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「マグカップを割ってしまいまして……」
「何?」
なぁんだそんなことか。
あまりにも想定外の一言に、声がひっくり返る。
普段でない声が出てしまったせいか、おーちゃんの身体がびくりと跳ね上がった。
「す、すみません!」
「ああ、違う違う。そんな気合い入れて言わんでもええことやったからびっくりしたんや」
「へ?」
「どこで割ったん?」
「台所です。一応破片は全部拾ったんですけど」
「怪我は?」
「ないです。ただマグカップが……」
「ほんならええよ」
「で、でも……」
「おーちゃんが怪我してへんならええ。足の裏とかも大丈夫か?」
「はい、スリッパも靴下も履いてました」
「刺さってへんか確認した?」
「はい、大丈夫でした」
「それやったらなーんも問題あらへんよ」
「……でも」
なるべく穏やかに返しているのだが、妙に食い下がる。
割られて困るような物を置いた覚えは無い。
「なんかあかんかったの?」
「孝光さんと一緒に選んだお揃いのマグカップだったので……」
「ああ~……なるほど」
「はい」
彼に耳が生えてたらしゅん、と垂れているんだろうなと思う。
楽しく一緒に選んだし、沢山の話をしながらそこにはそのマグカップがあった。
それで別れを切り出すような雰囲気になっていたのか。
「……大事に、してたんですよ」
「知っとるよ。おーちゃんの仕事が丁寧やなかった事なんかあらへん」
「え、でも疲れてる時は」
「そんなんしゃーないやん。疲れてる中で一番丁寧にやってくれとった」
「孝光さん……」
「あのなぁ、おーちゃん」
「はい」
「形ある物はどんだけ大事にしとってもいつか壊れんねん。それはしゃーない。大事にしとったから落ち込むってのもわかるし、選んだ俺も嬉しい。けどな」
不安げな表情をしたままのおーちゃんの肩を掴んで、目を見る。
「おーちゃんが笑ってる方が俺は嬉しいんやで?」
「あ」
「わかった? せやからそんなに気ぃ落とさんといてな」
「は、はい」
「ほんで、次の休みにまた、お揃いの買いに行こ」
「……いいんですか?」
「おーちゃんが嫌やなかったらな。『お揃い恥ずかしい~』言う人もおるし」
「ぼ、僕はお揃いが良いです!」
食い気味な返事に思わず口元が緩む。
いや、目元も緩んでんなぁこれは。
俺のパートナーめっちゃ可愛い。
「ならよかった」
「はい」
「あと、あんま重々しい告白みたいにせんといてな」
「へ?」
「ああいや、びっくりするから」
「すみません」
「謝らんでええよ。それにおーちゃんと一緒やったら幸せやからな」
「……はい」
「うん、ええ子、ええ子」
頭を撫でて落ち着かせていると、視界の端に新聞の下に置いていたチラシが見えた。
「来週、職人市くるみたいやなぁ」
「えっ」
「ほら」
良い反応をするので、指をさしてみれば、彼が視線で追う。
いつも行くスーパーの催事が丁度陶器の祭典のようだった。
「ホントだ!」
「前のマグカップよりええもん買えるかも知らんね」
「孝光さんと選ぶならなんでもい……あ、えっと」
「ホンマ?」
「はい!」
次の休みまで一週間。
俺は今日終わるかもと思った日の中の特別な日が、楽しみで仕方なくなった。
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