蜃気楼

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「あー何か腹立ってきた」 失恋直後に流れる時間は、酩酊する方が自己愛増す。 ついでに押し付けがましい朝に残る不快さも摩り替え、記憶も根こそぎ捨ててしまえば良いのだと。 「あんなさぁ……優しくされたら詐欺じゃん最早。勘違いだってするじゃん普通。私が自意識過剰なんじゃなくて、あなたが夢か幻を見せたんでしょうよぉ!」 ここぞとばかりに独りそう繰り返して。気持ちとリンクする家路にぐらつきながら。 「おっ、とと……あはは」 見て見て。ここは上がって下がって途方もない、高低差の激しいペンローズの横断地下階段なの。 ああ、なるほど。だから頭が痛いのか。 そうだ少し水を飲んだ方が良いのかも。 だってほら、ここは焦がすようにジリジリと身を焼き、暗くなれば気ままに視界や体温を取り上げ、足跡すら消し去る砂漠なんだもん。 「……おえ。もう寂しいし気まずいから会いたくないし死のうかな」 「でも待って、やっぱ最後に一目くらい見たいわ」 「そうそう、どうせ死ぬならね」 横の窓ガラスには何人もの自分が喋っている。そんなうるさい口を自販機の水で塞いで見れば。 摩天楼の間を、颯爽と走り去るテールランプが目を引き摺る先にバカップル。「最悪」と逃げるみたいに足を早めた交差点で、まともな他人が不幸な私とは真逆の方をゆくみたい。 でも立ち止まることすら許されずに渡りきって。 「戻ろ。遠回りで良いから向こうから帰る」 気持ち的に更に不幸はやだ、と。 随分、唇を噛んで溜めた涙。 だけど振り向き、無条件で嬉しくなってしまった。 ぼやけた行き交う人々の、揺らめく背中にあなたを見つけた気になったから。 「うん……チョロいわ私」 どうせ朝、記憶が飛んでるなら。 アルコールでシナプスが騙されたひと時の、幸福な夜をせめて送る。 終
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