マッサージだけだと思っていたのに

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「冷たっ!? 生きてる!?」 「……ゾンビになった覚えはないですねえ」  体育館でのふたりひと組の授業中、だいたい相手の子に悲鳴を上げさせてしまって申し訳なくなる。  私はどうにも冬になった途端に低体温がひど過ぎて、指先から手首までが異様に冷たくなる。その冷たさは、昼寝している子を起こすためにうなじに触ったら悲鳴を上げられ、「人間の体温じゃない!?」と叫ばれる程度。一応人間歴十年とちょっとなんだけどなあ。  そんな訳で、手先が冷たいだけだったら、まあ笑い話だけれど。笑い話にもならない事情がある。 「ふわあああ……」 「なあに、真尋(まひろ)。眠いの?」 「正直……冷え性が過ぎて、夜は体が冷たくっていつまでも寝れなくってゴロゴロしてるの……」 「それまずくない? 筋トレで筋肉増やせば、多少は体温上がるんじゃないの?」 「前にそれ、健康診断のときにお医者さんにそれとなく言ってみたら、変な顔されたの。『筋肉になるほどの肉がないから太りなさい』って」 「嫌みか。これは。嫌みか」 「ギブッ! ギブッ!」  首をぎゅーっと締められるので、思わず机をバンバンと叩く。多分プロレスでそんなんがある。 「でもそれ、春まで体にむっちゃ悪くない?」 「悪いと思う。寝れないとすごいよ。頭が一日中ぼーっとしてて、なんもかんもがぼーっとしている延長になるから」 「……うん、本当に眠くて頭がぼーっとしていることがよくわかるね」  さすがに見かねた友達から「保健室で昼休み時間中だけでもいいからベッド借りてこい」と言われ、渋々保健室に行くことになった。  保健の先生も、サボリの生徒には厳しいけれど、体調不良の子にはそこまでじゃない。どう言えばいいかな。「冷え性が過ぎて夜眠れてないんです。昼休みの間だけでもベッド貸してもらえませんか?」と言えばいいのかな。  私は保健室で「失礼しまーす」と声をかけたら、「いらっしゃい。怪我? ベッド?」と声をかけられた。  保健の先生がいない。見慣れた朗らかなおばちゃんではなくて、座っていたのは同じ学校の制服にカーディガンを羽織っている男子だった。  保健委員だろうけど、見覚えがない男子の前で「ベッドを借りたい」と言うのは少々気まずく、「失礼しました……」と帰ろうとしたら「いやいやいや、体調悪いのに大丈夫!?」とそのまま手首を掴まれ、びっくりして離されてしまった。知らない人にまで冷え性が知れ渡ってしまい、私は居たたまれなくなる。 「あー……ごめん。でも大丈夫? 手、ものすごく冷たいけど」 「別に体調は悪くないですけど……ただ冷え性が原因で寝れなくって。せめて昼休みだけでもベッド借りれないかなと」 「あらら。冷え性? 家で湯たんぽとか使ってる?」 「一応温まるようにって、腹巻き使ったり、湯たんぽ使ったり、寝る前に白湯飲んだりいろいろしているんですけど、寝る直前になったら爪先からふくらはぎくらいまでがギューッと冷え切ってて、寒くて眠れないんです……」 「それ重傷だねえ……とりあえずベッドあるよ。なんか暖かいもの出す?」  そう言ってベッドの準備をしてくれた。存外にこの男子はいい人らしい。私は「ありがとうございます。休みますね」と頭を下げてベッドに行く。昼休みだけでもベッドに横になってたら違うだろうけれど。 「……寒い」  保健室は空調が効いているし、なんだったらさっきの男子のいる受付には石油ストーブを置いて、その上に水を張ったヤカンを入れて、湯気が出ているから湿度だって万全なはずだ。でも。手足の冷たさが横になっても抜けず、とうとう一睡もできずに昼休みが終了してしまった。 「ああ……」  私が教室に戻ろうとしたら、ちょうど男子も戻るところだったらしく、一緒に帰ることになった。男子はこちらをじぃーっと見て、少しだけ心配そうに声をかけてきた。 「大丈夫? 本当に寝れた?」 「いや、大丈夫……」 「本当? だって君、なんか青白いよ。寝れてすっきりした顔じゃない」 「ああ……」  男子はもう一度手を掴んで、私の掌を捏ねはじめた。冷たさに一瞬顔をしかめたものの、男子は熱心に私の手を揉む。そこで私は気付いた。 (この人の体温……かなり熱い)  あったかくってほっこりとして、むしろこの人抱き締めて寝たらいいんじゃ……そこまで考えて私は自分をはっ倒したくなった。  セクハラ! それ、セクハラ!  男子は私をちらっと見たあと、「君、放課後空いてる?」と聞いてきた。 「空いてますけど」 「保健室に来られる? 君これだけ体冷たかったら本当に寝れてないでしょ。おいで。一緒に寝てあげるから」 「寝る……寝る!?」  なんだか禁断のお誘いみたいで、私は思わずばっと手を離した。それに「なんか勘違いしてるみたいだけど」と呆れた顔をした。 「君、ものすっごく手が冷たいから。マッサージするのに時間かかるからおいで」 「……そういうマッサージ、趣味なんですか?」 「うーん、実家がマッサージ屋だから。いろんな体調の人マッサージするから、いろいろ勉強してる。おいで。あっ、名前言ってなかったか。俺、高遠」 「……天藤です」 「天藤さんね。うん、放課後待ってるから」  そう言って手をひらひらとさせて帰って行った。  なんだかなあ。私はポカンとして彼を見送っていた。なんだかチャラチャラしているかと思いきや面倒見いいし、なんだろうね、あの人。  たびたび「優しいのに腹黒」とか「冷淡かと思いきや照れ屋」とかギャップを見出す子に対して懐疑的だったけれど「チャラついてるように見えて世話焼き」は割といいかもしれない。私はそう思いながら、教室に帰っていった。
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