マッサージだけだと思っていたのに

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****  午後の授業は、食後に加えて数日間の寝不足で地獄だった。  放課後、私がふらふらと保健室に「失礼しまーす」と出かけたら「いらっしゃい」と今度は保健の先生と一緒に高遠くんがいた。 「あら、また女の子」 「ええっと……」  高遠くんとマッサージの約束をしたと言ったら気まずくなるかな。私があわあわしてたら、高遠くんが先生に対して「予約客です」と言った。 「マッサージの。この子冷え性でびっくりするほど冷たいんですよ」  どうも先生にも公認だったらしく、納得したようだった。 「あらあら。高遠くんもマッサージ勉強中だからって、変なところ触らないでね」 「触りませんよー。俺、見た目で判断されがちですけど、結構真面目ですー」  そうキャラキャラ笑って、ベッドに案内してくれた。 「とりあえずベッドに横になって」 「あ、はい」  そのまま手を揉みほぐされた。その握力は強過ぎず弱過ぎず、リズミカルだ。 「手の温度どう?」 「なあんといいますか。指先まで色がなかった感じだったのが、色付いてきましたね?」 「それ血行がよくなってるんだよ。暇なとき、お風呂入っているときとか、湯船浸かりながら揉んでおけばいいよ。血行がよくなるから。次、脚触るけどいい?」 「あ、はい」  私のスカートを避けて、ふくらはぎを重点的に揉みはじめた。これもリズミカルで、痛いこともなく、むしろだんだん気持ちよくなってきて、あれだけ眠くてもちゃんと寝れなかったのに、だんだん眠気が襲ってきた。 「あれ……眠く……」 「もう寝てていいよ。どうせここに寝に来たんでしょ」 「あ、はい……」  今日会ったばかりの男子にマッサージしてもらっていたら、久々によく寝ることができたなんて。誰に言ってもいかがわしい話になるだろうから言えないなあ。  そうまどろみながら、私は眠りについてしまった。  久々の快眠だった。マッサージすごい。 ****  それからというもの、高遠くんにたびたび頼んでは、保健室でマッサージをしてもらうこととなった。意外なことに、マッサージは保健の先生がいるときだけ、予約が入った人にしかせず、保健室でたびたび「たか」と女の子たちがやってきても断っていたことだった。 「たか、マッサージやってよ。いつもみたいにさあ」 「ダーメ。先約があるからさあ」 「顔パスでー。ダメ?」 「ダメでーす。予約してからお待ちしておりまーす」  やたらと友達……というか女の子? が多いらしく、そのたびに高遠くんに絡んでくるけれど、彼はちゃんと断っていた。 「……友達の予定があるんだったら、私は何度もしてもらっているから、別にいいですよ?」 「いや、よくないよ。友達だから繰り上がり予約って。知ってる? 飛び入りOKって予約してる人がいっちばん馬鹿を見るの」  実家の話なのか、妙に実感が篭もっていた。  私もこの数日放課後にわずかな時間だけでも眠れているせいか、体調が驚くほどいい。教えてもらったマッサージをお風呂中にやっているおかげで、夜も少しずつ眠れるようになってきた。  もちろん、一朝一夕で冷え性は改善しないんだけれど。  ただ、春になったら彼とのこういう生活ともお別れなのかなと思うと、それは少し寂しかったりする。  私は高遠くんについて、マッサージ屋の息子、女友達がやけに多い、保健委員、マッサージも保健の先生がいる手前じゃなかったらしない真面目な部分がある……それくらいしか知らず、どこの学年とか、どこのクラスとかまで知らない。  私は保健室にベッドを借りた記録を書かないとダメだから、ノートを見たら名前もクラスも学年もわかっちゃうのにね。  そうひとりセンチメンタルになっていた中。 「ところで、天藤ちゃんは就職? 進学?」  マッサージの最中、世間話をされた。  それに私は「進学です」と答える。それに「そっかそっか」と高遠くんは答えた。 「高遠くんは?」 「一応体育大行く予定」 「体育大?」  運動には縁遠そうな手だなと思っていたから意外だった。手はマッサージ特化で、でこぼことはしているものの、マメとか手荒れみたいなものはなかった。それに高遠くんは「あはは」と笑う。 「スポーツ医療学ぶため。なんとか本命には届いたから浪人は免れたかなあ。ほら、マッサージの客って、本当に千差万別だから。運動している人は筋肉の付き方がそれぞれ専門分野が違うから、それによってもマッサージの方法も変えないといけないから、それ系専門の場所に行かないと勉強できないんだよねえ」 「……あ」  なんでこの人、いつも保健室でうろうろしてるんだろうと思った謎がようやく解けた。  三年生はこの時期になったら自由登校だから、卒業式まで来ても来なくってもいい。彼はマッサージ予約の子たちのために来ていただけで、本当だったら来なくてももうよかったんだ。 「私……一年です」 「そうだね、知ってる」 「私、まだ学校にいますよ?」 「そうだね」 「……なんで私に声をかけたんですか?」  ここに来て、疑問が沸いた。なんでいきなり私に声をかけてくれたのか。マッサージしていた子たちを待っていて、暇だったからなのか。この人意外なほど真面目だから、本当にマッサージ以外はしなかったのに。  私の言葉に、高遠くんは笑った。 「ひと目惚れしたから?」 「……保健室でですか?」 「いやいやいや。基本的にマッサージに来た子たちをそういう目で見たくないから、保健室に来た子はそういう目で見ないようにしてる。実家の手伝いしてるときに見かけたから」  私は高遠くんに会ったことあったけと考えて、記憶を探ってみたけれど、覚えていない。  こんなチャラついた人、会ったらそこまで忘れそうもないんだけど。それに高遠くんが笑う。 「寒い寒いと言いながら震えて、薬局で薬買ってるのを見かけたから。一生懸命に家族の風邪の話をしているのを見て、可愛いなあと思っていたから」  そういえば。  お父さんが風邪をひいたので、薬剤師さんのいる薬局を探しに行って、そこで一生懸命話をして薬を出してもらったことがある。  近所の薬局は本当に小さな場所で、敷地も狭い。ドラッグストアみたいに日用雑貨や食品なんてなく、本当に薬と健康グッズしか売ってない場所だ。そこに他にもお客さんはいたような気がする。  高遠くんはにっこりと笑った。 「電話番号と、アプリの番号。卒業までに交換してくれる?」  正直、情報量が多過ぎる。  ただマッサージ屋さんがマッサージしてくれていただけだと思ったら、最初から私狙いだったなんて。たしかにマッサージは真面目にしていたけれど、それも込みでアプローチだったなんて。  体から落とされるなんていうのは、下品なことだろうか。 「……マッサージお願いします」 「了解」  下品で、いっかと思ってしまった私は、彼の手腕に絆されている。 <了>
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