本当にソレが俺の番ですか? 返品していいですか?

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 俺は、掌に星を持って産まれた。簡単に言うとほくろがあるだけだ。けれど、ちょうどその頃に神殿の巫女が神託を受け取った。 『運命の女神、ライトレイア様が次の王の番の掌に星を贈られた』と。  そう、それで決まった次代の王の番、それが俺、狼族の跡継ぎになるはずだったエリアイースだ。狼族に限らず、獣人は初発情を迎えて成人となると決まっている。獣人と言っても俺のように耳と尻尾だけ獣形でいるものと、もっと獣形が多い者がいる。どちらがいいとも言われていないが、王や家門の族長に近いものほど獣形が少なかった。  俺は生まれた時にそんな神託を受けたので自身がオメガだということはわかっていた。獣人は生まれた時に判別する一次性徴、雄、雌と、発情時に判明する二次性徴がある。オメガは雄でも雌でも子供を産むことができるのだ。オメガの番の相手はアルファという種でオメガと違って幼い頃から何となくアルファだということがわかるようだ。オメガの俺にはよくわからないが。必然、俺の番の相手はアルファで、次代の王ということだから王の息子になるのだろう。 「エリアイース様。こちらがあなたの番となられる王子、リカルド様ですよ」  肉食獣の獣人達を纏めるライオンの獣人であるリカルドの髪は金に輝き、緑の瞳は俺を見下しているのを隠しもしなかった。アルファの中には雄のオメガを馬鹿にする者もいるのだ。雄のくせに股を開くとかいう蔑みの言葉を聞いたことが何度かある。  まさか自分の番になる男がその類いのゲスだとは思ってもみなかったが。  三つほど歳上のリカルドはもう成人していて、雌の匂いがプンプンしていた。こんな男でも王となると決まっているからかライオンの雌が寄ってくるのだろう。手の甲も覗く胸元も金の毛が見えてそこから匂いがしている。吐きそうだと思いながら挨拶をした。 「初めまして、エリアイースです」 「ふん、黒い髪は地味で青い目はまだマシだが、身体は細いし抱いてもつまらなそうだ」  俺も俺の付き添いもそしてリカルドの付き添いも皆が目を剥いた。話は聞いていたけれど、リカルドは次代の王となるにはあまりにアレだった。女癖が悪く、朝も遅いので仕事をさぼることも多い。けれど、番を娶ればきっと変わるだろうと言われていた。  まぁ、俺が番なら尻でも蹴り上げて仕事をさせるけどな。怠惰な王など必要ない。 「まだ、駄目です! 妃となられるのですから成人してからですよ」  そこかよ、と心の中でツッコんだのは俺だけじゃないはずだ。 「リカルド、いい加減にしなさい」  諫めるような言葉をかけながら後ろから現れたのは同じライオンの獣人だった。長い髪がキラキラ光りを放っているように見える。狼族は夜に紛れる色の短髪が多く、金の髪はいないので珍しくて呆けるように見てしまった。同じ緑色の瞳でもこちらは新緑のように淡く、穏やかな光を放っている。この獣人は俺と同じように耳と尻尾だけが獣形に見えた。 「叔父上、ですがいつくるかわからない発情を待たねばならない私の身にもなってください」 「嫌なら辞退すればよかろう」  目を眇めて男はリカルドを一蹴した。 「ですが!」  リカルドが反論する前に、その男は俺の前に跪いた。 「サイフォンと申します。星を拝見してもよろしいか?」 「ああ、別にただのほくろだ。そこの王子様が嫌だというなら偽物だと言えばいい。俺だって……っ!」  掌のほくろを指でなぞったサイフォンが驚いたように俺を見た。俺ももちろん驚いた。衝撃に思わず手を引っ込めてしまった。冬の乾燥しているときおきるバチッとくるあれに似ている。 「……エリア、イース……」  眩しげに俺を見上げる男の口元から目が離せない。名を呼ばれただけなのに、身体が震えた。 「まさか……どうして――」  身体が火照って、立っていられない。目眩を起こした俺を抱きしめて、サイフォンが耳元に囁いた。 「リカルドには渡しません。許してください。あなたをあれの妃にしたくないのです」 「ん……あ……サイフォン?」  抱き上げられた俺は、ゆるく首を振った。何を言われたのかよくわからなかったからだ。 「今すぐ私のものにしてしまいたい――」 「何を言っている! その男は私のものですよ!」  リカルドの言葉にサイフォンがうなり声を上げた。この声は番を護るための声だ。俺の身体の奥から準備が整ったと合図があった。トロリとしたものが中からあふれ出そうになる。 「サイフォンがいい……」  無意識だった。俺が言ったのか? と慌てて口を押さえた。 