キスで誤魔化すなんて、ずるい ☆

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キスで誤魔化すなんて、ずるい ☆

「……今日はここまでだ。みな解散しろ」  カダンが宰相に持たせていたウィンドミドルの王錫を手に持ち、ドン、と床を鐺で鳴らす。  一旦空気が切り替わったところで、カダンはまた叔父の顔に戻って話し掛けてきた。 「ディアルト、食事でもしないか? 勿論リリアンナも一緒に」  食事に誘われ、ディアルトはニコリと微笑んで快諾した。 「ええ、喜んで。リリアンナをドレスに着替えさせて、後ほど参ります」 「では一度解散」  疲れを隠せないカダンの声に、ディアルトとリリアンナは一礼をして踵を返す。  内心ディアルトに何から言ってやろうかと思っていたが、今はこの場を離れるのが先だ。 「疲れたろう。ティーブレイクを取ってから向かおうか。君のドレスも選ばないとならないし」 「…………」  何事もなかったかのように言うディアルトが理解できない。 (なぜそんな風に振る舞えるのです? 私をあっけなく手放そうとしたくせに)  リリアンナの心情など知らず、ディアルトは廊下を進みながらのんきな事を口にする。 「そうだなぁ……ランチだし明るめの色のドレスがいいかな。アイボリーとか薄いブルーとか。いや、でも薄いピンクでも似合うな。若草色も捨てがたい」  好き勝手にリリアンナのドレスの色を口にするディアルトに業を煮やし、リリアンナは思わず立ち止まった。 (っこの……!)  立ち止まったリリアンナは、気づきなさいよと言わんばかりにディアルトを睨む。 「髪の毛は三つ編みにしてまとめて……。ああ、滅多に見られない君のドレス姿、すっごく楽し……ん?」  そこでやっと、ディアルトはリリアンナが斜め後ろにいない事に気づいたようだ。 「…………」  形のいい唇を引き結び、リリアンナは怒った顔をしてディアルトを見つめる。 「どうした? リリアンナ」 (――私の気持ちなんて、何も分かっていない! 殿下は私を大切にする〝ふり〟をしても、私のことを理解しようとしてくださらない!)  ディアルトが戻って来て「ん?」と覗き込んでくるが、リリアンナは大きな目を開いたまま彼を睨みつけていた。  目力を強く保っていなければ、今にも涙が零れてしまいそうな気がする。  静かに息を吐き、何度か呼吸を整えてから、リリアンナはできるだけ冷静に尋ねた。 「……どうして勝手に色々なことを、お一人で決められるのですか」 「じゃあ、俺の妻になってくれるかい?」  リリアンナの手を握り、ディアルトが静かに問う。  その態度にとうとうリリアンナはぶち切れた。 「おふざけになっている場合ですか! 大事なお体だというのに、なぜあのような安請け合いをされるのです! それに、どうして私を共に戦地に――む……っ」  激昂したリリアンナの言葉は、最後まで紡がれなかった。 「!?」  ディアルトに文句を叩きつけたかったのに、口が柔らかなものに塞がれている。  不意を突かれて、鍛えられたはずのリリアンナの体が壁に押しつけられた。  ――キスを、……されてる?  理解した時、耐えがたい屈辱とさらなる怒りを感じた。 (っ……キスで! 誤魔化さないでください!)  リリアンナは暴れようとしたが、ガッチリと抱き込まれてディアルトの腕から抜け出せられない。  そのあいだもディアルトの唇はリリアンナの唇をついばみ、舐めてはチロチロとくすぐる。 (……あぁ……)  激しく怒っていたはずなのに、ディアルトの唇を〝知ってしまっている〟リリアンナは、すぐに気持ちが蕩けていくのを感じた。  最初はディアルトの胸板を押し返していたが、ペチコートの間に太腿をグイッと押しつけられ、秘部を押し上げられて息が止まった。  いつ人が通るかも分からず、そのうち緊張と不安で顔面が真っ赤になり、ドキドキと胸がうるさく鳴りだす。  クチュ……チュ……と静かに聞こえる水音が耳朶を打つのも、恥ずかしくて堪らない。 「……ん、……ぅ」  キスの合間、ディアルトはしっかりとした太腿で何度もリリアンナの股間を押し上げてくる。  彼の太腿を跨ぐような格好になったリリアンナは、もぞりと腰を揺らし早くこの状況が終わることを祈るしかできない。  やがて執拗なキスが終わり、ディアルトが濡れた唇をペロリと舌で舐めて尋ねてきた。 「……落ち着いた?」  柱の陰で囁かれ、唇を指でなぞられる。リリアンナの濡れた唇は、濃密になった色気から酸素を求めるように、必死に呼吸を繰り返していた。  ――ずるい。  ――キスで誤魔化すなんて、ずるい。  胸の内には恨みたくなる気持ちが芽生えるが、自分が随分感情的になってしまったのも思い出した。 「……取り乱しました。申し訳ございません」 「いいよ。俺も君に不意打ちキスができて嬉しい」  何ともディアルトらしいことを言い、彼は「手を繋ごう」と掌を差しだしてきた。 「護衛なのに……」と思って一瞬迷うも、今は護衛と主というよりも、プライベートな空気になってディアルトときちんと話したかった。  なのでリリアンナはディアルトの手を握り返した。 「……戦地に向かうことだが、以前から話は耳に入っていた情報なんだ」  手を繋いで歩き出してから、ディアルトがのんびりとした口調で言う。 「これでも一応、身の上に害がないように各方面に密偵を放っている。幸い、父上をいまだに慕ってくれている者たちもいるしね。俺自身はそれほど王座に興味がないとはいえ、父上の遺言の通り俺を王座にと推している者たちもいる。……今の俺がまだこうして王宮にいられるのは、その者たちのお陰だ」 「……はい。私も、派閥の面々は存じ上げています」 「手に入れた情報で、妃殿下が俺を前線に送りたがっていると知った。だから今日もさして驚きはしなかったんだ」 「……私に一言、教えてくだされば良かったのに」  恨みがましく言うが、ディアルトは相変わらず飄々としている。 「取るに足らないことだよ。俺は情報を知った時から、こう答えるつもりだった。大事な君は王都にいてもらって、俺だけサッと行って戻ってくるつもりだったんだ」 「……私は護衛として、役に立ちませんか?」  その声が拗ねていたのは、リリアンナも分かっていた。  まるで自分が護衛なのを否定された気持ちになったからだ。  好きな人が本当のピンチになる時は、絶対に側にいたい。少なくともリリアンナはそう思っている。  ディアルトはリリアンナに対して、護衛の仕事や騎士であることを、他の男性や騎士と比べない。  だからこそ、「戦地では、女の君よりも男の騎士に守ってもらう方が安心する」と言われた気がして、若干傷ついていた。 「そうじゃない、リリアンナ。君の剣の腕も精霊の加護も、俺はいつも頼りにしている。でも愛している女性を、危険な場所に連れて行きたくないんだ。分かってくれ」 「…………」  ディアルトの言葉に、リリアンナは沈黙する。
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