0人が本棚に入れています
本棚に追加
最終話「金色の雨が、好きな人の上に降りしきる」
(Jupi LuによるPixabayからの画像 )
魔法の傘のおかげで、その日のビアガーデンは大繁盛。
つぎつぎにお客さんがやってきて、ほかのSNSでもどんどん取り上げられた。
店はたちまち人気店になり、おかげですっかり盛り返した。
いいんだけど。
いいんだけどね……今度は忙しすぎて、店長とろくに話も出来なくなっちゃった。
ああ、こういうのを本末転倒っていうのかしら……。
店長はすっかり元気になったけど、私は少し、しょんぼり。
そんな私を店長がときどき心配そうに見る。仕方がないから、私は笑ってピースサイン。
しょうがないじゃない、ほかにできることなんてないよ。
私の魔法は、しょせんこの程度。
好きな人をちょっと幸せにするくらいで、私自身にはいい事なんて、ないんだ。
ビアガーデンシーズンが終わったら、この恋もあきらめよう……。
ある夜、二人で閉店作業をしていると、店長が言った。
「なあ大泉、このパラソルのおかげで助かったよ。だがな、そろそろ夏も終わりだ。ビアガーデンは閉店になる。
だからさ、俺……」
「店長、今度は日本酒バーでも開きますか? また別のパラソルを探してきましょうか?」
はは……私が役立つことって、これくらいだもんね。
「別のパラソル? いや、今度はパラソルのいらない店で……違うんだ、言いたいことは別にあって。なあ、おれは君を……」
店長はそこで予備のパラソルをたたいた。ぽん、と傘がひらく。
どっしゃーー!
ビールが降ってきた。
……しまった、忘れてた。
冗談で一本だけ、傘を開くとビールの雨が降ってくるようにしたんだった!
店長はビールを浴びて、目をぱちくりさせている。
私は思わず笑いだした。
笑ったまま、ビール傘の下に飛び込んだ。
頭からビールを浴びた店長の顔が目の前にある。
ああ、大好き。でももう諦めなきゃ。
恋の終わりがビールの雨なんて、気が利いているじゃない。
「店長、わたし、ずっと店長のことが……!」
店長の顔が真赤になる。
ああしまった、言いすぎちゃった。この人にとっては、私の恋なんてジャマなものだったんだ。
言わなきゃよかった……。
でも店長は金色のビールを浴びながら、もごもごと言った。
「……葉子……おれこそきみが、す……」
店長の顔が真っ赤になる。
えっ、その続きは……続き……しまった、店長はお酒に弱いんだった!
コップ半分のビールで倒れちゃう人が、ビールの雨を浴び続けたら……
「ようこ……ああ、ねむいな……」
そこまで言うと、店長はビール雨の下ですやすや眠ってしまった。
「てんちょおおおお! ここからが、大事なところなんじゃないですかああ!?」
私がいくら叫んでも、店長は幸せそうにビールの雨を浴びているだけだった。
金色の雨が、好きな人の上に降りしきる。見ているうちに、ただ笑いがこみあげてきた。
ぱちりとパラソルを閉じても、店長は笑って眠りつづけていた――私の膝の上で。
私は魔女の末裔。ちっちゃな魔法が使える。
でも、魔法には限界がある。
だから、店長の目が覚めたら今度は私が先に言おう――大好きですって。
気づけば、パラソルがすべて閉じているのに、夜空はすっかり晴れわたっていた。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!