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プロローグ ある屋敷の人々
数ある高級住宅地の中でも、本当のお金持ちにしか住むことの許されない土地に、その洋館がたったのはわずか二十年前。物珍しさから、当時は近所の話題になったりもしたが、今では過去のネタとして、誰もその建物を何とも思っていなかった。
けれど、この洋館は地域一帯だけでなく、国内で数本の指に入るくらいには大きな敷地を陣取っている。
広大な敷地に豪華な邸宅。
誰が見ても、ひとめで一般人とはかけ離れた人種が暮らしていることは容易に想像できた。
「ほら、ここよ。あの有名人の家」
「え?ここなの!?」
高くそびえ立つ門の前を通りすぎるらしい女性の声は、かすかなエンジン音にかき消される。それもそのはずで、彼女たちはタクシーの車内にいた。
もちろん、この辺り一体で運転手のいない車を持っていない者などいない。みな、後部座席で当たり前のように足を組んで目的地まで運ばれる。
けれど時々、こうして高級住宅地観光にくる一般人も少なくない。
「一度でいいから、招待されてみたいわ」
「やめときなさい」
通りすぎていく洋館を横目に車内の女性は目を輝かせたが、同席していたもう一人の女性にその願望は否定された。
なぜ?と首をかしげるのは洋館の中の人物に少なからず好意を寄せている証。はぁーと、洋館の前を通りすぎる度に同じ台詞を繰り返さなければならない彼女は、誰も聞いていない車内の中で、何かに怯えるように声を潜めた。
「お願いだから聞かないで」
思い出したくない。
あの家は、一度招かれたら最後。
人生はとてもつまらないものに塗り変わってしまう。知らぬが仏とは、まさにこのことだと、彼女は友人に忠告する。
「魅壷|(ミツボ)邸は危険なの」
不思議なことに、あれだけ広い敷地を有していながらメイドや家政婦は雇ってはおらず、人の出入りも少ない。そんな館に招かれたことのある女性は決まって同じ言葉を繰り返した。
「忘れられないほどスゴいんだから」
身震いするように体を抱き締めた彼女は、すでに背後で姿を小さくした魅壷邸から隠れるようにうずくまる。
心なしか、その顔は真っ赤なリンゴのようになっていた。
「いいなぁ」
そう思われるのも無理はない。
何故か妖艶な美しさを保ち続けるその家には、その外観に見合うだけの容姿端麗な人々が住んでいた。
本人たちはいたって普通に暮らしているつもりだったが、周りが放っておかない。
会社でも学校でも人気は桁違いだ。
それでもこうしてフワフワと浮いた話題がないのは、それだけ彼らがしっかりしているからなのか?
「───~っ……」
洋館の中では、外の静けさとはうって変わって、もう許してくださいと、か細い女の声がかすかに聞こえる。
次に、断続的な機械の音に混ざって狂気じみた叫びが響けば、庭の草をついばんでいた鳥たちが飛び立っていった。
「許してって、まだ始めたばっかだろうが」
興味無さそうに、いや、どこか面倒そうに男は手元のリモコンを操る。
すると、女は反射的に体を暴れさせた。
「そうそう、まだ三時間?いや四時間かな?」
「何回でもイキたいって言ったくせに」
室内に男は五人。
その中心で、女は逃げ出すこともできずに、ただただ懇願の言葉を吐き続けている。それなのに、男たちはクスクスと冷たく笑っていた。
年齢こそバラバラだが、その全員が同じ人間とは思えないほど、端整な顔立ちと独特の色気を身にまとっている。
そんな、男たちの中で女は力を振り絞って、わずかに動く首をふった。
「……イっ…アァ!?」
「えー。またイッちゃったの?」
「早くね?」
涙ながらに快楽をむさぼる女を男たちはあざ笑う。それを引き起こしている原因が自分達にあるにも関わらず、彼らは退屈そうに、胸を激しく上下させる女に冷めた視線をむけていた。
「快楽を与えてもらってばかりではいけないよ」
椅子に腰かけていた一際落ち着いた紳士な声は、立ち上がると、ゆっくりと彼女を見下ろせる場所まで近寄っていく。
大きな台に固定され、卑猥な形をさらされた女は、唯一自由に動く口で助けを求めた。
「幸彦|(ユキヒコ)さま……ァっ…~~」
何を言おうとしたのかはわからないが、途中で引き付けを起こしたらしい女の体は宙に浮く。面白い見世物だと言わんばかりに、クスリと口角をあげた"幸彦さま"は、彼女の懇願の声を阻止した彼に視線を流した。
「輝|(テル)の試作品は、失敗かな?」
「成功じゃね?」
幸彦と呼ばれた男とは比べ、答えた輝の声は若い。
女のことなどどうでもいいのか、この数時間ほど操作していたリモコンのネジの調子を整えている。
「でも検体が壊れる商品なんか不良品だと思う~」
「そうだね。輝の試作品はさておき、陸|(リク)の連れてくる女も悪いと思うよ」
「え~。晶|(アキラ)の意地悪」
まだ少年のあどけなさを残した声は、嫌味をとばした声の持ち主をふてくされたように見つめた。
少し膨らませたほほと尖がらせた唇は、彼だからこそ効果のある表情だが、ここに居る者にそれは通用しない。
「戒|(カイ)は、どう思う?」
リモコンをいじりながら投げてよこした輝の問いに、そうですねと新しい丁寧な声がそれに答える。
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