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人は慣れる生き物である。大騒ぎは徐々に落ち着き、ウォルフェンもセリカの世話役を淡々とこなすようになった。セリカの傍に付き添い、お茶や食事、休息などの生活面、仕事の手配や下調べなどウォルフェンは有能だった。
ある日セリカはお茶を飲みながら茶菓子の準備をするウォルフェンに声をかけた。
「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、私のことを奥方様って呼ぶの、君だけよね」
「奥方様ですから」
迷いなく頷く様子にセリカが目を瞬かせた。少し照れたようにウォルフェンが微笑う。
「確かに離縁なさったかもしれませんが、僕は失礼ながらティアーズ様を敬愛しているんです。奥方様もティアーズ様をお嫌いで離縁したわけじゃないですよね」
「なんで、そう思うの」
「ティアーズ様が行方不明になったと報せた時、奥方様は時空嵐に飛び込もうとなさいました」
「あの時の……」
「はい、お止めしたのが僕です。……あの時、確信したんです。ティアーズ様の愛した人だって。セリカ様の心も失われたわけじゃないって。だったら、奥方様です」
セリカは目を逸らすと紅茶を一口飲んだ。
「嫌いよ」
「え?」
「ティアーズは私が一番してほしくないことをしたの。そのことだけは絶対に許さないわ」
「一体何を……いえ、差し出がましいことを」
「……犠牲になること。正確には未遂よ。でも、それだけは選択肢にすら入れてほしくなかったの。私がそのことで今までどれほど傷付いていたか知っていたのに。…………今なら、ただ守ろうとしてくれて、そこに迷いもなかったってわかるけど……あの時の私は、私のためと言って命を散らす者達が嫌いだったの。本当に、嫌いだったのよ。私も同じことをしていたのにね」
ぬくもりに縋るようにカップを包むように握ったまま目を伏せたセリカをウォルフェンはおろおろと見つめた。ウォルフェン含む神官もセリカのことを思えば何も知らなかった。ただ地球の姫とだけ。泣いているように見えた。本当はとっくにティアーズを許したかったようにも見えた。声をかけようとして結局沈黙を選ぶ。どんな言葉も薄っぺらくなる気がした。何も知らない者が言えることではないと感じたからウォルフェンは少し距離を置いて、またセリカが顔を上げるのを待った。
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