第4話

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第4話

Confusion ー 4 (そもそも、萎える萎えないとか…それ以前の問題だと思うんだけど…) ただの性欲処理だとしても、嫌なら此処には居ないだろう。偏見はないけれど、同性を抱くという思考にも至らないと思う。 (普段はあんな感じだけど、意外とネガティブ思考なのか?) 確かに俺と二人の時…たまに、弱気とも取れる発言をしたり、煮え切らない発言をする事がある。そう取れる態度の時もある。 (元々、何を考えてるのかよく解らない人ではあったけど…) 「……気持ちいいですか?」 「あ、ぅん"っ…もっ、と…」 「あぁ、奥が良いんでしたっけ…」と言って、奥へと深く挿入れた。 「はぁ…っ…あ"ぁっ…ん"っ…」 「奥…当たってますか?」 「ぅん"っ…い"ぃ…っ…」 声は出してくれる様になったけど、まだ顔を背けたり、手や腕で口元や顔自体も隠そうとする。彼はいつも、ちゃんと俺の目を見て話をする。 振り返ってみると…セックスの時だけ、間が合った事がない事に気付いた。合っている様で、微妙に合っていない様に思う。 「あ"っ、あぁっ…も…だめ…」 「イって良いですよ」 「あっ…ゃあ、っ…いくっ……」 彼がイくと中が締まって、つられてイきそうになるのを、なんとか堪えた。俺までイくと、これで終わりになってしまう気がしたから…。 出来るならもう少し…このまま繋がっていたい。少しでも長く、彼と一緒に居たい…。 (これはもう、恋愛感情としてのそれだろう…) 「まだ終わりじゃないですよ」 「ぇ…でも、まだ…っ、あっ…ん"っ…」 イったばかりの彼の身体は敏感で、どこに触れても反応し、ペニスの先からは精液が滴り出す。 「そんなに締め付けないで貰えませんか…」 「知りまっ、ん"っ…せんっ…ぁんっ…」 (も〜俺の我慢が……) そんな訳の解らない葛藤をしつつも、何だかんだで気付けば、日付けはとっくに変わるまでヤっていた。 俺はサイドテーブルの上のタバコに手を伸ばして、彼に「吸いますか?」と聞いた。 「じゃあ…遠慮なく頂きます」と彼は言いながら、差し出した箱から、一本取り出して口に咥えた。俺も、一本取り出して咥える。そして、彼のタバコに火を点けてから、自分のタバコにも火を点けた。 「あ~終電なくなったな〜」 「今日は車じゃないんですか?」 「酒呑む前提だったので、電車にしたんですよ」 俺がそう言うと、彼は「私も今日は車じゃないんですよね…」と、申し訳なさそうに言った。 「まぁ、タクシーでもいいんですけどね。家までそんなに遠くないですから」 「あ、あの…泊まっていくのは…いや、その…嫌でなければ…ですけどね」 歯切れ悪く彼は言ったかと思うと、続け様に「わ、私は帰りますから…」と言い出した。 「えっ?!どうせなら、一緒に泊まりませんか?それに、身体も怠いでしょう?」 「それは…まぁ…。でも嫌じゃないんですか?」 「なにが?別に嫌じゃないですよ。でも、いびきが煩いとか、寝相が悪いのは気になるかな…」 「寝相は少し悪いかも知れませんけど、いびきが煩いと言われた事はないです」 「ふ〜ん…誰に?」 「へっ?あっ、違いますよ、親です。親から、いびきが煩いと言われた事はありません」 誰に言われたのかと少し気になって、つっけんどんに聞いてみると、彼は必死になって言い訳をした。そんな彼を見て(これは素だよな…)と思った。 「なら平気ですよ。少しくらいの寝相の悪さは、気にしませんから」と俺が言うと、安心した様な顔で「では、宜しくお願いします」と言った。 「あはは…宜しくって…。何を宜しくすればいいんですか」と笑ってしまった。 「そうですよね…。一緒に泊まるのに、宜しくお願いします…というのも変ですよね」 そう言って、彼も一緒になって笑い出した。その顔を見て(こんなに笑ってる顔は初めて見たかも知れない…)と思った。 二人の時に、仕事とは別の笑顔を見る事が増えたとは言っても、こんなに笑ってる顔は初めてだ。 