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そう、男の指は青緑に鈍く輝く細かい鱗で覆われていたのだ。
指だけではない。顔も首もその紺色のスーツから覗く皮膚は、全てリアルな鱗でびっしりと覆われている。
本当によくできている。
ペイントとかではなく、パールの輝きをもつ立体感のある鱗だ。
こんなリアルな鱗、どうやって作ったんだろう……。
首を動かす時なんか、鱗が剥がれちゃったりしないのかな。
あんな指先でスマホがよく反応するもんだよな……。
いやいや、関心している場合じゃないぞ。
これってやっぱりアレだよな……。
ドッキリってヤツ。
それなのに、俺としたことが、この鱗男が電車に乗り込んできても、何のリアクションもせず完全にスルーしてしまったのだ。
昨夜書き上げた小説が、魚人間が登場する異世界ファンタジーだったのがいけなかったのかもしれない。
完徹で正常な思考ができなくなっていた、というのもあるだろう。
青緑の肌をした人間が隣に座っても、俺は全くのノーリアクションだったのだ。
あそこはやっぱりギョッとするか、二度見するとかしなければならないところだったよな……。
完全にタイミングを逃してしまった。
どうしようか……。
なんか大袈裟なリアクションしてくんないかな。
俺は隣の鱗男に再び視線を送る。
いや、やっぱりダメだ。
今更そんな事されても、俺は「あービックリした。ダマサレタ」とか棒読みになるのが目に見えている。
もういいから早くスタッフ出てきてくんないかな。
これはもうどう考えてもボツだろ。
俺は元々テレビに出たいなんて思ってないし、だいたい徹夜明けのこの酷い顔を全国ネット(ローカルかな、いや配信サイトのヤツか?)で晒しても誰も喜ばないだろう。
それにしても長過ぎじゃないだろうか……。
もうホント無理だって。
俺は瞳だけを動かしてどこかに隠しカメラがないか辺りを窺う。
スタッフは隣の車両かな……。
そこで俺の頭にある考えが浮かんだ。
もしかしてこれは……。
「どう考えてもドッキリなシチュエーションなのに全然スタッフが出てこないドッキリ」なんじゃないだろうか……。
最近のドッキリは手が込んでいる。一般人だってそう簡単には騙されない。
テレビ離れが進んでいると言われて久しい現代、テレビ局も必死なのだろう。
それならば……。
俺はあからさまにキョロキョロと辺りに視線を送ってみせる。
「ドッキリ大成功」の看板がわざとらしくチラリとでも見えているのじゃないかと、俺は伸び上がって隣の車両を覗き込んでみた。
向かいの網棚の上に置かれている荷物。
あんな所に黒いバッグがポツンと置かれているなんて何かおかしくないだろうか。
もしかしたら、隠しカメラが仕込まれているのかもしれない。
いや、目の前に立つ女性の肩から下げられたバッグの方があやしい。
俺がジロジロと見つめていると、女性は眉をひそめながら隣の車両に移動していってしまった。
鱗男を見ても動じないのだから、きっと彼女も仕掛け人の一人なのだろう。
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