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第9話
Answer ー 1
本当は彼の言い分を聴いてから判断をして、自分の気持ちを伝えるべきなのだろう。でもそれだとまたいつもの様に、話の流れが変わって話せるチャンスがなくなる気がした。
「言わせて貰えない?」
「ん〜、その手の話を逸らされるっていうか…そういう所にも違和感を感じたというか…。まぁ、気の所為かも知れませんけど」
「そこまでお見通しなんですね」
「いやいや…そんなカッコイイものじゃないです。単にそう思っただけで、確信があった訳でもないですからね」
自嘲気味に言うと、彼は「解りました」と頷いた。
「先に話を聴きます」と言う彼の表情は、真剣そのものだが緊張感が漂い、どことなく不安気な様子も見て取れる。
「あの、そんなに緊張しなくても…。いつも通りでいいですから…」
「いくら私でも、この話の流れですからね…流石に緊張しますよ」
「そんなにたいした話じゃないんですよ。ただ、俺の気持ちを伝えたいだけなので…」
そう言うと、一呼吸してから彼の顔を見て言う。
「貴方の事が好きです。なので、今までの様な身体だけの付き合いではなく、出来ればパートナーとして付き合って欲しいんです。勿論、仕事のパートナーとしても別の意味でね」
「は……えっ?!今…好きって言いました?貴方が私を好き……?」
「そうです。俺は貴方が好きです。なので、ちゃんとしたお付き合いをしたいと思っています。というかそんなに驚く事ですか?」
「そりゃあ、普通は驚くでしょう?しかも話の流れ的にも……」
言葉では、平常心を取り戻そうとしている様に取れるけど、顔は真っ赤で視線も上手く合わない程、動揺しているのが解る。
「そりゃそうか。でも、俺的には「今かな〜」と思ったんですよね。仕事の話から、告白するのも変だと思いましたし…。本條さんとこの少年の事は、少なくともプライベートな話でしたからね」
「策士ですか?」
「貴方に言われたくないですよ。本当は、こんな無粋な所ではなく、もっと雰囲気のある場所で言いたかったです。いや〜ホント…我ながらカッコ悪いな〜」
そう言って笑うと、彼もつられる様に笑った。そして、顔を赤くしたまま「そういう所が…」と、なんとか聴き取れる声で呟いた。
「え、そういう所がなんですか?」
「あぁ…いや、その…なんでもないです」
「えぇ〜この期に及んで隠すんですか?」
「いや、だって急過ぎて…。それに、さっきも言いましたけど…話の流れから、色々と追及されるものだと思っていたので…」
確かにそうだろう。でも、それよりも先に(今言わないと)という、焦りにも似た感情があった。自分的には前振りをしたつもりでいた。だから余計、そういう気持ちが強かったかも知れない。
結果的には驚かせてしまった。だから、この流れだとまた、話が逸れていきそうで今度は違う焦りが出て来た。
「嘘か真実かについては、気が向いた時にでも話してくれれば良いです。あと…さっきの告白の返事も、今すぐじゃなくて構わないです。でも…少しでも、意識して考えてくれると嬉しいです」
「解りました…。ちゃんと考えて返事します」
そう言って下を向いた彼の顔はまだ少し赤かった。
*****
我ながら頑張って伝えた想いは、恐らく彼の心に届いている筈だ。彼も「ちゃんと考えて返事します」と言ってくれた。だからきっと、考えてはいてくれてるとは思う。
(なのに…返事を聴けないまま一週間以上は経つ。確かに「今すぐじゃなくて構わない」とは言った。言ったけどさ…そして、なんだこの状況…)
「元宮先生、私からもお願いします。青葉くんのお願いを叶えてあげて下さい!」
「まぁ…本人からも提案されました。その上で確認の為、改めて聞きます。二人の提案や希望を含めた発言は、彼が伴うリスクが高くなる事などを、全て承知した上での事務所全体の発言…と、捉えても構わないんですか?」
「勿論です。私は青葉くんに関して一任されていますし、事と次第によっては青葉くんと二人で、社長に相談し都度、同意も得ています」
