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カタタン、カタタン。
車両が揺れるたび聞こえてくる呑気な音が、俺の神経を更に苛立たせる。
座席から伝わってくる振動も、車内に差し込んでくる朝の優しい光も本当にリアルで、これが夢の中の出来事だとはにわかに信じ難い。
俺は作品を書きあげる際、リアリティにこだわってきた。
現実とはかけ離れた異世界ものでありながら、細部まで徹底した下調べとプロット制作を行い、リアリティのある情景描写で読者を物語の世界に誘う。
あまりのリアルさに、自分自身も執筆中に作品世界に没入してしまい、時間の感覚がわからなくなってしまうほどだった。
昨夜も俺はクライマックスを書き上げながら作品世界にどっぷり浸かっていた。
そう、体に伝わってくる振動も、じんわりと暖かさまで伝わってきそうな柔らかな陽の光も、青緑の鱗も本当にリアルだ。
まるで俺の小説の中のようで……。
もしかしたら……、俺は眠っているのではなくて、自分の小説の中に閉じ込められてしまったのではないだろうか……。
自分の作品に入り込み過ぎて……。
最終章で主人公はあるテーマパークを訪れる。
その世界にとっては異世界にあたる現代日本をモチーフにしたテーマパークだ。
作品内では「時空トレイン」という乗り物で瞬時に移動できるから、たくさんの人と乗り合わせ、時間をかけて移動する「通勤電車」なんていうものはどこかノスタルジーを感じさせるアトラクションの一つでしかないのだ。
もしそうだとしたら……。
そう、俺はまだ作品を完結させていない、という事になる。
一番の見せ場とも言える大どんでん返しが待っているのは、主人公がテーマパークを訪れたその後なのだ。
早く現実世界に戻って作品を完成させなければ。
コンテストの締め切りにも、プレゼンの時間にも間に合わなくなってしまう。
早く目を覚ませよ。俺。
自分の作品世界に浸っている場合じゃないぞ。
現実に戻るにはどうしたらいいんだろう……。
いや、まずはここが本当に俺の小説の中かどうか確かめてみなければ。
そうだ、俺は以前編集者に、「登場する女性が、クールビューティーな美女ばかりでワンパターン」と言われた事がある。
もしここが俺の作品世界なのであれば、艶やかな長い睫毛と切れ長の目をもつ凛とした女性ばかりな筈だ。
まずは向かいの席から……。
お、確かに一番右に座っている女性はモロ俺の好み。
色白の小さな顔にキリリと結ばれた艶のある唇。スマホに向けられる涼やかな目元には長い睫毛が影を落としている。そして肩からこぼれる長い髪は絹のようだ。
でも、残念ながらあとはヤロウばかり。
こちらに背を向けて立っている女性は、どうだろうか。
ネイビーのタイトスカートから覗く足は、スラリとしていながらも、適度に肉のついたふくらはぎがどこか艶めかしい。
他の座席に視線を移してみるも、視力の悪い俺には細かい顔の造作まで見分ける事はできない。
どうも徹夜明けで焦点が合わせにくいのだ。
そう言えばさっき隣の車両へ移動していった女性はどうだっただろうか……。
良くも悪くもあまり記憶に残っていない、という事はモブキャラといったところか。
何だか微妙な感じだな。
どうも決定打に欠けるのだ。
ここが俺の小説の中なのか、夢の中なのか、それとも手の込んだドッキリなのか……。
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