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カタタン、カタタンと規則的に聞こえてくる車両の音と、適度な揺れに次第に睡魔が襲ってくる。
いや、ここで眠ってしまう訳にはいかない。
俺はドッキリのダーゲットとして最後までこの役を全うしなくては……。
俺は瞼にきっと力を入れると、視線を窓の外に向けた。
向かいの座席の上いっぱいにとられた大きなガラス窓の向こうには、特徴のないごくありふれた住宅街が広がっている。
ぼんやりとそれを眺めていると、俺はある事に気づいてしまった。
この電車……。
さっきから全然駅に停まっていないんじゃないのか……。
俺の乗っているのは「通勤急行」だ。元々停まる駅は少ない。
それにしても長過ぎないだろうか……。
嫌な汗が脇の下をツーっと伝っていくのがわかる。
俺はいつも電車に乗っている時は、スマホをいじっているか寝ているかのどちらかで、あまり外の景色に意識を向けた事はない。
だから窓の外の風景がいつも通りだと言われればそんな気もするし、どこかおかしいと言われればそんな気もしてくる。
窓の外をとうとうと流れるごく普通の、不自然なほどに特徴のない街並みが、舌の付け根の辺りに何だかザラリとした感触を連れてくるようだった。
俺はゴクリと唾を飲み込んでみる。
喉の奥の方で鳴るその音はやけにリアルで、それでいて舌の上の違和感はますます膨れ上がっていくような気がした。
もしかして……、これは俺の見ている夢なんじゃないだろうか……。
鱗だらけの男なんて明らかにおかしい。
俺はいつ眠ってしまったのだろう。
電車に乗ってからか。それとも……。
そこまで考えてから俺は一気に目が覚めた。
……ような気がした。
けれど、相変わらず隣には鱗男が座っているし、ガラスの向こう側には同じような住宅街が続いている。
時々、何度目を覚ましてみても夢の中、という夢をみるけれど……。
とにかくヤバい、と思った。
今日は大事なプレゼンがある日なのだ。
俺は書いている小説で大賞を取って、将来的には印税ウハウハ生活をする予定だけれど、とりあえずは当面の生活費を稼がなければならない。
今回の企画に関しては、俺も、直属の上司である課長もかなり力を入れているのだ。
今日は何としてでも遅刻する訳にはいかない。
もしかして俺は、小説を書きながらパソコンの前で寝てしまっているのじゃないだろうか。
そうだとすると本当にまずい。
投稿サイトで開催されているコンテストの締め切りは朝の4時59分59秒までだ。
ギリギリに仕上げたとしても、俺のことだから一度寝てしまったら絶対に起きられない。そう思って完徹する事にしたのだ。
けれど、書きながら寝落ちしてしまっているのだとしたら……大変な事になる。
ベッドで寝るつもりがなかったから、目覚ましはつけていない。
ギリギリの時間で完結させて投稿したと思っていたけれど、それすらも夢だったのか。
人類と魚類、異種族が平和に共存する理想郷。壮大な長編ファンタジーも、ラストで迎えるまさかの大どんでん返しがなければ何とも間の抜けたものになってしまう。
一体今何時なんだろう……。
起きろよ、俺。
ズボンの上から自分の太ももを強くつねってみても、一向に目が覚める様子はない。
思わず声が出てしまうぐらい強く頬をつねっても、大きく息を吐いてみても、隣で気怠げにスマホに視線を向けている男の皮膚は相変わらず青緑に艶を放っているし、窓の向こうの世界には退屈そうな家々が流れていくだけだった。
挙動不審な行動を繰り返す俺を見て、鱗男とは反対側に座っている男が、怪訝そうな顔をしてから少し横にズレたのがわかった。
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