俺を含めた灯里と彼の三人は今、病院の応接室で話し合いをしている。内容は、灯里と本條さんの同棲についてだ。
昨夜、彼から「青葉くんと元宮先生が、一食触発の状態になっている」と連絡を貰った。そして今日、病院で会った灯里にそれとなく、その事を聞いてみると「それは大袈裟」と言われた。
どうやら数日前から本條さんが、同棲の話をし始めたらしい。それに対して、お互いの意見が一致せず、膠着状態にあるという。
(本條さんが話を切り出したのは進歩だけど、やっぱりダメだったか…。でもこのままじゃあ、よくないよな〜。しかも通話での遣り取りで、直接会って話し合いをしてる訳じゃないし。う~ん…ここはなんとしても、直接会って話し合って欲しいな…)
なので灯里の都合のいい日時を聞き、今日の夜しか時間が取れないというので、急いで彼に連絡を取り、急遽こうして直接会って話をする事になった。
本当なら、当事者である本條さんにも同席をお願いしたかったが、仕事の都合上どうしてもそれは無理だった。
どうやら彼は、取り急ぎ代わりのマネージャーを本條さんにつけたらしい。そして、話し合いをするべくこうして此処まで、足を運んでくれて今に至る。
「言い方は悪いですが…本條さんの性格や、現状を踏まえるなら、同意するのが一番手っ取り早い事は解っています。それに…遅かれ早かれ、この手の話は出て来るとは思っていました。それでも…考えずにはいられません。なので、安易に同意する事が出来ないんです」
灯里の気持ちも解る気がする。相手が一般人なら、ここまで考えて、思い悩む必要はなかっただろう。でもだからこそ、お互いに惹かれ合うモノがあったのだとも思える。
現に、灯里をここまで変えたのは、他ならぬ本條さんなのだ。まぁ…例え本條さんが芸能人でなくても、互いに惹かれ合っていたかも知れないけど。
でも実際は、芸能人と一般人。しかも同性で、立場も環境もまるっきり違う。抱えるリスクも、一般人同士のそれとは遥かに違うだろう。それが解っているから、灯里はなかなか首を縦に振らないのだろう。
「あのさ…今の本條さんにとって、お前が安定剤になってる訳だよな。それに加えて初恋だし、本條さんも男なんだから、恋人が出来ればそりゃあ…そう思うのは仕方ないんじゃないか」
「まぁ…でも、同棲したからって良い事ばかりじゃないだろう?」
「それはやってみないと解らないだろう。それに、悪い事なんて、同棲してなくても起こる。大体にして相手は本條さんだからな〜」
「それはそうだけど…解ってるけど…」
「相手が青葉くんだと、何か問題でもあるって言いたいんですか?」と、怒りを露わに彼は異議を唱えた。
「いえ違います、悪い意味ではないです。寧ろ、良い意味のつもりで言ったんですけど…」
「俺も本條さんと居ると、落ち着くというか安心します。自分でも気付かなかった自分に気付ける。俺の知らない話を聴くのも、勉強になります。何より、楽しいです。でもふとした瞬間に考えちゃうんですよ…本当に俺で良いのかなって…」
(あぁ…やっぱりか。心の何処かではまだ無意識に、怖いって思っちゃってんだろうな。でも…)
「今お前が言った、本條さんと居て落ち着く…安心する。それと同じ様に、本條さんにとってもお前と居る事が、一番落ち着くし安心するんだぞ?」
「だから、それは解ってる。けどそれって…依存し合ってないか?」
「元宮先生…好きな者同士なんです。依存し合って、何か問題がありますか?まぁ…好きという感情を抜きにしても、人は誰かしら…または、何かしらに依存して生きているのではありませんか?」
「おっ、いい事言いますね。専門家みたいですよ」
「茶化さないで下さい」
彼は顔を赤くして、拗ねた様に上目遣いで睨んで来た。俺は(上目遣いも可愛いな〜)と思っていると、灯里が「イチャつくなら俺は帰るけど…」と、にやけ顔をして言う。
「イチャつくって…そんなんじゃないだろう」
「そうですよ。いつもの関谷先生の悪ふざけです」
「え、俺の所為ですか?!」
「だってそうでしょう?」
「確かに関谷の所為だな。全く…人が真面目な話をしてる時に、すぐ巫山戯るのは悪い癖だぞ」
