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もういるとしたらあそこしかない。極度の人見知りで一人でいるのが大好きなあの人のことだ。人気が少なくて息抜きのできる場所にいるに違いない。あそこにいなければもうこの教会内にはいないだろう。大きく息を吸ってゆっくりと吐く。決心して角から顔を出すと一人の男性がいた。間違いない。あの人だ。少し猫背の背中。ぼさぼさの髪。瞳はどこか濁っていて窓の外を暗く見つめていた。コツコツと音をたてながらその影に近づいて行く。見間違えるはずがない。あの人。
「先生」
ゆっくりとこちらを振り返る。その懐かしい顔を見て私は自然とふっと笑みを浮かべる。
「ヒカル…」
枯れた声で名を呼ばれる。あの頃とは全然違うけれど何故か懐かしい感じがする。
「本当に来てくれたんですね。」
「招待状が届いたからな。」
ぶっきらぼうな返事に緊張が徐々に解けていく。先生は疲れているような表情でただ窓の外を見ている。
「元気してました?」
先生は見ればわかるだろとでも言うように悲しく笑っただけだった。
「あれから四年ですね。なんだかあっという間に感じる」
先生の瞳にはまだ光は見えない。寡黙な先生は何を言わないままだった。そのまま一分ほど経った時、ふと先生が口を開いた。
「ここにいていいのか。旦那さんが寂しがるんじゃないか」
ただ冗談で言っているのか私と早く離れたいから言っているのか先生はそんなことを言った。
「別にいいんですよ。ユウセイはそんなに深く考えるような人じゃないって先生もご存知のはずでしょ?」
「そうだな。あいつはそう深くは考えないか。でもまあこうして昔の生徒と話していると教師時代が懐かしく思えてくるもんだな」
「え?先生教師辞めたんですか?」
驚いた。先生は私の高校三年間ずっと担任だった人で、私は先生にとって一番親しかった生徒である自信がある。まだ二十代後半だし、まだ続けていると思っていた。それが当たり前のことであると、勝手に判断していたのだ。
「そういえばあの日のこと、すみませんでした。先生のこと困らせちゃって」
「ああ、あれか。生徒に対してそれ以上の感情を持っては教師なんて続けるもんでもないだろう」
私は急に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。自分のせいで先生は仕事を辞めた。その事が衝撃的で私は何も言えず、下を向いてしまった。
「まああれも教師時代の思い出だと思えば悪くもないだろう」
フォローをしたつもりなのかすら分からない。そうだ、先生はあの頃からそうだった。何を考えているのか分からない、言葉の本質が分かりにくい人だった。
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