最終話「金色の雨が、好きな人の上に降りしきる」

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最終話「金色の雨が、好きな人の上に降りしきる」

4375a133-c9bf-4e8d-90a1-4b78b45c1300(Jupi LuによるPixabayからの画像 )  魔法の傘のおかげで、その日のビアガーデンは大繁盛。  つぎつぎにお客さんがやってきて、ほかのSNSでもどんどん取り上げられた。  店はたちまち人気店になり、おかげですっかり盛り返した。    いいんだけど。  いいんだけどね……今度は忙しすぎて、店長とろくに話も出来なくなっちゃった。  ああ、こういうのを本末転倒っていうのかしら……。  店長はすっかり元気になったけど、私は少し、しょんぼり。  そんな私を店長がときどき心配そうに見る。仕方がないから、私は笑ってピースサイン。  しょうがないじゃない、ほかにできることなんてないよ。  私の魔法は、しょせんこの程度。  好きな人をちょっと幸せにするくらいで、私自身にはいい事なんて、ないんだ。  ビアガーデンシーズンが終わったら、この恋もあきらめよう……。  ある夜、二人で閉店作業をしていると、店長が言った。 「なあ大泉、このパラソルのおかげで助かったよ。だがな、そろそろ夏も終わりだ。ビアガーデンは閉店になる。  だからさ、俺……」 「店長、今度は日本酒バーでも開きますか? また別のパラソルを探してきましょうか?」  はは……私が役立つことって、これくらいだもんね。 「別のパラソル? いや、今度はパラソルのいらない店で……違うんだ、言いたいことは別にあって。なあ、おれは君を……」  店長はそこで予備のパラソルをたたいた。ぽん、と傘がひらく。  どっしゃーー!  ビールが降ってきた。  ……しまった、忘れてた。  冗談で一本だけ、傘を開くとビールの雨が降ってくるようにしたんだった!  店長はビールを浴びて、目をぱちくりさせている。  私は思わず笑いだした。  笑ったまま、ビール傘の下に飛び込んだ。  頭からビールを浴びた店長の顔が目の前にある。  ああ、大好き。でももう諦めなきゃ。  恋の終わりがビールの雨なんて、気が利いているじゃない。 「店長、わたし、ずっと店長のことが……!」  店長の顔が真赤になる。  ああしまった、言いすぎちゃった。この人にとっては、私の恋なんてジャマなものだったんだ。  言わなきゃよかった……。  でも店長は金色のビールを浴びながら、もごもごと言った。 「……葉子……おれこそきみが、す……」  店長の顔が真っ赤になる。  えっ、その続きは……続き……しまった、店長はお酒に弱いんだった!  コップ半分のビールで倒れちゃう人が、ビールの雨を浴び続けたら…… 「ようこ……ああ、ねむいな……」  そこまで言うと、店長はビール雨の下ですやすや眠ってしまった。 「てんちょおおおお! ここからが、大事なところなんじゃないですかああ!?」  私がいくら叫んでも、店長は幸せそうにビールの雨を浴びているだけだった。  金色の雨が、好きな人の上に降りしきる。見ているうちに、ただ笑いがこみあげてきた。  ぱちりとパラソルを閉じても、店長は笑って眠りつづけていた――私の膝の上で。  私は魔女の末裔。ちっちゃな魔法が使える。  でも、魔法には限界がある。  だから、店長の目が覚めたら今度は私が先に言おう――大好きですって。  気づけば、パラソルがすべて閉じているのに、夜空はすっかり晴れわたっていた。 【了】
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