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第6話
Thinking ー 2
「思ったんだけど…嘘なんか吐かずに、普通に告白してくれれば良かったんじゃないのか?」
「お前の気を惹きたかったんだろ」
「気を惹く為だとしても、嘘吐く必要ある?」
「だからさ…お前は別にバイでもゲイでもなく、生粋のノンケだろう?ノンケ相手に、正面からぶつかっていける奴なんてフィクションの中だけ。リアルではなかなか居ない。俺はそういうのも面倒だったから、好みだと思った相手でも、ノンケは最初から除外してたけど」
灯里の場合は、恋愛をする前提でもなかっただろうから、余計そういう割り切り方が出来たのかも知れない。
(でも彼は違った。俺自身は恋愛だとか、同性を好きになるとか、そんな事は微塵も考えてなかった。つまり…ノンケを好きになるのも大変て事か…)
「あれ?でも、本條さんは俺の逆だよな。ノンケなのに灯里に惚れ込んで、告白しまくって付き合うまでの仲になった。なんか、それはそれで大変な気がする…まるで今の俺か…?」
「まぁ…本條さんの時は俺の方が大変だったけどな。相手が本條さんじゃなかったとしても、ノンケにいきなり告白されても疑いしかない」
「なんで?」
「はぁ…お前、話聴いてた?本條さんもお前も、元から恋愛対象が男って訳ではないだろう?普通に女性も、恋愛対象として見れるんだし…」
「あっそっか、なるほど…。そう考えると、確かに疑っちゃうな。ん?て事は…そうとは考えずに俺は、本條さんの事を応援してた訳だな?」
でもあの日…本條さんの目に、本気の想いを感じ取ったのは事実だ。だからこそ灯里の過去も話したし、本條さんに任せようとも思った。
「決して巫山戯てた訳じゃないからな。一応お前が、誰にも本気にならないよ〜みたいな事も言ったし。それでも、本條さんの本気はヒシヒシと伝わってきた。何より「本條さんなら大丈夫」と思ったんだよ」
「何だよそれ…俺より雑な仮説立てやがって。自分で言うのもなんだけど…結果的に上手くいったから良かったけど、失敗してたらどうしてたんだよ…」
「それは考えてなかった。上手くいく!としか、思ってなかったからな」
「やっぱり馬鹿だな」と、冷ややかな目でバッサリ言われた。
「ん?そう考えると、俺が告白しても疑われて…下手したら振られるんじゃないのか?」
「それはどうだろう…?今の話は俺の場合であって、野崎さんはまた違う考えを持ってるだろうし…。でもそこまでやるくらい好きなら、振るって事はないんじゃないか?」
「すばり、その根拠は?!」
俺はここぞとばかりに言うと、灯里は言葉を選ぶ様に話し始めた。
「俺には、本條さん以外にノンケ相手の経験はない。だから根拠はない。だけど、野崎さんの気持ちはなんとなく解る。だから仮説を前提とするなら、振られる確率は低い」
「俺達の会話…さっきからなんの根拠もない、憶測や仮説ばっかりだな」
「立証すればいいじゃないか」
「だから取り敢えず…告白してみろって?」と、俺が笑いながら言うと、灯里が「当たって砕けてこい」と言った。
「お前のその熱って…風邪じゃなく、ただの知恵熱なんじゃないのか」と言って笑う灯里に、言い返す言葉が見付からなかった。
「あ、そういえば昨日…お前が休みだって言ったら、視線逸らしながら「そうですか」って…なんとなく声のトーンも少し落ちてた気がするな〜」
「それは俺の話を聴いた後だから、そう思うんじゃないのか。あ〜それにしても…タイミング悪い…」
「会えなくて残念だったなって言いたいけど、会えなくて良かったんじゃないのか?」
「ん〜」と、腕を組んで思わず唸った。
灯里の言う通り、あの心理状態のままでは、会話もマトモに出来なかった気はする。でも、単純に会いたかったという気持ちもある。
「俺が話せって言ったから、話してくれたのに…なんのアドバイスも出来なくてごめん」
不意に灯里がしおらしく謝るので、驚いて「そんな事ないぞ」と、フォローする様に言った。
「貴重な意見が聴けし、話をしてるうちにちゃんと、考えも纏まってきたしな」
「なら良かった。なら、時間だから俺は帰る」と言うなり、灯里はさっさと帰る支度を始めた。
「えっ?!まだ話の途中…」
「悪いけどこの後、用事があるんだよ。それにお前の体調も良くなったし、話しも聴いた。後はお前次第だろう?」
「そうだけど、他にも話す事があるんだよ」
「本條さんと一緒に住むって話なら却下だ。野崎さんにも、そう伝えといて。じゃあ、また明日な」
そう捲し立てて、灯里は本当に帰ってしまった。
(まじで帰った…なんだあの切り替えの早さ。でも明日は休みじゃないから、本條さん絡みじゃなさそうだし…でも、時間がなくなるって事はやっぱり本條さんか?)