「この淫売が!」  リカルドの叫びは、サイフォンの怒りに火をつけた。 「エリアイース、あなたの護り手はいますか?」 「こちらに控えております」  三人が膝をついた。狼族の戦士二人と、神殿の魔術師だ。 「では、少しお待ちください。私が真実あなたのものであるのなら、女神様のご加護があるでしょう」  サイフォンは、そう言って俺を狼族の護衛に託して剣を抜いた。  俺を自分のものだと言うのではなく、自分が俺のものであると言った心遣いに嬉しさがこみ上げる。俺の身体はリカルドでなくサイフォンのために発情をはじめた。ライオン族とは違って俺たち狼族はただ一人を番とするのだ。そして、その番が亡くなれば……。 「お前が死んだら、きっと俺も死ぬよ」  初めて会ってどんな人なのかもわからないのにそう思った。俺を抱きしめた腕の強さも、誠実そうな眼差しも、あの王子にはないものだ。 「なら、死ぬわけにはいきませんね。リカルド、反撃のチャンスをやるから剣を抜け」  王子であるリカルドを名指しで呼びつけ、サイフォンは剣を振った。風が舞って、リカルドを襲う。その攻撃の隙にサイフォンは身をかがめ、リカルドに飛びかかる溜めを作った。 「やめてくれ! 叔父上!」  怯えたリカルドの声にサイフォンが強いのだとわかる。 「サイフォン、剣をひけ!」  チッと舌打ちが聞こえた。 「……兄上、来るのが早いですよ」  サイフォンの舌打ちだった。そんなこともするのか。品が良く見えるのに。なんだか親近感を覚えてしまったのは惚れた欲目というやつかもしれないが。 「リカルド、下がれ」  現れたライオン族の男が王だとわかった。たてがみのように重力に反して立っている金の髪、威厳をそなえたまさに威風堂々とした王者の姿がそこにあった。 「父上! 叔父上が謀反を!」 「黙れ、最初から見ておったわ。女神様が何故王でなく番を指名したのか謎だったこともある。お前の生活態度をみていて不安に思っていたのだ」  そう、最初から王の番でなく王に印を与えればよかったのだ。それをしなかった女神様の意図を王は見定めていたのだろう。 「ですが、父上だってハーレムをもっているではありませんか。王となる私がそれをまねて何が問題なのです」  俺に言った言葉が原因だとは思わなかったようだ。ハーレム、というのはライオン族の種族としての形だ。俺は狼族なのでそれを許せるかどうかはあの男ではなく俺次第だと思うのだが。  獣人と一括りにしても種族間で色々違いがあるが、それは当事者同士で決めることだ。既にハーレムがある、ということは俺を蔑ろにしているということだ。 「ハーレムには秩序がいるのだ。王の妃が許してこそ王はハーレムの主となれるのだと言っておるだろう」  頭を押さえたところをみると、教育はしていたのだとわかる。ただ、理解できなかったのだ。 「そいつがいいと言えばいいのでしょう?」  自分の言葉が絶対だと思っているリカルドには一生理解できないだろう。  そいつと、俺を指さした途端、サイフォンが覇気を纏った。剣を握る指に力が入ったことがわかる。 「遅かれ早かれ、こうなることは宿命だったのだろうな。女神様も酷なことをなさる。リカルド、そなたはエリアイースの番に選ばれなかったのだ。王になることはできない。それが女神様の意思だ」  王子の番に俺が選ばれたのでなく、俺が選ぶものが王なのだと王は言った。そこにいた神官も誰も彼もがその言葉に頷き恭順を示すように俺に向かって頭を下げた。  何代かライオン族の長男が王を継いでいたからリカルドは女神様の意志が絶対であることを知らなかったのだろう。いや、知っていて気付けなかったのだろうな。自分に都合の悪いことは見ない、そういう男なんだろう。 「い、今からそいつを抱いて番になればいいだけではありませんか!」  まだ自分のおかれた立場を理解していないリカルドに、サイフォンは剣を振るった。 「ぐあぁぁあ! 叔父上!」  「お前は何度もチャンスを与えられていた」  サイフォンは自ら手を下したリカルドに告げた。漢を切られて蹲るリカルドは何度もわからないと頭を振る。 「活かせなかったのは愚かな自分のせいだ。息子とはいえ、王としてそなたはここに置いておけぬ。エリアイースの目の届かぬ、遠くの地に――」 「リカルドを連れていけ!」  サイフォンが命じ、リカルドを護っていたはずの護衛が抱えていった。二度と会うことはないだろう。エリアイースは望まないし、サイフォンも、そして王も同じだ。 「エリアイース殿、すまなかった。自分の息子可愛さに今までそなたの番はリカルドがなるのだろうと疑いもしなかった。