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「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 楽しい楽しい紙芝居の時間だよ!」
夕暮れ時の公園、陽は沈みかけて、辺りは闇を纏おうとしている。ところがその陽気な声は、公園のど真ん中で踊る一人の男の口から発せられていた。
「あっちの子もそっちの子も、おいでおいで。なぁに、お金なんか要らん要らん」
荷台に紙芝居を積んだ自転車を前に、帽子を目深に被った男は、流暢に言葉を紡ぐ。男の周りには誰もいないのに、まるで大勢の子供を相手しているようだ。
それが気になってしまった僕は、少し離れたベンチに腰かけて、彼の様子を眺めていた。
「じゃあ、始めようか! さーて、今日のお話は……」
男が紙芝居を捲ると、見覚えのある果物が大きく描かれていた。
「『桃太郎』だ! え? そんなの知ってるって? もう聞き飽きた? ……おーい! 帰っちゃ困るよ! まあ聞いて損はないって、君たちの知らない、桃太郎の話さ」
見えない子供を追うような仕草をしながら叫ぶ男。もしかしたら、紙芝居の練習をしているだけなのかもしれない。僕はベンチから上げようとした腰を元に戻した。
何より、彼の言った「桃太郎の話」が、気になったのだ。
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