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高橋と二人、雪山を歩いていた。あたりは猛吹雪だ。それでも懸命に進むうち、山小屋へと行き着いた。俺たちはその中に転がり込み、そこで一夜を明かすことになった。
ぼろ布や古新聞など、暖の取れそうなものを片っ端から集めて身にまとい眠っていると、入り口の扉が開く気配がした。同時に誰かが静かに入ってくるのがわかった。薄目を開けて恐る恐るそちらを見ると、女が立っていた。肌も髪も、着ている着物まで真っ白だ。女はゆっくりと俺たちのほうに歩み寄り、高橋の顔を覗き込んだ。それから息を吹きかけると、彼の顔は見る見る凍りついてしまった。
次に女は俺の方へと視線を移した。怯える俺に女は囁いた。
「お前の命はとらないでやろう。ただし、今夜起きたことを誰にも言わないように。言えば必ず、お前の命をもらいに行くからな」
あまりの恐怖に、俺はそのまま気を失ってしまった。
目を開けると雪は止んでいた。夜も明けたようだ。あたりは静まり返り、昨日の吹雪が嘘のような、美しい銀世界が広がっている。うれしくて飛び起きようとして背中に激痛が走り、ゆっくりと雪の中に身体をうずめた。そうだった。俺は怪我をしていたのだ。
しかし、変な夢を見たものだ。よりにもよって雪女の夢とは。雪山で遭難したという体験が、子供のころに聞いた昔話を想起させたのだろうか。
物語では、山小屋に行き着いたのは木こりの親子だった。親のほうが雪女に凍死させられ、息子はまだ若いからという理由で生かされた。誰にも言うなという条件付きで。ところが息子は数年後、結婚した妻にそのことを漏らしてしまう。それを聞いた妻は豹変した。なんとその妻の正体はあのときの雪女だったのだ。
夢の中で俺が生かされたのは、高橋のほうががひとつ年上だからだろう……と、思いつつ友人のほうを見る。まだ眠っているようだ。目を閉じたまま微動だにしない。
咄嗟に大声で彼の名を呼んだ。もしかしてあの夢が現実のことだったのではという考えが脳裏をよぎったからだ。
何度か叫び、もう一度と口を開きかけたとき、
「うるさいなぁ……」
高橋が目を覚ました。よかった。死んではいなかった。
身体を起こした彼はあたりを見渡してから俺を見た。
「おい細野、吹雪がおさまったぞ」
喜びの感情表現として俺に抱きつこうとしたのだろうが、その寸前で彼はぴたりと動きを止めた。すぐに方向転換し、岩陰から外へと這い出て行く。
立ち上がった彼はこちらを振り向きもせずに、
「お前は動けないんだからここで待ってろ。俺が助けを呼んでくる」
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