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おそらく、この男がこの家の住人、ウィッグス通りの変人だろう。ルーシーは服を届けようと、赤い高級そうなソファに近づこうとしたが、動けなかった。なにせ、床は物でおおわれているし、一歩でも動こうものなら、第二の床に積もっているほこりが巻きあがってしまうからだ。
そこで、ルーシーは服を戸口に置いておくことにした。
「あの、ご依頼の服、ドアの前に置いておきますね」
こんなところに長居するなんて、とんでもない。具合が悪くなっちゃうわ。そう思って、ルーシーが早々と立ち去ろうとすると、くぐもった声が聞こえてきた。
「ああ、ありがとう。そうそう、少し頼みたいことがあるんだけど」
そう言って、男の人は、ソファのそばに置いてある服の山を指差した。ルーシーはぎくりとする。
「ここにある服も、直してほしいんだ。ほつれているところがいくつかあるからね。お金はちゃんと払う」
先輩お針子たちの言っていたことが起こった。ウィッグス通りの変人は、最後になって、新たな仕事を、しかも大量に頼んできた。ご丁寧にも、一つにまとめると雪崩が起きてしまうので、山は三つに分けてある。その量に、ルーシーはひるむ。でも、量よりも、あの山々にたどり着くまでがひと苦労だ。正直いって、やりたくない。
けれども、男はちゃんとお金は払うと言ってくれている。もうけになるのは、お店にいいことだ。断ることはできない。
「わ、わかりました」
ルーシーは、しかたなく引き受けることにした。
最初の問題は、どうやって山までたどり着くかだ。なにせ、床は物でおおわれているうえに、その物たちの上にはほこりが積もっている。方法は一つしかない。無理やり道を切り開くことだ。ルーシーはほこりを吸いこまないよう、口をハンカチでおおい、おそるおそる前へと進んだ。手で物をどかすと手にほこりが付いてしまうので、足で物を両端に分けた。お行儀が悪いけれども、こればかりは大目に見てもらいたい。
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