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はじまりのフロランタン
『スティッチャーの店』は、町の大通りにある仕立て屋。お客さんの注文を聞いて特別な服をあつらえるだけでなく、裾と袖の丈を直したり、服の破れたところ、ほつれたところ、穴の開いたところをつくろったり、はたまた古い服からまったく新しい服を作り直したり、と「衣服のことならなんでもおまかせ」のお店だ。お店の中は、ハサミで布をサクサク切る音、足踏みミシンのカラカラ回る音にあふれている。ショーウィンドーには、とても使いこなせないくらい大きなハサミと大きな糸巻き、それに、この店のご主人のスティッチャーさん自信作のドレスが、トルソーに着せられて飾られている。店内にはお客はおらず、お針子たちがひたむきに針仕事をしている。
この店で、一人前のお針子たちに混じって、少し幼げな少女が働いていた。その少女、ルーシー・サフォードは、新緑色の瞳で真剣に手もとを見つめ、縫い目がまたほつれないよう、針と糸で苦戦していた。
「ルーシー、こっちへおいで」
そんな彼女を、スティッチャーさんの奥さんが呼び出した。ルーシーは、はい、と返事をし、栗色の長い二つのおさげをゆらして、スティッチャーの奥さんの作業台へ行った。
「何でしょう」
ルーシーが自分のもとへ来ると、スティッチャーの奥さんは彼女に服をまとめた包みを渡した。
「これをウィッグス通り56番地まで届けてきてちょうだい」
「わかりました」
ルーシーは、この店で働きはじめたばかり。人並みにお裁縫はできるけれど、仕立て屋の技術はまだまださっぱり。そのため、雑用やおつかいは、新入りのルーシーの役目だった。
「あ、ちょっとまって」
ルーシーがドアに向かって歩きかけたところで、スティッチャーの奥さんが引きとめた。
「あなた、そこへ行くの、初めてよね?」
ええ、とルーシーは首を縦に振る。
「気をつけて行ってきてね。ウィッグス通り56番地の人は、『ウィッグス通りの変人』って呼ばれているのよ」
「ウィッグス通りの変人?」
ルーシーは思わずきき返してしまった。
「ええ、そうなのよ」
先輩お針子のレティー・ハロルドが、二人の間に入ってきた。
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