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ルーシーは、いくらか恨みを混ぜながらも、あらん限りの力を込めて、壁をこすった。そのおかげで、手が真っ赤になりひりひりするころには、なんとか、ネトネトとネバネバをそぎ落とすことができた。
そうじが終わったあとのこの家は、ルーシーが来たときとまるで別の家だった。床は木の板がピカピカと輝き、食器の積まれていたテーブルはまっさらになり、どこに指を置いてもほこり一つ付かない。それを見て、ルーシーは満足した気持ちでいっぱいになった。ここまできれいになれば、そうじのしがいがあったというもの。自分の心まできれいになった気がした。
ちょうどそのとき、高級そうなソファに寝そべっていたウィッグス通りの変人が、むくりと体を起こした。彼は、今までうつぶせになっていたため、どのような人なのかわからなかった。ルーシーは、初めて彼の姿を見て、目を大きく開いた。少し長めのさらさらした、はちみつ色の髪に、サファイアの瞳、きりっとした眉、鼻はツンと高く、唇はうすい。とても整った、ハンサムな顔立ちだ。年はおそらく、ルーシーより年上で、成人を超えた大人の男の人。体はスラッと細身だけれど、男の人らしくがっしりとしている。
「あれ……?」
寝起きのためか、少しかすれたテノールをもらす。彼はぼんやりした目であたりを見まわす。
「きれいになってる。寝ているあいだに、魔法をかけたのか?」
などと寝ぼけたことを言っている。
男が起きたので、ルーシーはさっそく彼の前へ歩いていった。
「お客さん、お代をください。」
男は、ルーシーを見て、すぐにまどろみの世界から戻ってきた。
「ああ、お代ね、お代」
彼はそう言いながら、毛布代わりにかけていたローブの中を探った。そして、財布ではなく、じかに紙幣を数枚取り出した。枚数を数えることなく、ルーシーに渡す。彼女はそれをいぶかしく思いながらも、受け取った。
「ちゃんといただきました」
彼女がそう言ったとき、男はローブを見て、おや? とまゆをひそめた。
「ボタンが取れかかっている。悪いけど、縫いつけてもらえないかな?」
ウィッグス通りの変人はまた仕事を出してきた。けれど、ボタン一つ付けることくらい、たいしたことはないので、ルーシーはローブを受け取ってつくろいはじめた。そのあいだ、彼は、ルーシーが築いた服の塔から一着ずつ服を広げて眺める。
「全部、きちんとつくろってある」
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