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第5話
Thinking ー 1
「はあぁっ?!何言ってんの?!お前と一緒に住むなんて、ある訳ないだろう?!」
「だよな〜俺となんて…えっ?違うって!そんな訳ないだろう」
「だってお前が「灯里、一緒に住んでくれないか?」って言ったんだぞ?えぇ〜大丈夫か?」
「すまん。肝心な所が抜けてた」
「抜けてんのは頭のネジだけにしとけ」
そう言って呆れる灯里を見て、ふと(こんな口の悪い奴のどこがいいんだろう…)と、疑問に思った。
「お前にだけは教えない」
「だから、エスパーなの?!」
「はあぁ~~~、そんな訳あるか…。お前の場合、全部顔に出てんだよ」と、大きな溜息と一緒に言った灯里の目が、哀れみを帯びていた。
「そんな目で見るなよ…」
「見るだろう。で…?俺に、本條さんと住めって言いたいのか?」
「命令じゃない。ただの提案だ…って、なんで本條さんだって解ったんだ?」
「今の俺に、本條さん以外の誰が居るんだよ」
「まぁ…そうだけど」
勘が良いのか、単に頭の回転が早いのか…。取り敢えず、誤解は早々に解けて安心した。
(いや、そもそも誤解なんてしてないか。それよりもだ…いざ話そうとすると、どう切り出すか悩むな…)
「どうせ野崎さんに、何か言われたんだろう?」
「えっ、何で解るんだ?やっぱりエスパー?!」
「本当に馬鹿だな」と、再び哀れみの目で見られ、続け様に「お前や兄さんが、急にそんな事を言い出すハズがないだろう」と、キッパリと言った。
「いや、解ってるな〜」
「当たり前。何十年、家族やってると思ってんだよ。親の顔って言われても、もう…関谷の父さんと母さんの顔しか出てこないぞ」
そう言って笑う灯里を見て(やっぱり変わったな)と、しみじみ思う。何よりも…俺達の事をちゃんと、家族として思ってくれてる事が嬉しい。
「灯里…」
「でも、お前に弟扱いされんのだけは腹が立つ」
「ぶはっ…あはは…そこだけは昔から変わらないな」
「笑うな!」
ムキになって膨れっ面をする灯里の態度は、子供の頃と変わらない。
(変わる所もあれば、変わらない所もあるって事だ。それこそ簡単に、人の性格なんてガラッと変わらないからな…なんかちょっと安心した)
「まぁ…確かに、野崎さんに相談というかお願いはされたけどね。彼には「難しいと思いますよ」って言ってあるから、嫌なら無理に一緒に住む必要はない」
「なんだその、お願いって…」
「本條さんと一緒に住む様に説得して欲しい…って言われたんだよ」
「それで、お前は「難しいと思いますよ」って言った訳だ…」
そう言うと、灯里は何かを考える様に黙ってしまった。そんな灯里を見て(あれ?嫌だって即答されると思ったんだけど…違うのか?)と思った。
「答えから先に言うと、一緒に住む気はない…」
「だよな〜」
「だからってそれを、お前が野崎さんに言うな」
「そこ怒る?」
「そもそも、野崎さんも野崎さんだよ。本條さんが直接、俺にそう言うなら解る。でもそんな大切な事を、野崎さんが言うのは違うだろう?しかも、俺じゃなくて、お前にお願いするなんておかしくないか?」
言われてみれば…確かにおかしい。彼は「青葉くんが一緒に住みたがっている」という様な発言はしていなかった。全ては彼が、本條さんの言動をもとに推測し、先回りをしてるだけに過ぎない。
「相変わらず過保護だな…」
「過保護な割りに、リスクが大き過ぎる方法しか選んでない。俺と付き合ってる事実だけでも、充分なリスクなのに、一緒に住むなんて何考えてんだ…」
「そこは単に、本條さんの恋愛を応援したい…という気持ちがあるからじゃないか?」
「親バカじゃなくて、バカ親か?未だ、偏見の目でしか見られない世の中で、いつかは公表するとか言っちゃうし…」
灯里の言う通りだと思う。LGBTQという言葉は知ってるけど、詳しくは知らないという人が、世の中の大半なのではないだろうか。
そんな俺も今までは、灯里や一部の医師達の話でしか、見聞きして来なかった。こうして深く携わる事になり、改めて勉強する様になってやっと、同じ目線で話が出来る様になった。