二人から責められて、俺は頭を搔く素振りをしながら「すいません」と、素直に謝るしかなかった。そんな俺を見て、二人は示し合わせたかの様に笑った。
「コイツ昔からこうなんですよ。まぁ…場を盛り上げようと、気を遣ってるんでしょうけどね」
「クラスに一人は居る、ムードメーカータイプですよね」
「そんな良いものじゃないですよ。つまらないジョークばっかり」
「それが通用しないお前がクール過ぎるんだよ」
二人で俺をネタに笑い合ってる光景が、なんだか自然な様な…それでいて不自然な様な気がした。
(楽しそうではあるんだけど…なんか違和感を感じるんだよな〜。確かに俺に比べて灯里の方が、彼と話しをする機会も時間も少ないけど…なんだろうな…)
「まぁ…此処でこうして話し合っていても仕方ないので、もう一度…本條さん本人と話をしてみます」
「本当ですか?!」
「はい。でも期待はしないで下さい。話し合ったからと言って、必ずしも良い結果が出るとは限りません」
「それは解ってます。でもどうか、前向きに検討してみて下さい!」
「良かったですね」と言うと、彼は「はい」と笑顔で返事をした。
「だから、まだ結果は出てないだろう…」
そう言って灯里は、呆れた顔をしながら飲み残しのコーヒーを飲んだ。つられる様に俺もコーヒーに手を伸ばした時、彼は「次のお休みはいつですか?」と、唐突に聞いてきた。
「それは…関谷ですか?俺ですか?」
「あっ、えっと…元宮先生です」
彼がそう言うと、灯里はシフト表を取り出して、目を通し始めた。そして「俺は明後日です。関谷は明日ですね」と言った。
「残念だな…青葉くん明日、急遽オフになったんですよ。撮影のスケジュールに変動があったので…」
「大変ですね」と俺が言うと、彼は「よくある事ですけどね」と言う。
「青葉くんが帰りの車の中で、ずっと文句を言ってました。前の青葉くんからは想像が出来ません…」
「その話は本條さんから聴いてます。でも、文句を言うのは普通の事でしょう?今までが優等生過ぎたんです」
「それは言えてるな。仕事以外に興味が出て来たって事は、視野が広がるチャンスでもあります。それに、本條さんの事ですから、場を弁えた対応をしたんでしょう?」
「そこは抜かりなく、ちゃんと対応していました」
灯里の言う通り、どんな仕事でも急なスケジュール変更などがあれば、状況によっては誰だって文句の一つや二つ言うのが普通だろう。
今までの本條さんは、仕事にしか興味も何も持てなかった。どんな理不尽な事であっても、文句も愚痴も言わなかったのだろう。
でも今は違う。仕事以外にも興味関心を持ち、時と場合…相手によっては、そういう感情も吐き出す様になった。それは決して悪い事ではない。寧ろそれが、普通の感覚だろう。
(灯里も変わったけど、本條さんも変わったんだな)
「あ、じゃあさ…俺がまた、シフト代わってやるよ」
「えっ、でもこの前も代わって貰ったのに…」
「あの時は、逆に助かったしな。それに、俺には待っててくれる相手も居ないから、気にしなくて大丈夫だぞ」
そこまで言ってから(しまった!)と思った。様子を窺う様に彼の顔を見ると、いつもと同じ…あの、張り付けた笑顔で此方を見ていた。
(これじゃあ、返事を催促してるみたいじゃん…)
「そうですね…善は急げと言いますし、元宮先生の気が変わらないうちに、青葉くんと話し合って貰えたら嬉しいです」
「さっきも言いましたけど、急いでも、何回話し合っても、良い結果は出ないかも知れませんよ?」
「それでも…何かしらの打開策や妥協案は、見付かるんじゃありませんか?」
「それは一理ありますね。お互いが納得いく結果を出さないと、前には進めませんからね」
「早速ですが、青葉くんに明日の事を伝えますね。それともこの後…今晩から泊まりますか?その分、時間も出来ると思いますけど…」
彼は話しながらスマホを取り出して、本條さんに連絡をしようとしていた。
「う〜ん…じゃあ、泊まらせて貰います」
「解りました」と返事をしながら、スマホを打っている。そして「青葉くんのマンションまで、私が送りますね」と言った。
「いつもすみません」と灯里が言うと、やたらニコニコしながら「これも仕事ですから」と、彼は言った。
