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従兄弟たちと昼食会
(殿下が私を好きだと仰ってくれているのが本当なら、一般的な男性の気持ちとして分からないでもない。それでも私は普通の女性ではない。私は殿下の護衛だもの)
「……お側でお守りしたいです」
リリアンナの素の言葉に、ディアルトは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。その言葉だけで、頑張れる」
(もう……)
こんな風に言われると、リリアンナもこれ以上強く言えない。肝心なところで、リリアンナはディアルトに甘いのだ。
「大丈夫だよ。戦地の騎士が入れ替わる集団と一緒に行くから、道中の危険はない」
「……はい」
頷くも、リリアンナの声に覇気がない。
「あーあ、嬉しいな。リリアンナがこんなにも俺を心配してくれている」
心の底から心配しているというのに、ディアルトはまた軽口を叩く。それが悔しくて、リリアンナは斜め下からジロッとディアルトを睨み上げた。
「殿下」
「嬉しいな。俺はリリアンナが大好きだ」
(もーっ!!)
怒っても怒ってもめげないディアルトに、とうとうリリアンナはハーッと大きな溜め息をついた。
「……怪我一つ負わず帰還されると、約束してくださいますか?」
「するよ」
「約束を破ったら、思い切りお尻を蹴りますよ」
「おおぅ……」
思わず漏れたディアルトの嘆息に、リリアンナは小さく笑った。
(こうやっていつも、私は殿下の優しさに救われているのだわ)
真面目に考えているのが馬鹿らしくなるほど、ディアルトはいつも余計な力の抜けた態度で接してくれている。
ソフィアの陰謀や隣国との戦争、王位のことなど、現状悩むことは沢山あるだろうに、どうしてそんなに余裕があるのだろうと不思議になる。
同時に、自分の狭量さを痛感してしまう。
(殿下の護衛を自称するなら、私は殿下よりもっと悠々としていなければ)
逆にディアルトに慰められているようでは、目も当てられない。
(殿下が王宮を空けられている間、安心していられるように私が頑張らなければ)
ディアルトは温厚であるけれど、同時に一度決めたことは覆さない頑固な性格だということも分かっている。
恐らく今回の前線行きは、もう覆らないだろう。
だとすれば、自分も腹を括らなければいけない。
そう決めると、リリアンナはひとまず『今』に気持ちを向けた。
「……殿下、ドレスの色を決めてくださいますか? 私はあまり自分に何が似合うか分かりませんので」
話題を変えると、ディアルトはニカッと笑って頷いた。
「喜んで!」
**
リリアンナは昼餐に向かうのに、ディアルトが選んだアイボリーのドレスを身に纏うことになった。
「……私、本当に世のレディたちを尊敬します……」
昼餐までまだ時間があるので、ティータイムをとってから着替える。
それからまた中央宮殿に向かうリリアンナは、華奢な靴を履いて歩きづらそうにしていた。
裾の長いドレスは歩くのに邪魔で、いつものようにスタスタと速く歩かせてくれない。
結い上げられた髪に花簪がついているのも、何だか邪魔くさい感じがして落ち着かない。
「いやぁ……、綺麗だなぁ。こんな美女が隣に歩いているの、本当に光栄だ」
横を歩くディアルトは、先ほどからリリアンナをべた褒めし、まともに前を向いて歩いていない。
「殿下、前を向いて歩いてください。お顔をぶつけます」
「いいよ、どうせ大した顔じゃない」
「……私の好きな顔ですので、お気をつけてください」
ボソッとリリアンナが言うと、ディアルトが目を丸くした。
「えっ? リリアンナ、俺の顔好みなのか? 初耳だ!」
「騒がないでください。恥ずかしいです」
(誰かに聞こえます!)
ボソボソッと早口に言って誤魔化すが、ディアルトはリリアンナから褒められて舞い上がっている。
「急にどうしたんだ? 俺の愛が通じた?」
はしゃぐディアルトに、リリアンナは頭が痛いというように額を手で押さえた。
「……殿下が戦地に行かれるので、少し優しくしようと思っただけです」
「顔が好みなのは、本当?」
「……本当です」
(殿下より格好いい人を知りません!)
「っし!」
リリアンナの返答に、ディアルトはグッと拳を握りしめた。
「ですが昼餐の席では、あまり軽口を叩かれませんようお願いします」
「軽口って……。俺はいつも本気なんだけどな」
「……はぁ」
溜め息をつき、リリアンナは口でディアルトに勝とうとするのを諦めた。
昼食の席に、ソフィアは現れなかった。
ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場の空気が険悪にならないことに安堵していた。
テーブルの上座にはカダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。
「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」
食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。
自分に王位の話はないと思っているのか、オリオは毎日学者たちの所に入り浸っている。
カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。
向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。
勿論、そのことをリリアンナは知らない。
「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」
いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
ディアルトがそう言うと分かっていたのか、オリオは微妙な顔だ。
母の言動を謝り罪悪感を消したい気持ちと、いつも温厚なディアルトなら許してくれると知っている安堵。
そして許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への自己嫌悪。
様々な感情が交じった顔だ。
「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」
つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。
しかし母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、バレルは罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。
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