そして、これだけLGBTQが取り沙汰されてるにも関わらず、この問題に真剣に向き合っているのは、当事者達と極一部の人達だけだ。
「でもさ…本当に公表するかは、まだ正式に決まった訳じゃない。それに、バレない様に一緒に住む事くらいは出来るんじゃないのか?家を出る時間も、帰宅する時間も、休みもほぼ違うし…」
「そうだけど…そうじゃない…」
「どういう事?一緒に住むのが嫌だ…って事じゃないのか?」
「そうじゃない…」
俺が聞くと灯里はそう言ったっきり、もう何も話したくない…というオーラを出して黙ってしまった。
(あ〜ぁ…こうなると、ホント何も話さなくなるからな〜。これはもう長期戦で粘るか、本條さんと野崎さんには悪いけど…諦めて貰うしかないな)
二人の気持ちも言い分も解らなくはないけれど、俺にとっては灯里の気持ちが最優先だ。だから、最悪の場合は諦めて貰う事になるだろう。
(そんな事になったら彼はガッカリするだろうか…。いや待て、それは何に…誰に対してのガッカリ?まだ俺は、彼に何かを期待してるのか?あんな、お互い気まずい雰囲気で別れたのに…ん?そういえば…)
「あれ…そういえば俺、スマホ何処やったっけ?」
「は?枕元にないのか?」
「ない…。悪い、ちょっと鳴らしてみて」
俺がそう頼むと、灯里は自分のスマホから俺のスマホに電話を掛け始めた。
「あれ?音がしないな…」
「最後に使ったのは何処だ?」
「え〜と…風邪引いたからって病院に電話して、ベッドに横になって実家に電話したのが最後かな?」
「スマホが行方不明じゃあ、俺がいくら電話掛けても出ない訳だな…。ん?でも枕元にはないんだろ?」
「ない。布団の中…も、ないな…」
「ならベッドの下じゃないか?お前が寝落ちたから、スマホも落ちた…。熱で朦朧としたままトイレに行ったか何かで、落ちてるスマホに気付かず、そのまま蹴ってベッドの下に滑り込んだとか…」
俺は「なるほど…」と言いながら、ベッドの下を覗き込んで、手を入れてスマホを探した。奥の方まで手を伸ばした時、指先にスマホらしき何かが当たった。
「あったけど…奥にあって届かない…」
「何か長い棒みたいなものあったっけ?」
「掃除機か竹刀ならある」
「竹刀取ってくるから待ってろ」と言って、灯里は竹刀を取りに玄関に向かった。
(最後に使ったのが熱出した日だから…二日前か?その間に彼から連絡は…)
何とも言い表し難い雰囲気のまま朝を迎えたけど、彼は別れ際に「また連絡します」と言っていた。その連絡とは、仕事絡みの連絡という意味だろう。
(そりゃあそうだけど…。大体にして、仕事以外で連絡を取り合った事はないし、第一そんな仲でもない。いやこの際、仕事でも良いけど…でももし、その連絡が急ぎの案件とかだったら…)
「ぅ……おい、遼!」という怒鳴り声と共に、脇腹に一撃食らった。
「痛っ…痛いって。俺こう見えて病人なんですけど?病人に攻撃するってどうなの?」
「さっきから呼んでんのに、ぼけっとしてるお前は悪い。それに、熱はもう下がってるだろう」
「気付かなかったのは悪かった。だからって…」
「この前も言ったけど、何かあったんなら話くらい聴いてやるって…」
「あぁ…言われたな。しかし…お前に名前呼ばれたの…何年振りだ?」
そう言うと俺は、惚ける様に指を折りながら数える振りをした。そんな俺を見て、灯里が「今年の正月に実家で呼びました」と真顔で言う。
「う~ん…」
「俺はそんなに頼りないか?」
「そんな事はない。お前ほど頼り甲斐があって、信頼のおける奴は居ない」
「なら…単に、俺には話したくないってだけか?」
そう灯里に言われてドキッとしてしまった。別に話しても構わないと思いつつ、話すことを躊躇ってしまう。相手が相手なだけに、相談するには灯里以外に適任者はいないと思っているけど…。
(なんだ?今日はやたら絡んでくるな…)
「周りから見て、最近の俺ってそんなに変か?」
「いや、気付いてるのは俺だけだと思う。でも…もしかしたら、兄さんも気付いてるかも知れないな」
「そんな解りにく~い変化に、兄貴が気付くか?」