ただでさえ童顔に見える彼が、大笑いするとより一層幼く見える。 「シャワー先に使って下さい。身体ベタベタで気持ち悪いでしょう?それとも、もう少し休んでからにしますか?」 「いえ、時間も時間なので…先に使わせて頂きます」 「どうぞごゆっくり」 そう言って、バスルームに向かう彼を見送ると、ベッドの上に寝転がった。 (ん〜やっぱり好き…なんだよな……。キス出来ないのが不服だとか、身体を離すのが嫌だとか、とにかく可愛く見えるとか…。それはもう…それしかないよな…。となると……あ〜どうするかな〜) 自ら恋愛感情の欠如と言った彼に対して、恋愛感情を持つ事が愚かといえば愚かにも思える。相手の性別云々よりも、それは遥かに難しい問題な気がする。 (待てよ。彼は「好きな人としかキスしない」と言ったよな…。つまり、恋愛する気はあるって事じゃないのか?って、また同じ所をぐるぐるしてるな。あ〜、もう……参ったな…) そんな堂々巡りの思考を、今度は違う意味で再び繰り返してしまう。 本音を曝け出す必要もなければ、嘘を吐く必要もない。なのに何故あんな風に、あからさまな動揺を見せるのか。あんな、思わせ振りな言動をするのか…皆目見当もつかない。 (そういうのは、相手によっては勘違いするだろう。まぁ…現にこうして、勘違いしてる俺が居るんですけどね) 「今度は何を考えてるんですか?」と言いながら、バスルームから出て来た彼に質問された。 「考えていたというより、頭の中を整理してた…って感じですね。それじゃ、次は俺がシャワー浴びて来ますね」 そう言って俺は、はぐらかす様にバスルームへと行くと、シャワーを出して、滝行の様に頭から浴びる。 (まぁ……らしくないな)と、自分でもそう思う。一つの事に、いつまでも捕らわれているのは性に合わない。特にプライベートに於いては。 (灯里じゃあるまいし…)と思った所で、ふと「相談がある」と、彼が言っていた事を思い出した。灯里を説得するのがお願いで、相談はまた別だと…。 (相談ってなんだ?灯里の説得をしなけりゃならない時点で、既に頭が痛いんだけどな~。しかもその相談の内容を聞く前に、流れのままヤっちゃったし。この流れで彼も忘れてて……くれないよな~) 俺はシャワーを止めると、全身を拭いてバスローブを羽織った。そして、髪をドライヤーで乾かしながら(でもまぁ…向こうから話し出すまで黙ってよ)と、思いながら俺はバスルームを出た。 バスルームを出ると、彼はソファに座っていた。その目の前のローテーブルの上には、大きな書類袋が置かれていた。 (ん~、やっぱり忘れてなかった〜!きっちりフラグ回収するの止めて欲しい…) 「これなんですか?」 見て見ぬ振りは出来ないだろうと思って、袋に視線を送りながら聞いてみたが、彼は黙ったまま何も言わない。 「あ~そういえば…さっきの灯里の件。あれはお願いだと言ってましたね。だとしたら、相談というのはこれですか?」 「そうです…まず、中身を見て下さい」 そう言って差し出されたその封筒には、何も書かれていなかった。俺は(これまた厄介なやつなんだろうな…)そう思いつつも、その封筒を受け取った。 「中を見ても?」と、一応聞いてみる。 「見て下さい。そして、貴方ならどう判断するか聴かせて下さい」 (え、そんな重要なの?!それを俺に見せんの?!そんなの見たくないんだけど?)と思った所で、見ないという選択肢はない事は解っていた。 俺は仕方なく封筒の中から、数枚綴りの書類と、一通の封筒を取り出した。 数枚綴りの書類の一枚目には『報告書』という文字が書いてあった。 そして、しっかりと封印がなされた封筒の方には『関谷総合メンタルクリニック ご担当医先生 机下』『診療情報提供書在中』と書かれていた。 「報告書?それにこの封筒は…」と驚きのあまり、思わず口に出してしまった。 (これは…あ、灯里に関する報告書か?それと、この診療情報提供書ってのは、この人の?いやいや…何にせよ、見ない方がいい事だけは解るんだけど…) 「見ないんですか?」 「えっと…これを見て…その……」 「あ、もしかして何か誤解されていますか?