1 晩夏の出会い

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「い……いらっしゃい……ませ?」  とりあえず客として声をかけた晏珠を、青年がまっすぐに見つめ返してくる。切れ長の目に、後ろでまとめられた髪。腰に下げられた剣を見て、晏珠は思わず体を固くした。  ――この人、もしかして、兵士?  扉を開けた青年は、晏珠をひたと見据えて言った。 「……今、歌っていたのは君か?」 「え? あ、はい。そうですが」  そうか、とだけ言って、青年は晏珠に歩み寄る。  居心地が悪くなった晏珠は反射的に後ずさるが、青年の足取りに迷いはなかった。距離を詰められて見上げる体勢になった晏珠に、青年はさらに問いかけてくる。 「名は?」 「……杜、晏珠、と申しますが……」  口ごもりながら名乗った晏珠を見下ろし、青年は「晏珠、か」と呟くと、思いがけないことを言い放った。 「君か。次の御鳥児は」 「……はぁ?!」  晏珠は目を剥く。いきなり何を言い出すのか、この男は!  徴は隠している。誰にも見られていない、はずなのに。   「あ、あ、あの! 何ですか急に!」 「急にも何も、そうだろう」 「違いますよ! 見れば分かるでしょう?!」  晏珠としては「この見た目で15才に見えるか」と言ったつもりだったのだが、青年は首を傾げた。 「見て分かるから言っているんだが」 「な、え?」 「その徴。御鳥児の証だろう」  青年が晏珠の首元を指差す。  つられて視線を落とした晏珠は、驚きの声を上げた。 「ええええっ?! ちょ、ちょっと何これ、どういうこと?!」  首元を覆った薄布が、淡く光っている。  慌てて布を取り、店内の鏡をのぞき込むと、紅い痣のようだった羽の徴が光り輝いていた。何故。徴が出てから今まで、こんなことは一度もなかったのに。  店内の客がざわつき始める。黙ってやり取りを見守っていた父も、強張った声をかけてきた。 「晏珠。それはどういうことだ」 「ち、違うの父さん、これは何かの間違いで」 「間違いじゃない。羽の徴は御鳥児の証だ。知っているだろう」 「ちょっと、あなたは黙ってて!」  口を挟んでくる青年に向き直り、晏珠は敬語も忘れて言い募る。 「あのね。言いたかないけど、私はもう25才なのよ!」 「……それが何だ?」 「何だじゃないわよ。御鳥児は15才前後の女の子が選ばれるものでしょう。私みたいなのが選ばれるわけないのよ、普通に考えて」 「では、天主様が間違えたと言いたいのか?」  晏珠は言葉に詰まる。確かに、自分が言っているのはそういうことだ。  青年はさらに言葉を続ける。 「御鳥児が15才前後で選ばれるのが通説なのは、俺も知っている。だが、25才ではいけないのか? そういう決まりがあるのか」 「し、知らない、けど」 「俺も知らん。だからこそ、一度見てもらって確認すべきだろう」 「……確認って、誰に」 「もちろん王宮の神官にだ」  王宮の、神官。  晏珠は顔を引きつらせて首を振る。 「い、行かない! 行きません!」 「そうはいかない。徴をこうして確認した以上、俺には君を連れていく義務がある」 「は?! 義務って……そもそも、あなた、誰なの?」  名前も聞かずに話をしていたことに今更気づき、警戒心をあらわにする晏珠に、青年はあっさりと答えた。 「ああ、名乗るのが遅れたな。俺は静牙(せいが)だ。(そう)静牙(せいが)という」 「奏……って、え? もしかして、五名家の……?」 「まあ、そうだな。末席ではあるが」  淡々と話す青年――静牙に、晏珠は血の気が引くのを感じた。  この国には王家の他、五名家と呼ばれる貴族の家系がある。そのうちの一つが、奏家だ。その姓は他の家が名乗ることを許されておらず、名前にも同じ字を使ってはならないとされている。本来なら、一生言葉を交わすことさえなかっただろう相手だ。  二の句が継げない晏珠に、静牙はさらに言葉を重ねた。 「俺は王太子殿下から、次の御鳥児を探してくるようにと仰せつかっていた」 「お、王太子?!」 「そうだ。だから、君のその徴を見ておいて、見逃すことはできない」  晏珠は改めて首元に視線を落とした。鏡を見なくても、そこが輝いているのは分かる。 「……どうして、急に光り出したのよ」  こんな風に光らなければ、見抜かれることはなかっただろうに。 「それは……多分、俺が……」 「あなたが?」  淡々と答えていた静牙が珍しく言い淀む。そうだ。彼に会うまでは、徴は一度も光ったことなどなかった。ということは、この徴が光った原因は、静牙にあるということになる。  晏珠が黙っていると、静牙は訥々と言った。 「俺も、にわかには信じがたいんだが」 「信じがたい……?」 「ああ。……どうやら、俺は君の『鳥番(とりばん)』らしい」
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