急に一人だけ取り残された気分になって、ふと(俺も恋人欲しいな〜)と、思春期の学生みたいな事を考えた。
(あれ…そういえば、渡された報告書やらなんやらに書かれていた少年は、確か年齢的には高校生だった。でも無職って書かれてたけど。いや、無職だからこそ追っ掛けも出来るのか?)
我ながら(また厄介な事を思い出した…)と頭を抱えた。その時、スマホの充電が溜まったのか通知音が鳴った。ロック画面を解除すると、通知が画面いっぱいに並んでいた。
通話通知の一覧は殆どが母親と灯里。LINEは病院からと、兄貴と彼からだった。
兄貴からのメッセージは「早く治せよ」の一言。病院からは、俺の代わりに入った先生からの業務連絡の様なもので、簡潔に報告が纏めてあった。
彼からは一件の通知が、風邪を引いて休んだ日…ちょうど来院した日の夜に送られて来ていた。
(LINEまでは気付かなかったな…。まぁ、家に電話してそのまま寝ちまったから、気付く訳ないか。そもそも特に何もなければ、連絡する必要もないしな)
少しガッカリしつつ、メッセージの内容はどうせ仕事絡みだろうと、あまり期待もせずにメッセージを開いた。すると…スクロールしないと読み切れない程のメッセージが書かれていて、俺はちょっと驚いた。
始まりは「お身体は大丈夫ですか?」という、当たり障りのない挨拶だった。本條さんに何か言われたのか、本條さんも心配していた事も書いてあった。
(本條さんは何に気付いていて、何を話したんだ…)と、灯里が変な事を言っていた所為か思わず、ちょっとドキドキしてしまった。
その後の文章には、気まずい思いをさせてしまった事を謝罪する旨が書いてあり、俺は(あの時は俺も悪かったのに謝らせちゃったな…)と思った。
その続きは、彼なりに例の少年の事を考えたのか、その思いが長々と綴られていた。だが、いくら読み返しても何処か腑に落ちない。
(読んでいて釈然としないのは、彼自身もまだ理解が出来てないんだろうな。理解というか整理が着いていない…自分でも説明の付かない心理状態か…)
報告書を読んだだけだが、少年の生い立ちから現在の生活までを考慮すると、診断書を読むまでもなく精神を患っているのは察しがつく。
俺はベッドから降りて、鞄の中の書類袋から報告書を取り出して、もう一度読み返してみた。
中学校では虐めを受けていた形跡がある。多感な年頃なだけに、不登校になったり、家から出ようとしない子もいる。高校へ進学をするにしても、通信制や定時制などを選択する子もいるが、進学をしない子もいる。
(この子は進学しなかったのか…)と思ったが、それもまた今の時代では特に珍しい事でもない。だからこそ…なのか、思春期外来に来る患者も増えた。
(俺は児童心理が専門じゃないけど、それでもこうして専門外来に来る人達に、年齢や性別は関係ないんだよな〜。確かに程度の差はあるけど、それだって年齢も性別も関係ないし…)
自己肯定感が低い人達の大半は、幼少期のトラウマが原因だったり、家庭環境に起因する事が多い。ゆえに自我を殺す、失くす…引いては自殺願望を抱える事も多い。
別にトラウマがなくても、虐めや差別…人間関係や勉強や仕事の遅れなど、様々な原因で自己肯定感を失っていく人も多い。
その手のニュースを見ると、自分の仕事に、自信もやり甲斐も見失いそうになる時がある。だからそうなる前に受診してくれると、例え自分の病院の患者でなくても少しだけ安心する。
(とはいえ…だよな〜。自覚症状が現れるケースは、人それぞれ違う。殆どの人は、身体的に症状が出て始めて異変に気付く。その異変によって、学校や仕事に影響が出始める。そして生活リズムが狂い始める…)
「ん?待てよ…」と思わず口に出して、再び報告書に目を通した。報告書には割りと細かく…まぁ、解る範囲で頑張って調べたのだろう。少年の生活時間帯の事も書かれていた。
(生活リズムは差程、普通…特に狂ってはいない。もし何かしらの薬を飲んでるとしたら、ちょっと微妙だけど…なんでだ?)