だとしたら、それは違います。元宮先生にも、青葉くんにも関係はありません」 (灯里にも本條さんにも関係ないないなら、一先ずは安心だけど…だとしたら…) 俺がなかなか目を通そうとしないからか、彼は「実は全く関係なくはないんですよ。でも…」と、言葉を濁して無言になった。 (関係ないと言っておいて、関係なくはないってどういう意味なんだ。何よりもこの封筒が気になる。さっき彼が言っていた事に関係してるなら…それは、本人を前にして見てもいいのか?そもそも、診療情報提供書てのは、ホテルの一室で見るような物ではないだろう…) 「その報告書や診療情報提供書…紹介状は、私自身にも関係はありません。ですが…どうしても…放っておけなくて、そこに記載されている人物の調査をお願いしたんです」 放っておけないという言葉には、さっきのお願いが絡んでいる…という事だろう。或いはもっと……彼の、個人的な理由があるのだろうか。 「確定だとは思いますが…これらの書類関連は、さっき言っていた、お願いとやらに絡んでます?」 「そうですね…読んで貰えば解ると思いますけど、きっと無関係とはいかなくなるでしょうね」 「取り敢えず…報告書とやらを読ませて貰いますね」 そう言って、気乗りしない手付きで報告書を手に取り、一枚目の表紙を捲って驚いた。そこに書かれた名前と年齢を見て、調査対象がまだ未成年の少年だったからだ。 そこには、少年の生い立ちから現在までの、あらゆる事柄が書き連ねてあった。読んでいて、いくつか気になる事があった。 (少年がまだ幼い頃に、母親が亡くなる…そして、父親との荒んだ生活。で…その父親からネグレクトやDVを受けていた。あぁ…これはもう、ほぼ間違いなく患ってんな…) 報告書を読み進めて行くと、よく知った名前が出て来た。 (本條さんの追っ掛け?!ん?つまり…本條さんのファンて事だよな?えっと、それで…追っ掛けというより、ストーカーに近い行動をしている。えっ?!ストーカー?!) 本條さんを相手にストーカー行為をしているなら、確かに灯里にも関係してくる。仮に直接、灯里に対して何もなかったとしても、本條さんに何かあったら、それはそれで大打撃になるだろう。 (う〜ん…これまた厄介だな〜。病院宛ての紹介状が意味するのは、診察を兼ねた監視という事だろう。でもこれ多分…本人には話してないんだろうな。それなのに、うちの病院に無断で転院させるってのは、ちょっと強引過ぎやしないか…) 「どうですか?」 「いや、どうもこうも…あれ?」 「どうかしました?」 (この人…この少年の存在に気付いてたのに、今まで何も手を打ってなかったのか…?この人が?) 「今までずっと見て見ぬふりしてきたんですか?ストーカーとまで書かれているのに?」 「実害がなかったんですよ。寧ろ彼のお陰で、他のファンの…ごく一部の過激派から、青葉くんは守られていたんです」 「どういう事です?」と、怪訝に思いながら聞くと、彼はこの少年の行動等について話し始めた。 「なるほどね…実害もない上に、彼のやってる事が逆に、役に立っていると…。じゃあ、なんで今になってこんな…あぁ…灯里ですか」 「個人的な事なんですけど…」と前置きをして、彼は話しを続ける。 「元宮先生の存在を問題視している訳ではなくて、このままだと本当に、青葉くんがその火種になりかねない…というのが現状、一番の問題であり心配事なんです。ですから先程、説得のお願いをしたんです」 「でも…この少年の存在を考慮するなら、一緒に住む事だって問題じゃないですか?」 今はたまに、本條さんが通院した日の翌日など…二人のスケジュール次第で、そのまま一緒に帰宅する事もある。でも、その時は彼が送っているから、人目に付く事は殆どない。 だいたいにして、本人達もその辺は充分過ぎるくらい気を付けてるだろう。それでも…油断が生じない可能性がない、と言い切れないのが人間だけど。 「マンション内には入れませんよ?」 (そういう事じゃなく…)と、言いそうになって止めた。彼が、誰にでも解る冗談というか…ボケをかます時は大抵、何かを誤魔化す…はぐらかす時だ。 (こんな、あからさまな誤魔化し方をする原因が解らない。彼との会話の中で、何か引っ掛かった事…) そう考えながら、何気なく見たテーブルの上…そこに置かれた、診断書ならぬ紹介状で視線が止まる。そして(これだ!)と思った。 さっきは単純に、診察を兼ねて監視をする気なのだろうと思っていた。けれど…それにしては、話を聴く限り、少年に対する彼の評価が高く、悪い印象も受けなかった。 (やっぱり何かあるな…) 「そもそもの疑問なんですけど…貴方はこの少年を、一体どうしたいんですか?」 「どうしたいとは?」 「しらばっくれないで下さい。ここまで話を聴いてしまったら、もう無関係じゃいられないんですから。それとも、俺が立てたお粗末な仮説でも聴きますか?」 自分でも解るくらい、イライラした言い方をしてしまった。彼の性格を考えるなら、こんな言い方は逆効果にしかならない事は解っているのに…だ。 (ほんっと、いつもの事だけど…。どこまでが嘘で、どこまでが本心か解らないのは…まぁ……百歩譲って良いとする。けど…肝心な事をちょいちょい、はぐらかす…てのはどうなんだ。あ〜も〜、こういう人だって解ってても、いい加減ちょっと腹立ってくるな〜) そういう世界で生き抜いてきたんだから、まぁ…嘘と事実を使い分けるのは、決して悪い事ではないし、責めるつもりもない。 だけど、こうして仕事のパートナーとして一緒にやって行く以上、下手に隠し事をされたり、曖昧に躱されてばかりも困る。 「さっき、自分で「個人的な事」と言いましたね。個人的な事とはいえ、この少年とは知り合いでも何でもないでしょう。なのに…ここまで肩入れをするには、何か理由があるからですよね?別に、その理由を話して欲しいとまでは言いません。でも、どうしたいのかは話して貰わないと、俺も動くに動けません。というか動きたくないです」 「それは困ります!」 本條さんが絡まない話で、こんなにも必死になって尚、語気を荒げて言い放つ彼を、これまた初めて見たかも知れない。 「すいません、つい…。あのですね…その…、特別な理由がある訳でも、大義名分がある訳でもないんです。寧ろどうしてこの子なのか…どうしてそう思うのか…正直なところ、自分でも解らないんです」 「自分でも解らない…?」と呆気に取られ、オウム返しで答えた。彼にしては珍しいと思ったからだ。 ソツのない彼は、いつだって理路整然としている。それこそ理由もなしに、感情だけで行動するタイプではないと思っていた。 「最初に言いましたけど…この子を見ていると、何故か放っておけない気になるんです。この子を救いたいと言いますか…助けたいと思うんです。偽善者の様に思われるかも知れません。でもそうですね…結局の所は、ただの私のエゴですよね…」 そう言って自嘲気味に笑う彼の顔は、何かを思い詰めた様な…辛そうに見えた。これもまた、初めて見る表情だった。彼はそのまま視線を逸らすと、下を向いて黙ってしまった。 そんな彼を見て、俺は投げ掛ける言葉を探したが、こういう時に限って、上手い言葉は見付からない。それでも何か言わないと…と思って、やっと出た言葉が「考えておきます」の、素っ気ない一言だった。そして俺もそのまま、黙る事しか出来なかった。 そんな重い空気のまま迎えた朝。 どちらともなく立ち上がり、お互いに身支度を整えると、無言のまま静まり返った部屋を後にした。 帰宅するなりベッドに横たわり、目を閉じると(休みで良かった…もう何も考えたくない……)と、思ってしまった。 そう思ってしまった自分が、情けなくて不甲斐なくて、人生で何度目かの自己嫌悪に陥った。 自己嫌悪に陥ったと思ったら、オマケの様に風邪まで引いてしまい、数日ほど寝込んでしまった。 母親に頼まれたと言って、灯里が見舞いがてら飯を作りに来てくれたが、散々バカにされてしまった。 その時ふと、彼から頼まれた話を思い出し(話してみるか…)と思った。 「あのさ…灯里…一緒に住んでくれない?」
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