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俺が受けた印象は誰もが抱くようで、彼女はこんなことを口にした。
「私ね、よく雪女みたいだ、って言われることがあるんです」
「確かに、名前からしてもそうですよね。あ。そう言えば、夢を見たことがあったな」
そこで俺は遭難したことは伏せ、雪女の夢を見たことを話した。
するとユキは急に深刻な表情を浮かべ、
「誰にも言うなって言ったのに……」
「え?」
「やだ。冗談ですよ。夢だったんでしょ?」
彼女は一転けらけらと笑った。
「なんだ。びっくりするじゃないですか」
「本当にあのときの雪女が来たと思った?」
「少しだけ」
フフッと小さく笑った彼女は腕時計を一瞥してから、
「ねぇ。今から家に来ない?」
女性からそういわれて断る男はいないだろう。グラスに残った液体をのどに流し込み、俺は何度もうなずいていた。
ユキが取って置きよと言ってワインをあけてくれた。正直そっちの酒には詳しくなかったが、うまいといって飲んだ。
彼女は俺のグラスにワインを注ぎながら、
「細野さんって、彼女とかいないんですか?」
「うん。いないよ。君は?」
ユキは二度目の乾杯をしてから、
「私もいない。でも、細野さんはモテそうなのにな」
「いや、全然」
「そうなの?告白されたことは?」
「ない」と答えてからふと思い出した。
「いや、そういえば一度だけあったな」
「え?いつですか?」
「5年位前。と言っても、告白された相手は男なんだけど」
俺はまたしても遭難したことは伏せて、親友だと思っていた男からマジの告白をされたことを話した。
「いや、まさか男から告白されるとは思わなかったよ。LGBTとか言われてるけどさ、正直俺はまだ気持ち悪くて……」
すっとユキが立ち上がった。キッチンのほうに行き、すぐに戻ってくる。その手には包丁が握られていた。
「お前さ、誰にも言うなって頼んだよな?」
それは女性のものとは思えない低い声だった。
包丁を振り上げた彼女はまっすぐ俺に迫ってくる。
そのときになって思い出した。
高橋の下の名前がユキヒロだったことを。
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