はじまりのフロランタン

1/15
前へ
/15ページ
次へ

はじまりのフロランタン

 『スティッチャーの店』は、町の大通りにある仕立て屋。お客さんの注文を聞いて特別な服をあつらえるだけでなく、裾と袖の丈を直したり、服の破れたところ、ほつれたところ、穴の開いたところをつくろったり、はたまた古い服からまったく新しい服を作り直したり、と「衣服のことならなんでもおまかせ」のお店だ。お店の中は、ハサミで布をサクサク切る音、足踏みミシンのカラカラ回る音にあふれている。ショーウィンドーには、とても使いこなせないくらい大きなハサミと大きな糸巻き、それに、この店のご主人のスティッチャーさん自信作のドレスが、トルソーに着せられて飾られている。店内にはお客はおらず、お針子たちがひたむきに針仕事をしている。  この店で、一人前のお針子たちに混じって、少し幼げな少女が働いていた。その少女、ルーシー・サフォードは、新緑色の瞳で真剣に手もとを見つめ、縫い目がまたほつれないよう、針と糸で苦戦していた。 「ルーシー、こっちへおいで」  そんな彼女を、スティッチャーさんの奥さんが呼び出した。ルーシーは、はい、と返事をし、栗色の長い二つのおさげをゆらして、スティッチャーの奥さんの作業台へ行った。 「何でしょう」  ルーシーが自分のもとへ来ると、スティッチャーの奥さんは彼女に服をまとめた包みを渡した。 「これをウィッグス通り56番地まで届けてきてちょうだい」 「わかりました」  ルーシーは、この店で働きはじめたばかり。人並みにお裁縫はできるけれど、仕立て屋の技術はまだまださっぱり。そのため、雑用やおつかいは、新入りのルーシーの役目だった。 「あ、ちょっとまって」  ルーシーがドアに向かって歩きかけたところで、スティッチャーの奥さんが引きとめた。 「あなた、そこへ行くの、初めてよね?」  ええ、とルーシーは首を縦に振る。 「気をつけて行ってきてね。ウィッグス通り56番地の人は、『ウィッグス通りの変人』って呼ばれているのよ」 「ウィッグス通りの変人?」  ルーシーは思わずきき返してしまった。 「ええ、そうなのよ」  先輩お針子のレティー・ハロルドが、二人の間に入ってきた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加