45. 居場所

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45. 居場所

 佳也子は、とても緊張している。 よくドラマで、こんなシーンを見て、そんなもんなんかなぁと思ったりはしていたが。  今日は、想太も一緒に、圭の母親の家に、挨拶に来たのだ。  今日の午前中には、圭の父親と会った。  そのときは、圭の住むマンションに、父親がやってきて、そこでの対面となった。なので、あまり緊張することもなかった。  お茶を出す手が、ちょっぴり震えただけだ。彼は穏やかな笑顔で、圭の報告を聞き、佳也子たち3人におめでとう、と言った。 そして、小さな想太を見ると、 「なんだか、とてもよく似ているね、圭に」  そう言って笑いかけて、想太を抱っこしてくれた。想太も、照れくさそうに抱きしめ返していた。  想太は、圭に似ていると言われるのが、とても嬉しいらしく、圭を見上げて、目を合わせては、ニコニコほほ笑み合っている。  圭の父親は、お茶を飲みながらしばらく話したあと、じゃあ、また、と言って、わりとあっさり帰って行った。 「あの人は、昔っから、ああいう人なんだ。だからといって、べつに冷たい人ではないんだけどね。あまり自分の気持ちを表現しない。淡々として、いつでも冷静で。でも、子どもの頃は、そんなところが、正直苦手だったよ」 「だった、ということは、今は違うんですね」  佳也子が言うと、圭は、うなずいて言った。 「うん。そういう人なんだってわかったから。必要以上に悪く思うことも、 良く思うこともない。だから、今は、逆に、安心して話せるようになった」  佳也子と想太は、圭の住む東京のマンションに、昨日着いた。  一晩泊って、翌日、圭の両親それぞれに会うことになっていた。昨晩、圭は、自分自身の家族について話してくれた。  圭が、まだ小学生の頃、圭の両親は離婚し、圭は母親と暮らすようになり、その母親は、圭が中学生になる頃に再婚した。父親も同じころに再婚した。  母の再婚相手と圭は、ぶつかりあうこともなかったけれど、かといって馴染むこともできず、家には、いつも微妙な空気が流れていたそうだ。  そんな中、母に再婚相手との赤ちゃんが生まれ、家の中で、ますます、圭は、居場所がないように感じていたという。 「それでね。オーディション受けて、事務所に入った。家から通えるけど、 家を出て、事務所の寮に入らせてもらって。その頃からだよ。担任だった英子先生とダンナさんの伸太郎先生に、いっぱいお世話になったんだ。  相談ごとは、なんでも、先生たちにした。母親も父親も、それぞれ、新しい自分たちの家族のことで、精一杯だったから」 「そうだったんだ……」  佳也子の頭に、中学生の頃の圭が浮かぶ。  昔の雑誌で、事務所の研修生時代の、圭の写真を見たことがあった。夏らしく、Tシャツとハーフパンツ姿で、弾けるように笑っている写真だ。  その笑顔の向こうにある圭の想いを、佳也子は今少しだけ知った。佳也子は、その頃の圭を、心の中でそっと抱きしめる。同情ではなく、愛情で。安心できる居場所を探していた、その子、圭を。 「今になってさ、思うんだよ。あの頃の俺は、やっぱ、すねてたんだな。どうせ、俺のことなんか、どうでもいいんだろうって。俺の居場所はここにはないって思いながら、自分で、どんどん彼らから離れていってたんだ」  佳也子は、うなずきながら、圭の瞳を見つめる。薄い茶色がかった彼の瞳に、小さな光が揺らめく。 「誰かがさ、言ってたんだ。テレビか何かで。『自分の居場所は、自分で作れ』って。はじめ、それ聞いたとき、思ったよ。 『何言ってんだ? そんなことできるわけないだろ。俺以外のみんなが、楽しそうにしてるとこへ、どうやって割り込んでいけるんだよ。俺が入っていったら、たちまち微妙な空気にかわってしまうのに、そんなことできるわけないだろ』って」 「うん」 「そんなことするくらいなら、俺から離れる。俺がいなければ、うまくいくんだったら、俺はそこにはいたくない。いる必要はない。そう思った」  圭の目が、佳也子を優しくのぞき込む。 「だから、俺は、いつか、俺自身の家族をつくろう。安心できる居場所を自分でつくろう。そう思ったんだ」 「『自分の居場所は自分で作る』?」 「うん。佳也ちゃんや想ちゃんに出会って、一緒に過ごして、ここだ!って思った。見つけた! この子たちと一緒にいたいって」  佳也子は、そっと圭にほほ笑む。圭の想いが沁みてくる。  圭の手が、佳也子の手をそっと包むように握る。指が長い、少しひんやりした圭の手。 「自分の居場所は自分で作れって、そういうことなのかなって、ずっと思ってた。でもね、あるとき、ふと考えたんだ。あの時の言葉は、ほんとに、それだけだったのかなって……。自分の居場所はここにはないって、最初から諦めて、自分から離れてっちゃだめだ、自分で自分を閉じちゃだめだ、そういう意味でもあったのかな、て」  圭の瞳の中で揺らめく光が大きくなる。 「デビューする前も、してからも、自分の居場所がない、と感じることはたくさんあった。  デビューしてから、どんどん注目を集める仲間を見てて、俺、なんでここにいるんだろう?   新曲でソロパートがなかったとき、歌番組に出て一度も映らなかったとき、俺、なんでここにいるんだろう?  ここに居場所なんかない。そう思ったときも何度もあった。  俺なんかいなくても、誰も困らないし、気にもしないんじゃないか、て。  どうせ俺なんか、て。  そんなときに、思い出した言葉が、『自分の居場所は自分で作れ』だった。 『おまえが必要だ』と思ってもらえる自分、『おまえがいい』と思ってもらえる自分を、自分で作ろう。自分で自分をあきらめちゃだめだ、自分だけは、自分を見放しちゃダメなんだって……」  佳也子は、そっと、でも強く強く圭を抱きしめる。  ぎゅうっとぎゅうっと抱きしめる。  腕の中には、今の圭だけではなく、小さな小学生の圭、中学生の圭、デビューする前と、デビューしてからの圭、全部の圭を包み込んで。 「大好きだよ、圭くん。これまで一生懸命生きてきた、全部の圭くんを抱きしめてる……」  言葉にしきれない想いを、彼を抱きしめる腕に込める。 「ありがとう……」  圭の頬を光の筋が、静かにすべりおちる。
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