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「奥方様にお願いがございます。手錠をかけてもらえませんか」
年若い少年ともいえる神官が謁見の時に声をあげた。彼の独断だったのだろう。古株の神官がひどく慌てて少年を捕まえようとするもバシッと弾かれた。セリカの力だ。見れば興味深げに目を細めている。
「続けて」
少年は緊張にごくりと唾を飲みこんで、震えながらセリカを見上げた。
「ぼ、僕達は奥方様が怖いです。かつて滅びの原因になったという地球の姫ということ、地球人と思えぬ力の強さ、いつでも滅ぼせるのであろうという不安……でも、奥方様がいなければ困ります」
「正直で良い」
「はい。あの、力を使う時以外、力を封じてもらえば、僕らは少し安心できるのではないかと思います」
「なるほど……いいよ」
「え」
「かけにおいで」
セリカは両手を合わせてにっこりと微笑った。それで腫れ物に触るような扱いがマシになるなら願ったり叶ったりといった様子で。少年は緊張に顔色をなくしながらも懐から手の平ほどの大きさの平たい布張りの箱を取り出した。
用意をしてあったということは口だけではなく本気だったのだとわかる。本当に独断だろうかと囁く周囲の様子を窺いながらセリカは少年を見つめていた。冷えて震える手がセリカの手を取った。
華奢な鎖のようだった。青銀色の細い鎖、留め具だけが完全な銀色で薄い金属のプレートのようだ。左右の手首を抜けない程度に留め、両手に嵌まると2つの輪を繋ぐ鎖が作業の邪魔にならない絶妙な長さに伸びた。アクセサリーのようだが試しに力を使おうとすると胸が苦しくなるような圧迫感がかかった。
「見事な封印具ね」
セリカは両手首を掲げ、着け心地を確認する。力を使わなければせいぜい顔にかける眼鏡くらいの負荷しかないだろう。伸びた鎖は日常を送る分には邪魔にならないように自動で調整されるのだろう。セリカはあっさりと頷いた。
「いいんじゃない。ねぇ、名前を教えて」
「え?」
「私に手錠をかけた強者の名前」
「ウォルフェン、と申します」
神官は名字を名乗らない。セリカはウォルヘンの顔を覗き込んで少しの間考え込んだ。薄い銀髪、茶色がかった瞳、若い。声はまだ少し高いが落ち着いた響きだ。
「私専任の世話係を、本日をもってウォルフェンに一任します」
沈黙一呼吸後、神官たちが驚きの声をあげた。セリカがここに来るようになって初めての大騒ぎだった。
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