「関谷。急な話で悪いけど、後は頼んだ。何かあったらすぐ、連絡してくれて構わないから」
「気にすんな。それに最近は特に何も問題ないしな」
「そうやって油断してると、後で困る事になるんだからな」
「はいはい…解ってるって。それより、お前もちゃんと話して来いよ」
俺の言葉に、灯里は黙って頷いた。すると、灯里のスマホからバイブ音が聴こえた。灯里がスマホを手にして操作を始めた。
俺は画面が見えない様に…というか、見てないアピールをするかの様に、自分のスマホを弄り出した。すると、タイミングよくLINEの通知が届いた。表示を見ると、相手は目の前に居る彼からだった。
『まだ他に話したい事があるので、元宮先生を送った後、また此処へ戻って来ても宜しいですか?もし、仕事に差し支えがある様でしたら、日を改めさせて頂きます』
(わざわざLINEで…ん?他に話したい事?他に話…あぁ、あの子の事かな)と思い、俺は『大丈夫ですよ』と返信した。
「でも、引き継ぎが始まる前で良かったな」
「へっ、あぁ…そうだな」
急に灯里に話し掛けられて、焦りのあまり挙動不審な態度を取ってしまった。呆れた顔をして、灯里が小声で「態度に出過ぎだろ」と言った。
「マジ?そんなに出てる?」
「どうせあれだろ…俺を送った後、此処に戻って来るとかなんじゃないのか?」
「エスパーなの?!」
「だから言ってんだろ。顔や態度に出てるんだって。他の人から見たら、気付かないかも知れないけど」
「気を付けよ…」と言いながら、俺は何気なく正面を見た。彼はスマホを弄りながらも、顔を少し赤くしていた。
「じゃあ俺は、帰り支度をして来ます」
「あ、俺も行く」
「なんでだよ」と、怪訝そうな灯里に「夜勤交代の報告しにナースステーションと、書類を取りにロッカーに…」と言う。
「あ、そうか。野崎さん、すいませんが少しの間、此処で待ってて貰って良いですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「なるべく早く戻るので、待ってて下さいね〜」
俺が軽い調子で言うと「はい」と、笑いを堪える様に、口元に手を当てながら言った。
ロッカーのある更衣室に行く前に、灯里と二人でナースステーションに立ち寄り、シフト変更を告げた。予定が書かれているホワイトボードにも修正を加えると、更衣室へと向かった。
更衣室に入ると、灯里が着替えをしながら「そういえばさ…」と、思い出したかの様に話し出した。
「野崎さんに告白したの?」
「へっ?あれ…言ってなかったか?」
「聴いてない」
俺はこの前の宿直を交代した日に、彼に告白した事を掻い摘んで話した。それを聴いていた灯里が、唸りながらも「だからか…」と、妙な事を呟いた。
「はい?何が?」
「お前と野崎さんの間に流れる空気とか、野崎さんの態度とか違和感あったんだよ。でもそうか…それならそうなる訳だ」
灯里は一人頷きながら、合点がいったと言わんばかりの事を話し始めたが、俺には灯里の言いたい事が全く解らなかった。
「う~ん…もう少し解り易く説明してくれ」
「えっ、解らない?あの態度を見て?」
「まぁ…都合のいい解釈、あるいは願望を込めていいなら、解らなくもない…」
「お前は俺とは違う意味で、慎重な所あるよな。単に鈍いだけとも言えるけど。でもそこがお前の良さでもある。でもあの様子だと期待して良さそうだな」
「そうかな〜?」
灯里と俺とでは、似ても似つかぬ所も多いが、同じ環境で育った所為か、少なからず似ている所もある。だからこそ、お互い解り合える事もある。
でも今のは、褒められてるのか貶されてるのか、全く解らない。けどまぁ…灯里なりに励ましてるつもりなのかも知れない。
「それより…ほら行くぞ」
「そうだな」
(でもそうか…彼が灯里を送って戻って来る。そしてまた、いつもの様に仕事絡みの話をする。多分、今日も返事は聴けないな…)
そんなどうでもいい事を思いつつ、彼の待つ応接室へと戻った。
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