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「そのお客さんは、一年に一度必ず、この店に服の修理を頼んでくれるの。最初は数着しか服を頼まないのに、家に届けに行くと、新しく服をどっさり出してきて、お金は払うからこれも直してくれって言うのよ。一年分の服よ、一年分! 大量よ! そのうえ、こっちは洗濯屋じゃないのに、この服のしみを抜いてくれとまで言ってくるのよ。もう、嫌になっちゃう!」
レティー・ハロルドは、息を荒げてルーシーにまくしたてた。ほかのお針子たちも、「そうよ、そうよ」や「私もそうだったわ」と口々に言っている。
「その人、たくさん指図するくせに、ずっとソファに寝そべっていて、顔を上げないのよね。だから、顔なんて見たことがないわ」
あるお針子がそう声をあげた。
「心の黒い変人なんだから、きっと、醜い顔をしているにちがいないわ」
レティー・ハロルドが、ふんと鼻を鳴らす。
お針子たちの話を聞いて、ルーシーは心配になってきた。みんなの話からすると、ウィッグス通り56番地のお客さんは、そうとうな変人で、突然大量の仕事を押しつけてくるうえに、畑のちがう仕事までさせようとする、という性格のねじけた人間なのだそうだ。みんなの勢いこんだ様子からも、関わった人は誰もが大変なめにあわされたよう。
ルーシーは、届けに行くのが気が進まなかった。けれど、そんなことを思ってはいけない。スティッチャーの店は、まだ十五歳で子どものルーシーを雇ってくれて、ちゃんと働いた分のお金もくれている。面倒をみてくれているスティッチャーさんの役に立ちたいし、お金をもらうからにはその分、しっかりと働きたい。
スティッチャーの奥さんは、一つ大きなため息をついた。
「まあ、そういうわけだから、とにかく、気をつけて行ってくるのよ」
「はい」
彼女は、腕にある服の包みをぎゅっと抱きしめた。
少女はまだ知らない。これから彼女に巻き起こる、わくわくするおかしな物語を。
スティッチャーの店を出て、大通りを行き、噴水広場を横切り、小道を抜け、いくつかの角を曲がり、ウィッグス通り56番地に着いた。ウィッグス通りの変人の家は、ほかの家と何の変わりのない、普通の家だった。変人なのだから、へんてこな家に住んでいるのかとルーシーは思っていた。しいていえば、ドアのペンキが少しはげているくらいだ。
ルーシーはドアをコンコンとたたいた。
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