは俺ではなく、二条さんに言うべきだと思いますよ」 「っ…はい。え〜と…怜、さっきはごめん。怜が本当にやりたいなら、何でも協力するから遠慮しないで言ってね」 「蓮、ありがとう。元宮先生も…あ、ありがとうございます」 ボクは蓮と元宮先生にお礼を言うと、早速と言わんばかりに蓮にお願いをした。 「ん〜と…じゃあ、蓮と結人さんにさっきの事…協力して貰ってもいい?」 「いいよ」と言って、蓮がやっと笑った。 「いいね〜。青春って感じだね〜」 関谷さんがそう言うと、元宮先生が「お前が言うとオッサン臭いんだよ」と言った。それを聴いて、ボクと蓮はクスクスと笑った。 「では二条さん、そのお試しが上手くいって、可能ならその方法で…という事で宜しいですか?」 「はい。でも…上手くいかなかったら…」 「だから怜…さっきも言ったけど、上手くいかなくても、改良点があれば改良する。それでもダメなら、他の方法を考えればいいんだよ」 「う…ん…」 蓮がそう言ってくれてもまだ、心のどこかで(自信がないボク)がいて、また何も言えなくなってしまった。 「俺もそう思うな。やる前から諦めてたら何も出来ない。俳優の仕事も同じだよ。出来なければ、何回も…何百回でも練習する。それでも出来なかったら、違う視点から役を捉えたり、客観的に見てみたり…。そうやって試行錯誤しながら、与えられた役…1つの作品に仕上げる。どんなに凹んでも、諦めずに続けてればきっと出来る!俺はそうやって、自分を信じる事にしてるよ。だからきっと怜くんも大丈夫だよ」 (あぁ…推しが…神が…ボクなんかに…暖かい応援の言葉をかけてくれている!神様仏様…ありがとうございます!例え今地球が滅んでも後悔はないです…) 「怜…一応、確認するけど…大丈夫?」 「ダメ…」 「えっ、俺…なんか変な事言った?」 「本條さんは何も悪くないよ。でも、もっと自覚を持った方がいいんじゃないかな〜」 関谷さんがフォローするように言ったけど、本條さんには伝わらなかったみたいだ。不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。 (その顔も仕草も…尊い…けど!尊過ぎて…ツラい…) そんなボクの横で、蓮が笑いを堪えていた。それを見て、ボクが蓮に文句を言おうとした時、再び関谷さんが話し始めた。 「野崎さん。もし怜くんが引き受けた場合、この事務所じゃないとダメなんですか?」 「そうですね…。ないとは思いますけど、万が一の事も想定するなら…という意味では、流石に自宅ではちょっと…という気がします」 「それなら、うちの病院はどうです?」 「お前…もしかして、俺を呼び出した本当の理由はそれか?」 関谷さんと野崎さんの会話に着いて行けない。なのに、更に元宮先生が変な事を言った。 「ん?いや、違う違う。灯里には単純に、怜くんを会わせたかっただけ。でも仕事の話してるうちに、怜くんを環境に合わせるのは無理だな〜って」 「あぁ…それは、俺もそう思った。可能ならば、周りが二条さんに合わせる方がいい。だけど、うちの病院でやるって…」 関谷さんがどうして、元宮先生に会わせたかったのか解らないし、病院でやる意味も解らない。 「うちの病院なら、野崎さんが心配する万が一の事についても、情報についても問題はない。何より、診察もしやすい」 「そうだけど…。治療に関して、肝心の本人は了承してるのか?」 「あの、すいません…その診察とか治療って話ですけど…。それって、怜の病気の事ですよね?」 「そうだよ。実は野崎さんから、怜くんの病気の治療を頼まれているんだ。診察だけなら僕だけでも良いんだけど、どうやら灯里の力も必要になりそうだと思ってね」 「なるほど…。仕事も出来て受診も出来る。先生達もいるし、看護師さんもいるから、怜に何かあっても大丈夫って訳か…」 (ボクの診察とか治療とか…そういう事まで、考えてくれてたの?!) 確かに、今の病院は好きじゃない。自分でも(このままじゃダメな気がする)と思っていた。でも、先生達に診て貰えるなら、大丈夫な気がするし(安心して話が出来る)と思った。 「怜はどうしたい?もし、仕事をやる事になったら、先生達の病院でやって、その合間に診察して貰う。俺としては、それが良いと思うけど…決めるのは怜だから、怜がどうしたいか言って欲しいな」 「え…っと、ボク…ボクもそれが良い…」 「決まりだね。野崎さん、それで良いですか?」 「二条さんがそれで良いなら、私は構いませんよ」 蓮が聞くと、野崎さんは優しく微笑んでOKを出してくれた。 すると「え~、怜くんいいな~」と、頬を膨らませながら本條さんが言う。 「俺も灯里さんと一緒に仕事した~い」 「また子供みたいな事を…」と、呆れたように元宮先生が、溜め息混じりに言った。 「青葉くん。先生方と二条さんでは、仕事の内容が違います。第一、仕事に関してはまだ保留中です」 野崎さんがフォローしたその言葉に、本條さんは真剣な顔をして言った。 「でも怜くんは、この仕事…絶対やるよ」
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