不思議に思って再び報告書に目を通す。そして気付いた。少年の行動の殆どが、本條さんの行動とほぼ同じなのだ。
追っ掛け行為が違法なのか俺には解らないが、少なくとも、この少年の生活リズムは及第点といった所だろう。
(たまに追っ掛け以外の事もしてるみたいだし…100点満点とまではいかないけど、まぁ…ちゃんとしている方ではあるな)
彼の心配はあくまでも、この医療面だけ。でも、本人の意思なく勝手に転院はさせられない。せめて保護者または家族の同意がなければ無理だ。
(ん〜それはまぁ、どうにかしようと思えば出来なくはないけど…本人の意思を尊重したいな〜。それより俺的には、追っ掛け行為の方が問題というか…心配な気がするんだけど?)
どっちが重要かではない事は解っていたが、少なくとも、この少年に対する彼の思いは何となく伝わった気がする。
腑に落ちないながらも読み進めると、少年に対する思いが長々と綴られた後には、体調が回復したら会って話しがしたいと締め括られていた。
(ん〜仕事の話もあるだろうし、この子の事もあるから、ちゃんと会って話しをしないとダメなのは解ってるんだけど…)
『告白すればいい』と、灯里が言った言葉が急に思い出されて、俺は(いやいや…今はそれどころじゃないから)と、心の中で誰にともなくツッコミを入れた。
俺はどう返信するか少し考えてから、体調は良くなり明日から仕事に復帰する事、迷惑や心配を掛けた事を詫びる文章を打って送信した。
すると、数分も経たずにLINEの着信音が鳴った。表示を見る間でもなく、相手が彼である気がしたのは単なる希望か…。開いてみると、発信者相手が彼だったので、希望というよりは直感だったのかも知れないと思う事にした。
挨拶と共に、風邪が治った事を安心したという内容の文章が書かれていた。
『治ったばかりで恐縮ですが、次に都合のいい日が解りましたら連絡下さい』と締め括られていた。
(如何にもって感じだな。次か…次ねぇ…う〜ん…。休んだからシフト変わってるかも知れないよな…)
俺は少し考えてから『出勤して確認したら、また連絡します』と返信した。すると、間髪入れずに『解りました』と返ってきた。
(告白…するかどうかは、タイミングや状況によるだろうな。取り敢えず優先させるべき事があるから、その合間に…でもな~)
俺は電気を消して布団に入り込むと、ふと…灯里が初めて本條さんの家に行った日の事を思い出した。
確か…二人が付き合ってから一週間くらい経った頃だ。本條さんの通院の為に、一緒に来ていた彼が「青葉くん明日お休みなんですよ」みたいな事を言い出したのが、きっかけだった気がする。
その日は奇跡の様な偶然で、灯里も休みだった。俺は灯里を、本條さんの家に泊まりに行かせる事を思い付いて、彼に相談をして一役買って貰った。
思い返すとあの日は、忙しなかった。とにかく早く仕事を終わらせて、灯里の荷物を取りに行ったり、買い物に行ったりした。
(そういえば買い物してる時、灯里と話をしていて何気なく、一緒に住む住まないって感じの遣り取りをした覚えがあるんだよな…)
好きだから付き合う。付き合ったから一緒に住む…または結婚する。今までは「恋愛とはそういうもの」という認識…それが一般的だと思っていた。
でもそれが本当に「一般的な考え」なのか。それが本当に「当たり前」であり「普通」なのか。
(まぁ…確かに、それが普通なんだろうけど。それが「絶対か?」って聞かれたら難しいな~。もし「普通とは何か?」と問われたら、情けないけど答えられる自信はないな。あ~やめやめ…薬も飲んだしさっさと寝よう…)
まるで思考を強制停止させるかの様に、俺は考える事を放棄して寝る事に専念した。
風邪はすっかり完治し、病院に行くと皆が揃いも揃って「関谷先生でも風邪引くんですね」と言った。
(いや、本当にさ…俺のイメージってどうなってんだよ。確かに滅多に病気には罹らないけど…)
