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「……ウォルフェン」
「はい、奥方様」
「この建物内に護りを強化する装置があるわね?」
ウォルフェンは目を見開く。それはセリカには与えていない情報だった。反応を見て確信を得たのかセリカは返事を待たずに立ち上がると毅然と命じた。
「今すぐ充電に入って。3日後までにフルパワーで起動できるように準備を」
逆らうことはできなかった。気迫に押されるようにウォルフェンは走った。説明を求める神官たちをセリカの命令だと黙らせて手はずを整えてゆっくりと居室に戻る。部屋が暗かった。柔らかなオレンジ色の明かりを控えめに操作し頭を下げる。
「手配滞りなく」
「ありがとう」
明かりも付けずに何をしていたのか。何かをずっと祈っていたのかもしれないと感じた。セリカは祈りの前後、微かな光をまとうから。
「お茶、淹れなおしますね」
いつも通りの様子にセリカは少し意外そうな顔をして椅子に座った。ウォルフェンが温かい紅茶を差し出すと素直に礼を言って一口含んで目尻を下げる。その顔を見ながら色々考えてしまったウォルフェンは不躾に見つめ過ぎたようだ。セリカにまともに見つめ返されて数歩下がる。
「聞きたいことは聞けばいいよ。答えられる範囲で答えるし」
この機を逃せば次はないかもしれない。深呼吸をして部屋に戻る途中に考えていた疑問をひとつずつ聞こうと決めて口を開いた。
「どうして離縁できたんですか?」
ティアーズとセリカの婚姻は異種族ということと、周囲の反対を押し切る意味でも特別なものだった。命懸けの覚悟を示し、片方の命が尽きたら残る一方も命を失う呪いにも似た契りを背負って一緒になった。それをどうして破棄できたのか。それほどの力を持っていたのか神官たちの間でも随分と騒がれた。
セリカは少し悩むように首を傾げ、自身の指を絡めながら話し出した。
「単純に、怒ったから? 私ものすごく怒っていたから」
「怒って、ですか?」
「えぇ。さっき言ったわよね? 私のためと言って命を散らす者達が嫌いだったって。ティアーズは窮地に陥ったのだけど」
「え⁉ ……いえ、続けてください」
寝耳に水の情報に声をあげ、精神力を総動員して続きを促す。セリカも驚くことは予想の範疇だったのか何もなかったように話を再開する。
「私が道連れで死ぬことを恐れたティアーズは、自分を守ることよりも契約の破棄を図ったのよ。自分が生きる努力を放棄して万が一のことを考えて私を生き残らせれば良いと。あのバカ」
怒りに満ちた声に身を竦ませながら内容を反芻して息をのんだ。先に契約破棄を図ったのはティアーズだったのだ。とするならば、
「ふざけるなって思った。ギリギリまで生きる努力をして、それでダメで一緒に死ぬなら本望だったのに。勝手に妻を守って1人死ぬなら満足なんて考えが許せなかった。……殴ったわ。ついでに敵も叩きのめして宣言したのよ。死ぬ理由になる絆などいらない。離縁する。お前はもう私の夫じゃない! とね。そうしたら結婚の証の指輪が消滅して離縁は成立した。それだけ私の思いは強かったのかしらね」
苦笑してかつて指輪があった左手を見る横顔は寂しそうだった。そんなケンカ別れの末にティアーズが失踪したのだ。後悔をしても当然かもしれない。
「私、きっとティアーズが戻ったらもう一発引っ叩くと思うわ」
「奥方様……」
反応に困った様子のウォルフェンを見てセリカは小さく笑う。そして、もう聞きたいことはないのかと瞳で問う。
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