「兄さんは言わないだけで、見てない訳じゃないのは解ってるだろう。だから、何かしら感じ取ってる気はする」
言われてみればそうかも知れない。兄貴は立場的な事もあってか、仕事に関しては笑顔だけど容赦なく、厳しく接する事もある。
そんな兄貴も家では、余程の事がない限り仕事の話はしない。普通にオヤジギャグも言うし、子供達と一緒になってゲームもする。
(思えば兄貴も、ギャップが凄い人だよな…)
「あと、多分…本條さんも気付いてる」
「えっ、なんで?!本條さんとは退院した後、まだ数回しか病院で会ってないけど?!それだって、ほぼお前に会いに来てる様なもので、俺とはあんま話してないじゃん?!」
まさか過ぎる名前が出てきて、思わず早口で捲し立ててしまった。
「でもこの前のカウンセリングの時に、本條さんに「関谷先生…何かあったんですか?」って、聞かれたんだよ」
「えぇ…。で、お前はなんて答えたんだ?」
「「気の所為じゃないですか」って、言ってから…「それか疲れてるんだと思います」って誤魔化しといた」
「誤魔化すって…」
「気付いてる相手に、嘘吐いても仕方ないだろう?」
「そりゃあそうだけど…」
(周りや相手を良く見ている人とは聴いてたけど、まさか俺の事まで見てるとはね…。これは早い事どうにかしないとダメだな)
俺は、灯里と本條さんの同棲の話を後回しにする事にして、先にこの悩みを聴いて貰う事にした。
「あのさ…」と切り出してから、ここ最近のスッキリしないモヤモヤした悩みを話した。
灯里は黙って話しを聴いてくれていた。けど俺が…彼の名前や性別を隠して話しをする所為か、時々言い淀む感じになってしまい、その度に眉間に皺を寄せていた。
もちろん、例の少年の事は(まだ話す段階じゃないな)と判断して伏せた。それよりも、彼の事を話すのが先決だと思った。
「と、まぁ…自分でもどうしたいのか解らなくて、ずっと思考がループしてたんだよ…」
「停止しないだけマシなんじゃないか?人間は考える生き物なんだから」
「でも…らしくないって言うかさ…」と、俺がしどろもどろで言うと、灯里が「確かに、お前らしくはないな」とバッサリと言い放った。
「それに…」と言ったっきり、話す事を躊躇う様に黙ってしまった。
「なんだよ…この際だから、思った事や気付いた事は何でも言ってくれ」
「解ってる。あ、でもその前に…いくつか確認しておきたい。質問してもいいか?」
「なんだ?」
「成り行きで身体の関係を持った…と言ってたけど、本当に嫌だと思ってたら、適当な言い訳をしてでも断れたと思うんだけど?」
(言われてみればそうだな…)
「お前は昔からさ…一晩限りとか…身体だけの関係とか…俺とは違って、そういうのなかっただろう?」
「ないな」そう答えてから、ふと(ずっと近くに居た所為か知られ過ぎてる…って、それを言うならお互い様か)と思った。
「あと、これも昔からだけど…自分の事となると、本当に鈍感だな」
「気付くのが遅いって事か?」
「それもある。それと…お前は今、相手の事を恋愛対象としてみている…これは間違いないな?」
「ない…と思う。気の所為かな〜って何回も思ったけど、否定し切れなくなって素直に認めた」
思考の行き着く先がどうしても、出発点に戻るならば、前提を恋愛に置き換える事で、否定していた事の全てが納得いった。
「なら答えは簡単じゃないか。お前の気持ちを全て話して、告白すればいい」
「はい?いやいや…なんでそうなるんだ?」
「野崎さんも待ってると思うけど?」
「えっ、なっ…なんで?俺、名前も性別も言ってないよな?」
灯里が相手の名前を、ズバリ言い出した事に凄く驚いて、動揺を隠すどころか、うっかり肯定的な発言をしてしまった。
「言ってない。けど最近、スタッフ連中に呑みや合コンに誘われても、全然行ってないだろう?」
「まぁ…それは年齢的な事と、仕事絡みが優先になるから…」
「昔から、俺や仕事が優先になるのは解ってる。だからこそ、最近のお前の交友関係は、医師関係か野崎さんに限られる。それに、今の俺を優先する必要はないだろう?」
「いや、何かあれば優先するけど?」