背後から「関谷」と、聴き慣れた灯里の声がして、振り返ると「もう、大丈夫か?」と聞かれた。
「お陰様で、すっかり元気だよ」
「昨夜は話の途中で帰って悪かったな」と言うので、俺はストレートに聞いた。
「本條さんと約束でもあったのか?」
「いや、アメリカのLGBT学会のオンラインMGに参加する事になってたんだ」
「相変わらず仕事熱心…この場合は勉強熱心か。で、どうだったんだ?」
「とても有意義だった。色んな国の医師達も何人か参加してて、色々と勉強になったよ」
あの時間からだと殆ど寝てないんだろうけど、表情は生き生きしていた。
「昔からお前は勉強好きだよな~」
「お前も頑張れよ…これからの為に必要な事だろう?それに俺の場合、当事者だしな。あ、でも…それを言ったら今のお前も当事者だな」
「そう…なるのか…」
「取り敢えず、今度の勉強会で使える様に、レポートや資料なんかは纏めておくよ」
「睡眠はちゃんと摂れよ?」
「解ってるよ」と言って笑った後、灯里は「シフト変更あるから確認しとけよ」と付け足した。
その後、午前の外来はなかったがやる事が多くて、なんとか昼休憩までに終わらせる事が出来た。
(食堂にするか購買にするか悩むな…)と考えていたら、またしても灯里が声を掛けて来た。
「一緒に食堂行かないか?」
「珍しいお誘いだな」
「昨夜の話、中途半端になったから気になって…」
「あぁ…特に何もない…けど…」
「なんだよ、煮え切らないな」
「う~ん…じゃあ、外の喫茶店にしないか?」
「そうだな、内容的に話しづらいな。ならさっさと行くぞ」
そう言って灯里が歩き出したので、俺は慌てて財布をポケットに入れて後を追った。
馴染みの喫茶店に入り、それぞれランチを頼むと、灯里が「それで?ちゃんと気持ちの整理はついたのか?」と切り出した。
「ん~まぁ、告白とかはタイミングかな~って。そもそも、そんな色っぽい話はしてないんだよ」
「野崎さんが避けてるのかも知れないな。抱かれる期待はしてても、付き合える期待はしてないだろうからな」
「あ~、そんな感じ。ああ見えて、変な所でマイナス思考なんだよな…」
「なら、セックスの最中にでも言えば?」
「お前ねぇ…」と言いながら、それとなく周りを見渡したが、誰も気付いていない様だった。
「でもあれだ…ヤってる時に言われても、本気にしないかもな」
「あ~確かに。そんな状況で「好きです。付き合って下さい」って言っても、流される可能性が高い気がするな」
「あぁ…やっぱり、お前は付き合いたいんだ」
「そりゃあ、好きですから。今すぐじゃなくてもいいけど…付き合えるなら付き合いたい。昨夜言わなかったっけ?」
ここまで来たら嘘や誤魔化しはなしで、正直に話をする事にした。
「忘れた。それにしても、息子二人がゲイなんて…父さんも母さんもガッカリするだろうな…。お前がそうなったのって、俺の影響もあるかも知れないし…」
「あの二人はそれくらいでガッカリしないだろう。それに…影響って言っても、俺の場合は今回のみだし」
「親不孝もここまで来ると罪悪感しかない…」
「気にし過ぎだって…。俺の事はともかく、灯里が今凄く幸せだって事が、あの二人にとっても、兄貴にとっても重要な事だと思う」
「ならいいけど…」
俺が灯里からカミングアウトされたのは、高校に入る前くらいだった。聴いても特に驚いたりはしなかった。女子と付き合っても長続きはしてなかったし、特に興味もなさそうだったから、そんな木がしていたのかも知れない。
更に、両親と兄貴にカミングアウトしたのは、高校の二年の頃だった。俺と同じ様に、三人も特に驚いたりはしなかったし、否定したり偏見の目で見る事もなかったのは覚えている。
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