はじまりのフロランタン

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「こっちはおまえに金を払っているんだぞ。働きもせずに、金ばかり取るな」 「そっちが僕のことを必要としているから、雇っているんじゃないか。お金が払われるのは、僕にそれだけの価値があるってことだ」  ウィッグス通りの変人はため息交じりに言った。 「クローブときたら、友人の家に来て、仕事、仕事、仕事。これだから、まじめな人間は困る」 それを聞いて、クローブは、どうすればいいんだ……、と頭を抱えた。この家の中で、彼のまわりだけが絶望のどん底に沈んでいた。ルーシーは二人のやりとりを見て、二人は親しい仲なだということがわかった。話からすると、クローブという男の人は、ウィッグス通りの変人の雇い主なのだが、彼がまったく仕事をしてくれなくて困っている、ということらしい。  ウィッグス通りの変人が口を開いた。 「そうだ。君に伝えたいことがあるんだ」  彼は立ちあがり、ルーシーの後ろへまわった。 「僕に助手ができたんだよ。彼女だ」  そう言いながら、ぽんと肩をたたいた。 「わたし、なるなんて言ってません」  ルーシーは思わず、いすから立ちあがってしまった。 「彼女はそう言ってるぞ」  クローブは、片まゆを上げた。ルーシーは言葉を続ける。 「そもそも、わたしは、あなたの名前も、どういう仕事をしているのかも知りませんし」 「ああ、それを言い忘れていたね。僕はこれと同じ名前だよ」  彼は、お皿にのった、表面をキャラメリゼされたクッキーを、ティースプーンでとんとんとたたいた。何を言っているんだろう? とルーシーは不思議そうな顔をする。 「気取った紹介の仕方だ」  クローブは彼を見て、ふんっと鼻を鳴らしてから説明した。 「彼の名前は、フロランタン。この世に数少ないお菓子の魔術師(スイーツ・ソルシエール)だ。この国の宮廷魔術師でもある。その才能と圧倒的な力から、〝カルディアの切り札〟と呼ばれている。彼はじきじきに王様に雇われているんだ。しかし実際には、とてつもなくやる気がなく、まったく仕事をしない」 その説明を聞くまで、ルーシーは彼をたいした人物だとは思ってもみなかったので、まさか、ウィッグス通りの変人がそんなにすごい人だとは思いもよらず、びっくりして固まってしまった。  クローブは付け加える。 「そのうえ、性格も扱いにくい。だから、雇われて二週間保った家政婦はいない」
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