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「は?お前、今俺たちがどこにいるのか、わかって言っているのか?」
「わからん。でも、なんとかなるだろ」
「待て待て。そんな無茶せずともここで助けが来るのを待つべきだ。登山届けを出してあるんだから、きっと俺たちが戻らないことに気づいてくれているはずだ」
高橋はしばらく黙ったままでいると、不意に俺のほうを振り返った。その顔は煩悶するようにゆがんでいた。
「すまん。お前と二人きりだと居辛いんだよ」
「いづらい?」
「死ぬかもしれないと思って、お前に余計なこと言っちゃっただろ。なんだかそれが気まずくてさ。だから……な」
と言うことは、あの高橋の言葉は本当だったのか?俺を眠らせないための嘘じゃなかったってことか?まさかこいつ、マジで俺のことを……。
思わず身震いしそうになるのをぐっとこらえたものの、俺の表情から何かを読み取ったのだろう。友人は寂しげに笑ってから歩き出した。数歩進み、思い出したように足を止めて振り返る。
「そうだ。頼むから俺が告白したことは誰にも言わないでくれよ。ずっと秘密にしてきたんだから。例え俺が死んだとしてもさ」
不吉な捨て台詞を残し、彼は雪の中へと消えていった。
数時間後、救助隊が俺を見つけてくれた。安堵する俺に、一人の男が尋ねかけた。
「もう一人は?登山届けには二人分の名前があっただろう」
「え?あいつが助けを呼んだんじゃないんですか?」
「いいや。下山予定時刻になっても君たちが戻らないから、天候の回復を待って探しに来たんだ」
てっきり高橋が救助隊を呼んでくれたのだと思っていたのに。力なく首を振る俺を見て、救助隊員たちの間に緊迫した空気が流れた。
俺を助け出した後も救助隊は高橋を探してくれたが結局見つからず、3日後に捜索は静かに打ち切られた。
5年後。
俺はあれ以来、よく飲みに出かけるようになった。親友をなくした傷を癒すために酒に溺れたといってもいいかもしれない。
その日も俺は行きつけのバーで一人飲んでいた。そこでマスターがユキという名の女と引き合わせてくれた。
色白の女性は七難隠すと言われるが、彼女もまさしくそんな感じだった。顔はそこそこなのだが、透き通るような白い肌の上に長い髪の色をホワイトアッシュにしているものだから、どこか異世界の生き物のような美しさがあった。
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