「何かあれば…だろう。今のところそれは杞憂だって解ってるハズ。俺は寧ろ、本條さんの方が心配。だけど、それ以上にお前の方が心配だね」
(ん?本條さんが心配?)と疑問に感じたけど、灯里は本條さんの異変に気付いてるのだと思った。
「解ってるのに、一緒には住まないのか?」
「だから、それはまた別の話。今はお前の話が先」
「はいはい…。とはいえ、自分で「恋愛感情の欠如」って言ってる相手に、告白しても仕方ないと思わないか?」
「あぁ…それは多分、嘘だと思う」
「えぇ〜っ…なんで嘘吐く必要があるんだよ。それに、記憶がないって話だってしてたぞ?その所為で、恋愛感情が欠如してるのかも知れないだろ?」
「その…記憶がないってのが、そもそも嘘なんじゃないかな…。記憶を失くしたい程の出来事があった…っていう方が納得いく」
そう冷静に言われると、少しづつ(そうかも知れない)と思えてくる。考えてみれば、人間そう簡単に記憶を失くしたりはしない。脳に支障をきたす程の大事故か、余程ショックな事でもない限り、記憶は簡単に消えて失くならない。
「じゃあ…なんでそんな嘘を吐くんだ?」
「ここまで話してて解らないって、本当に鈍いよな。野崎さんは一体、コイツのどこが良いんだろうな…」
灯里の話しを鵜呑みにするなら…俺には、野崎さんも俺の事が好き…と、都合の良い解釈しか出来ない。
(でもそんな都合のいい話ある?もし仮に…灯里の推測通りだとしても、なんで嘘なんか吐くのか…)
「ん〜解らない。腑に落ちない…」
「お前の話しを聞いてて俺が感じたのは、野崎さんは策を講じたんじゃないかって事かな。策を講じたところで、ノンケのお前が落ちる確率は、かなり低いと思ってたと思うけど。それでも何もしないよりは、マシだと思ったんだろうな…」
額面通りに受け取ると(チョロい奴)としか思えないのは、言ってる相手が灯里だからなのか。
「何かそう思える様な根拠でもあるのか?」
「確信があって話してる訳じゃない。あくまでも、お前の話しを聴いていて感じた事だから、根拠なんてないよ」
「でもそう思うって事は、何かあるからだろ?」
「あのさ…少しは自分でも考えろよ…」
「考えても解らないから相談してんのに、そんな言い方しなくてもいいだろう?」
「逆ギレするなら帰るぞ」と睨まれて、思わず怯んでしまった。確かに灯里の言う通りだ。逆ギレした自分が恥ずかしい。
俺は灯里と、目も合わせる事もなく「悪い…」と、ただ呟く様に言った。
(この歳で逆ギレするなんて…俺は子供か。でもそうだよな〜、当たり前だけど自分の事なんだよな…)
「もう一度言うけど…俺は野崎さん本人でもないし、本人と話しをした訳じゃない。ただお前の話しを聴いていて、俺が思った事を話してるだけだからな」
「それは解ってる。自分で考えないとダメな事なのも解ってる。でもずっと思考ループしてそこから抜け出せなくて、答えに辿り着けなくてずっとモヤモヤしてた」
「だろうな。でもそうやって、ループするくらいには好きって事なんじゃないのか?」
「お前も…本條さんと付き合う時に、色んな事を考えてループした?」
「してない。思考ループするよりも先に、俺には超えないとならない壁があったからな」
「っ…すまん…」
何気なく言った言葉だったけど、考えてみたら軽率な発言ではあった。
「別にもう気にしてない。確かに…本條さんの事はごちゃごちゃ考えたけど、答えは呆気ない程シンプルだった。長い間ずっと囚われていた過去の事は、本條さんが気付かせてくれた」
そう言って柔らかい表情をする灯里を見て、完全に吹っ切れてはいないんだろうけど、今までの様な囚われ方はしていないのだと解る。
(本当に変わったよな…。このまま幸せになってくれると良いんだけどな〜)
「え〜と話しを戻して纏めると…嘘を吐いてでも、俺と関係を持ちたかった。それはつまり、俺の事が好きだから…?」
「まぁ、そうだと思う。その大雑把な所、お前らしいよな」と言って灯里は笑った。
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