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体を揺する心地よい振動と共にゆるゆると今が流れていく。
鱗男は俺に何の危害も加えはしなかったけれど、形ある答えを何一つ示してはくれなかった。
ただそこにあるだけだった。
段々と、おかしいのは俺の方なのではないかと思えてくる。
正直、コンテストもプレゼンもどうでもよくなってきた。
とにかくここから抜け出す事さえできれば……。
どのぐらい俺はこの鱗男と一緒に座っているのだろうか。
何日も時が過ぎているような感覚もするし、通勤急行のたった一駅分の気もする。
完全に時間感覚がおかしくなっているようだ。
一体何が本当なのかもわからないまま、特に大きな出来事が起こる事もなく、ただ延々と今が緩く続いていく。
永遠に、何も変わる事なく……。
鱗男はただ鱗男であり続ける。
想像しただけで頭がおかしくなりそうだ。
俺は自分の小説の中で、『永遠』とか『不老不死』とか簡単に使ってきたけれど、『ずっと続いていく』という事がこんなに辛いなんて思わなかった。
『終わらない』事がこんなにも怖ろしいなんて……。
そうだ、こんな怖ろしい事は、早く終わりにしなければ。
ただ何かが起こる事を待っているだけではなく、自分からアクションを起こすのだ。
停滞している現実を打破する為に。
自分の未来は自分自身で掴み取るのだ。
自分の作品世界から抜け出す為に、覚めない夢から目覚める為に、なかなか出てこないスタッフを呼びつける為に……。
そう、その為には……。
俺は渾身の力を込めて床板を蹴った。
足の裏からはリアルで確かな抵抗が伝わってくる。
ずっと座り続けていてなまっている足の筋肉にその力をそのまま伝えると、俺の足は軽やかに、そして力強く伸び上がる。
ダンっと思ったよりも大きな音が鳴った。
俺好みの美女も、モブキャラも、そして隣の鱗男も、驚いた顔をして一斉に俺の顔を見た。
俺は両手を握りしめると、腹の底から振り絞るように声を張り上げた。
喉を通ってくる空気が声帯を激しく震わせる。
そう、俺は小説の中で主人公が最後に叫ぶセリフを全身全霊をかけて吐き出した。
「騙されないぞ!」
カタタン、カタタン……。
〈完〉
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