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一輪の薔薇の告白
「大好きです!」
庭園中に響き渡る、男性の大きな声がした。
その声がすると同時に、イリス公爵が長女リリアンナの前に、深紅のバラが一輪差し出される。
「…………」
目の前に差し出されたみずみずしいバラを、彼女――リリアンナは金色の光彩が混じった、グリーンの目でじっと見る。それから、ハァと息をついた。
まったくこの王太子は何を考えているのか。
「殿下、お戯れを」
すげなく言い、何の感動もないというように見やった先には、一人の美青年――ウィンドミドル王国の王太子・ディアルトが立っていた。
「どうしてだ? リリアンナ」
心底不思議でならないというように、ディアルトは顔を上げて不安げな目でリリアンナを見る。
ディアルトは黒髪に金色の目を持っている。スラリと背が高く、体躯も戦士の如く鍛えられ、実際に戦士として騎士団の先頭で戦う立場にいた。
勇猛果敢な戦士として名を馳せ、その美貌は国中のレディが熱を上げる。
一度剣を持って戦地に立てば、怖いものなどないと言われる彼が――。今その顔を緊張に震わせて、リリアンナの前に立っていた。
「どうもこうもないでしょう。いきなり告白をされて受け入れられると思っているのですか」
やはりとりつく島もなく言うリリアンナは、年頃の女性にしてはとてもクールな対応で王太子をいなす。
リリアンナは、女性ながらウィンドミドル王国の騎士を勤めている。
白銀の鎧を身に纏い、女性らしくブルーのスカートと白いペチコートを覗かせている彼女は、他の男性騎士たちから圧倒的な人気がある。
完璧過ぎるほど整った美貌は時に冷たい視線をよこし、それを受けた騎士たちが影で「罵られたい」「踏まれたい」と、危うい願望を囁き合っているのを彼女は知らない。
身長もスラッと高く、胸も大きい。
ペチコートから覗いた太腿も白く、膝から下はやはり白銀の防具によって固められている。オーバースカートの後ろは長くなっているので、彼女を背後から見れば普通にドレスを身に纏っているようにも見える。
太腿を晒した格好にディアルトは最初難色を示したが、これもまたリリアンナが「動きやすい」と言ったことにより引き下がっていった。
腕に自信のある騎士となってもリリアンナは女性らしさを忘れず、男のようにただ甲冑を着込むだけをよしとしない。王太子であるディアルトの側にいるに相応しいように、女性らしい華やかさも常に持っていたいと願ったのだ。
美しい、強い、気高い。そして公爵家の娘。
男性なら誰もがリリアンナに憧れ、また戦えない一般のレディたちも、彼女を〝白百合の君〟と呼んで熱を上げる始末だ。
そんな彼女に現在ウィンドミドル王国の王太子・ディアルトが、バラを差し出して告白していた。
時間は夕方。場所は王宮のバラ園。
周囲にはまばらに貴族たちが歩いていて、ディアルトの大きな声に思わずこちらを向いている。
「……俺では駄目なのか? 誰か想っている人が?」
深紅のバラを差し出したまま、ディアルトはもう一度頭を下げ言葉を続ける。
「特にそのような方はおりません。それよりも、現在我が国は隣国ファイアナと交戦中です。私は殿下に『恋をするな』と言うつもりはございません。むしろお世継ぎのためにも推奨したい気持ちです。ですが、それは相手によります。私にその想いを告げられましても、私は殿下の想いに応えることはできません」
顔色一つ変えず、リリアンナは返事をする。
バラ園に風が吹き抜け、芳しい香りが漂った。
リリアンナの金髪を揺らし、ディアルトの黒髪をそよがせる。
「じゃあ、どうしたら俺を好きになってくれる? 戦争があるからこそ、俺は君を愛したい! いつ離ればなれになるか分からないなら、後悔しないように想いを伝えたい!」
思いの丈を迸らせ、ディアルトが勢いよく顔を上げた。
真っ直ぐな目、声。
この世界は精霊や妖精、竜やさまざまな種族がいて、その加護を受けた人間の国もある。
ウィンドミドル王国がある大陸では、精霊に強く愛されているほど美しい金の目を持つと言われている。
ディアルトの金の瞳はまっすぐにリリアンナを見て、彼女の瞳の奥に眠る本音を探ろうとしていた。
リリアンナだってディアルトのその瞳を美しいと思うし、彼にこれほどの想いをぶつけられて内心動揺していない訳がない。
「……殿下は、私の何がいいのですか?」
「全部!」
思わず僅かに反応を見せると、ディアルトは百倍ほどの勢いでパンッと答える。
迷いのない反応に、リリアンナは思わず目を眇めた。
「……殿下、やはり私をからかわれておいでで?」
猫が様子を窺うように、リリアンナが下からジロリと睨め上げる。
「からかってない。君はすべてが素晴らしい。容姿が美しいのは勿論だし、強いし頭がいい。君が騎士団に入った十二歳の時から、俺はずっと君を見ていた」
「…………」
リリアンナの母・リーズベットが亡くなったのは、彼女が八歳の時だ。
リーズベットはディアルトの父で先王ウィリアを警護し、やはり戦死した。
普通の少女だったリリアンナは、母の死を知ったあと泣き暮れ、そして母の後を継ぐと決意したのだ。
現在ウィンドミドルは、隣国の火の国ファイアナが起こす戦争に巻き込まれていた。
その対応に忙しいのにも加え、ディアルトは王家の中でやや複雑な立場にあるため、その命を狙われる事も少なくない。
よってリリアンナが常にディアルトの側にいて、身辺警護を務めている。
リリアンナはじっとディアルトを見据え、彼の気持ちを冷静に分析する。
「殿下。恐れながら殿下のお気持ちは、鳥の雛が初めて目に入った者を親と見る刷り込みに似ているのでは? 四六時中側にいる私なら、親密な気持ちになって当然です。加えて何度もお助けすることがありましたし、吊り橋効果もあるでしょう。殿下は一国の王太子なのですから、もう少しご自身のお気持ちを大切にされてください」
自分の想いを分析された挙げ句否定されたディアルトは、じと目になってリリアンナを見る。
「……君はいつもそうだな。俺が毎日『ありがとう』と言っても『仕事ですから』ばかり。『欲しい物はあるか?』と訊いても『警護の給与はもらっています』。俺は君の口から、女性らしい可愛らしい言葉を聞いてみたい」
やっと差し出していたバラを引っ込め、ディアルトは手の中で一輪の薔薇をクルクルと弄ぶ。
が、今度はリリアンナが物申すという目つきで、ディアルトに反撃した。
「女性らしい」という言葉が逆鱗――というほどでもないが、リリアンナの心に引っかかったのだ。
「果たして殿下が仰る〝女性らしい〟というのは、どのような態度を指すのでしょうね? 刺客が現れたら『怖ぁい』と言って殿下の後ろに隠れたらいいのでしょうか? 殿下から甘いセリフを言われて、頬を染め目を潤ませればいいのでしょうか? 果たしてそれは、殿下が望む私の姿なのですか?」
「怖ぁい」と言う時も、リリアンナはこれ以上ない真顔だ。
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