44.  やりたいこと

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44.  やりたいこと

「今度の、ドームツアーが終わったら、ちゃんとファンの人たちにも報告しようと思ってる」  想太を寝かせたあと、2人でリビングのこたつに入り、佳也子がお茶をいれたとき、圭が、そう話し始めた。 「メンバーには、前から話してる。事務所にも相談した」 「うん」  メンバーや事務所の反応は、想像できる気がするけれど、聞くのが怖い。佳也子の声は、すこし小さくなる。 「メンバーはね、『おめでとう』って言ってくれた。とくに、大ちゃんは、『圭がそんなに好きになった人たちに会ってみたい』って言ってくれた。メンバーも、20代後半から30こえてるのもいるから、他人事じゃないよなって顔して聞いてくれた。ただ、やっぱり、一応、アイドルなんだし。まだ早いんじゃないのかとも言われた」 「そうだよね。そう言って当然だと思う」 「うん。ただね。俺は、ちゃんと、正式に家族になりたい。一番心配してるのは、へんな形で……例えば、スキャンダルとして、取り上げられるようなことには、したくないって思ってる」  圭は言う。そして続ける。 「メンバーもわかってくれて、応援するって言ってくれた。事務所の方ともいろいろ話し合って、やっと、ツアーのあとで発表しようってことで、話が落ち着いた」  佳也子たちの知らないところで、圭は一生懸命動いてくれていたのだ。そのことを思うと、佳也子の胸は熱くなる。 「……でも、圭くん、今、仕事もいっぱいのってきてるところで、その足を引っ張るようなことはしたくないし……もしかして、がっかりして、ファンが離れて行っちゃったら……。圭くんの仕事への影響が心配で……」  佳也子の頭に、以前結婚を発表して騒動になった俳優のことが、浮かぶ。ファンが、圭の『味方』が、減ってしまうのはつらい。 「離れちゃう子もいると思う。きっとね。それでも、その子たちも、俺がいい仕事してたら、また、戻ってきてくれるかもしれない。それに、この先の俺の仕事次第で、ちゃんと評価してくれる人も、いるかもしれない」  そこで、圭は、お茶をそっと一口飲んだ。 「この仕事を続けている以上は、今であろうと、何年も先であろうと、結婚については、いろんな声が出ることに変わりはないよ。必ず、ファンの間でがっかりしたって言われる」 「うん……」 「もっとうんと年を取って人気がなくなってからなら、結婚しても大丈夫だろう、なんてこと考えるのもなんだかな、て思うし」 「うん」  佳也子に、圭が柔らかくほほ笑みかける。 「……俺ね、最近になってだけど、思うようになったことがある。もっと若かったときはね、一体いつまでやれるんだろうって、不安でいっぱいだった。グループでデビューはしても、個人の仕事が、ほとんどと言っていいほどなかったとき、俺、この先どうなるんだろう、どうしようって。けっこう焦りもしたし不安だった。でも、そのとき、とにかく勉強しようって思った。それで、なんとか大学も卒業して、そこで勉強したことが、思いがけず、今役に立ってたりする。 ……今はね、不安よりも、やりたいことの方が多いんだ。もちろん、ファンの人や俺に仕事を依頼してくれる人たちがいてこその仕事だから、俺一人で何とかできることばかりじゃない。それはもちろん、わかってる。だから、いろんなこと勉強して、仕事の幅も広げて、アイドルとしてだけの俺じゃなくて、 1人の人間、妹尾圭として見てもらえるように、がんばりたいって思う。  ただ、俺自身も、グループでの仕事は一番好きで大事だから、メンバーに迷惑をかけることだけはしたくないから、きちんと報告して、ちゃんとわかってもらって、俺自身の人気がたとえ減ることになっても、グループをスキャンダルには、巻き込まないようにしたいと思ってる」  圭が、居住まいを正して、佳也子の方に、まっすぐな眼差しを向ける。 「いろいろ、迷惑をかけると思う。でも、どうか、俺と一緒に生きてください。我慢してもらうことや、悩ませることも、いっぱいあるかもしれない。それでも、俺と一緒に、いてほしい。ファンやマスコミに報告したら、一般の方だからそっとしてと言っても、いろいろ詮索されたり、どこかで、写真が出てしまうとかってことも、あるかもしれない。あるいは、僕自身のことをがっかりしたとかって、たたいてる記事や中傷や、佳也ちゃんへの嫉妬から、ネットで批判的な書き込みする人とか、いろいろあるかもしれない……」  圭の顔は少し不安そうになる。  そんな圭の表情を見ながら、佳也子の顔が、引き締まる。 「圭くん。それでも、一緒にいたいです。たたく人もいれば、応援してくれる人もいるはず。覚悟と心づもりをしながら、それでもきっと、悪いことばかりじゃないと思う。それを信じたい。だから、何があっても、落ち込み過ぎないで、一緒にがんばろう」  佳也子は、笑顔になる。  圭の笑顔のそばでなら、落ち込んでも悩んでも、何度でも、自分を立て直して歩いていこう。そんな気持ちが湧いてくる。 「圭くん」  決意を込めて、佳也子は、まっすぐに、圭を見つめる。見つめ返す圭が、静かに、佳也子の肩を抱きしめ、そっと唇が触れ合う。  その次の瞬間、静かに顔を起こして、圭が佳也子の目をのぞきこむ。至近距離の圭の顔が、目の前にあって、佳也子は、思いっきり焦る。長い睫毛。なめらかな頬。  くちびるの両端をそっと上げて、とろけるように笑う圭。  こんなん、アップで見たら……むりむりむりむりむりむり…… 真っ赤になって首を振る佳也子に、圭がくすくす笑って、言う。 「佳也ちゃん、俺、このへんで止めとかないと、やばいわ。……今も十分やばいけど。続きは、また今度にしよう。今夜は、まだまだ話し合っとかないといけないこと、決めとかないといけないこと、いっぱいあるからな~。今夜は寝てる暇はないよ」  うんうんうん。佳也子は、必死で首を縦に振る。  そんな佳也子の様子を見て、圭が笑っている。 「もしかして、面白がってる?……」  佳也子が恨めしそうに言うと、圭はほほ笑んだ。 「まさか、俺も、そんな余裕ないよ」 「ほんまに?」 「ほんまほんま」  佳也子につられて関西弁で言いながら、圭が佳也子の手を取り、自分の左胸にあてる。 「ほら」  ドクドクドクドクドクドクドク……  めちゃくちゃに速いスピードで、圭の心臓が動いているのがわかる。 「ほんまや……」 「もう。前にいわなかった?俺の方がもっとずっと好きだって」  圭が、極上の笑顔で、佳也子にほほ笑む。 (この笑顔には勝てないな……)  佳也子はそっとため息をつく。
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