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マジックバー【前編】
「あれトランプに印つけてるだけだな。努力の見受けられないマジックバーだ」
隣にいる美枝子が、目を見開いている。
「そうなの?全然分からなかった」
「あれは確実だ。あのやり方は緊急用の処理みたいなもんで、少しマジックのことを調べた人間だったら簡単に気づくよ」
「徹人、ちょっと声大きいよ」
マジックを見ていた客がこちらを振り返って覗いていた。当のマジシャンと隣のアシスタント的な女性は、揃いも揃って苦い顔をしている。
「へっ。俺は騙されないからな」
みんなの視線なんぞ気にもせず、手元のグラスに手を伸ばして長めの一口を煽る。
「美枝子、よく覚えとけ」
「なに?変なこと言わないでよ」
「世界ってのは、嘘だらけで汚いんだ」
「そう…なのかな?」
「そうだ。こんなイライラする所さっさと出て、俺の家でゆっくりしよう」
席を立ち、マジックを披露している場所の近くを大股で歩きながら通る。マジシャンの名札が目に入った。"マジシャン・テラ"。覚えたぞ。努力の甘い、客を本気で楽しませようとしていないインチキマジシャン・テラ。はは。気持ちいいな。人の嘘を暴く瞬間ってのは。
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