告白を取り消したい!

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告白を取り消したい!

 勇気を出して、バレンタインデーに告白した次の日。好きな人から返事がもらえなかった。告白の返事をしたのは、当時一緒にいた友達。 「天ヶ瀬がごめんなさいって言えって……」    今でもあの時に戻れたらな、と思う。その日、僕の告白はクラス中に広まった。 *** 「はぁ、はぁはぁ……」  とても嫌な目覚めだった。首回りだけではなく、身体中から汗が噴き出ている。Tシャツの裾で首筋に垂れる汗を拭った。  ゆっくり息を吸って吐いても、心臓はドクドクとうるさいぐらいに鳴っている。心臓だけ今にも飛び出しそうな勢いだった。 「くそっ……嫌な夢を見た」  忌々しい夢を忘れるために酒を飲もうと、ふらふらとした足取りでキッチンに向かう。手探りで冷蔵庫の扉を開ければ、まぶしいくらいに僕を照らした。僕は目を細めると、まぶたの裏に天ヶ瀬の顔が蘇る。  天ヶ瀬はとにかく距離感が近かった。だから、当時学生だった僕は恋愛と勘違いして告白し玉砕。その後の学生生活は地獄だった。その他に僕のような黒歴史を生み出すやつはおらず、兎にも角にも、塩を塗られる。卒業するまで僕の告白は塩を塗られた。 ――ねぇ、その告白(黒歴史)なかったことにしない?  脳内に響く女の声。僕は振り返った。だけど、そこには誰もいない。彼女もいない。 ーーそこまで、卑下しなくてもいいんじゃない?  また、頭の中へ直接話しかけてくる。  ああ、働きすぎて頭がおかしくなったんだな。さっさと寝よう。  僕は布団の中に潜り込む。  目が覚めると、実家にいた。見慣れた天井に忘れたい部屋。いつの間に実家に帰ったんだろう。地元で誰かに顔を合わすのが嫌で、卒業して速攻家を出たんだ。 「光司(こうじ)ー! いつまで寝てんのよ!! さっさと学校行かないと遅刻するわよー!!」  懐かしい母の声。アラーム何個つけても、起きれなくて、いつも起こしてもらっていたっけ……?  慌てて飛び起きて、今日の日付を確認する。数十年前、黒歴史を生み出した告白バレンタインデーの日だった。  机の上にはコンビニで買ったゴディバのチョコ。手作りなんて、母がいる台所でできるはずもない。  チョコは家に帰って食べるとして、僕はいつも通り学校で過ごすだけ。そう決めても、天ヶ瀬と二人きりになった途端、愛の言葉があふれてくる。 「好きだ、付き合ってくれ」  当時の天ヶ瀬に対する想いは、めちゃくちゃ強かった。 「あーくそっ! うまくいかない!!」  なかなか上手くいかない。チョコを持って行こうが、行かまいが、若さの情熱には関係ない。  そして、僕が勢いあまって告白してしまうと、決まって寝て起きるところから目が覚めた。どうやら、僕が告白できないルートに辿り着くまで神様は辛抱強く付き合ってくれるようだ。 「過去変すんのってガチで難しいな!」  もう、何回告白したのだろう。唇がカサカサに乾いてしまいそうになるほど、僕は同じ言葉をロボットのように繰り返した。  いつしか照れながら告白する流れが、気持ちがどんどん冷めていくことに気づいた。そうだ、そのまま感情を失ってしまえば、天ヶ瀬のことなんか思い出すことはないだろうし、過去を悲しむこともなくなる。もしかしたら、地元で就職しているのかもしれない。 「あ、ごめん。そんなに好きじゃなくなったかも」  告白を取り消すことに成功した。 「よっしゃあああ!!」    そう叫んだ途端、僕は一人暮らしをしている家にいた。冷たい床で寝転びながら、ビール缶を握りしめている。  ああ、やっぱりただの妄想だった。そう簡単に過去へタイムリープできるはずがない。  立ちあがろうとすれば、頭に鋭い痛みが走る。まるで、走馬灯のように告白しなかった場合の記憶が流れ込んできた。  現代に戻れば天ヶ瀬が僕を好きだったことを知る。そして、告白しようとしていたことも。どうやら僕が過去を変えてしまったことで未来の展開も変わってしまったらしい。 「でも、今さらだろ……なんで今頃そんなことを言うんだよ……」  僕は俯きながら涙を流す。もうどうでもいいし、嫌いな存在になったはずなのに好きという気持ちが涙となってあふれてくる。  あんなに頑張って告白を取り消したのに、後悔しないと思ってたのに……なんでまた後悔してんだよ。  周囲を振り返るが、誰もいないし、声も聞こえてこない。  もう過去には戻る手段がない。  なら、 「もう一回告白してやんよ」  僕は目を擦って涙を拭いた。今の自分は天ヶ瀬の連絡先を知っているだろうか?  そう不安になりながらも、スマホの連絡先を確認する。天ヶ瀬の名前は1番最初に表示されていた。前まで、連絡先も知らなかったのに過去を塗り替えたことで、どうやら僕は天ヶ瀬の連絡先を知ったようだった。  告白するシチュエーションなんか、どうでもいい。ただ会って、今の天ヶ瀬に自分の想いを伝えるだけだ。  友達に邪魔されない場所で、すぐ返事がもらえればそれでいい。
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