いや、気付いていたのに見ない振りをしていた……」 「ですが、王はサイフォンをこの場に呼んでくださった」  俺の番となる男は王の弟なのだろう。歳が離れているが、ハーレムをもつライオン族にはよくあることらしい。 「よくできた弟だ。リカルドでないならサイフォンになるだろうと予感があったのだ。まさかここまで決定的なほどおろかだとは思っていなかったが……」  ライオン族は肉食獣人を統べているだけあって判断力に優れていると言われる。その王が親子の情で判断を誤ることもあるのだ。 「女神様の御心のままに」  俺はそうとだけ告げた。王を非難するつもりはなかった。 「エリアイース、私の運命の番よ。あなたの手をとることをお許しください」  サイフォンは先ほどまでの苛烈な気配を既に手放していた。穏やかな笑みを浮かべて俺に手を差し出した。俺は狼族の護衛の手からサイフォンの胸に抱き寄せられた。 「……なんだか、恥ずかしいな」  宝物のように抱き上げられると、まるでか弱い令嬢にでもなったような気になる。 「エリアイース、そのように恥ずかしがられては……」  サイフォンの腕に力が入った。耳が赤く染まって、同じように照れているように見えた。 「サイフォン、身体が熱い……、ハッ……息が苦しい」  彼を可愛いと思った瞬間、俺の身体が変化した。サイフォンは耳を立て、慌てて王に暇乞いをした。退出の許可を得て、自身の離宮に俺を連れて帰った。  あんなことがあった後だからと王の護衛と狼族の護衛を引き連れて、離宮の周りは鉄壁の護りだ。  寝室の枕元には沢山の本が積み重なっていて、サイフォンの生活感が残っていた。サイフォンは俺を寝台に下ろすと、慌てて本を机に移動させた。  部屋は落ち着いた茶色と緑で統一されていて、いたるところに本が置かれている。勉強家なのだろう、俺が読んだこともないものもありそうだ。  そうやって意識を逸らしていないと寝台から香るサイフォンの匂いにつられて、シーツを引き剥がして身体に巻き付けたくなる衝動を抑えられそうになかった。 「部屋が汚くて申し訳ありません」 「いや、面白そうな本があるなって思って見てた……」 「本ではなく、私を見てもらいたいのですが?」  サイフォンの茶化した顔も悪くない。うんと頷くと、サイフォンは俺の肩を突いた。抗うことなく、俺は寝台に転がる。 「エリアイース、私の番になってくれますか?」  金の髪がキラキラと煌めいて、俺の頬にかかる。くすぐったくて、笑ってしまった。 「今更だ、サイフォン。俺はお前に手をなぞられて発情したんだ」 「身体は。ですが、気持ちはどうですか?」 「何だ、俺に言わせたいのか?」  サイフォンが俺の手をとり、掌のほくろにキスして微笑んだ。 「そうです。私は女神様でなく、あなたに選んでほしい」  穏やかな顔に見えるのに、瞳の奥に僅かに見えるのは捕食者のものだ。俺もそうだけど。欲しいものは獲りに行く。 「サイフォン、来て。俺の番……」  手を伸ばし、サイフォンの首にまわした。口付けは俺からした。サイフォンは少しだけ驚いて、その後で「いいですね」と言って俺を寝台に縫い止めた。与えられる熱も痛みも、お互いの蜜の甘さも初めて知った。穏やかな顔をしながら、サイフォンは意地悪だった。嫌だも待って欲しいと言う言葉もキスで飲み込まれた。  サイフォンは求められることを望み、俺はそれを与えた。 「ん……あっ!」  首筋に牙が食い込み、まるで甘く蕩けるように殺されるような気がした。何度も気を失い、目覚めるたびに生まれ変わっていくような気分になる。 「エリアイース……、そなたはまるでいくつも顔をもっているように見える。でもどの顔も愛おしくてたまらない」 「サイ……、もっとっ!」  求めると嬉しそうな顔をするから、最後は俺が乗ってやった。けれどどうしても動くことができなくて、悔しくてサイフォンの首に噛みついた。 「んっ……。ふふ、お揃いですね」  俺の傷はすぐに塞がるけれど、サイフォンの傷はそんな簡単に治らない。それなのに嬉しそうに笑うのだ。じんわりと胸に広がる気持ちに名をつけるなら。 「嬉しいのか?」 「ええ、嬉しいです」  それを恋や愛と言うのだろう。  俺のふさふさの尻尾にしなやかなサイフォンの尻尾が絡まる。番の夜はまだ始まったばかりだ。    五年後、王が退位しサイフォンが王冠を頭上に戴いた。隣には小さな王子を抱くエリアイースが微笑んでいた。  王は番の習性にあわせて、ただ一人エリアイースだけを愛して生きたという。                            〈Fin〉
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