第1話

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第1話

Confusion ー 1 深夜の薄暗いホテルの一室。 備え付けのバスローブを羽織ると、ベッドの端に腰を下ろしてタバコに火を点ける。 深々とニコチンを肺まで吸い込んで、一気に煙を吐き出すと、背後から「私にも一本貰えますか?」と、声を掛けられた。 「へぇ…タバコ吸うんですね、これまた意外だな〜」 「青葉くんがタバコの臭いや煙が苦手なので、殆ど吸いませんけどね」 そう言ってタバコを吸う彼を見ていると、普段見せている顔とは全く別の顔がそこにあった。その表情からは何にも関心がないというか…どこか投げやりにも見えた。 普段の彼は、人当たり良い雰囲気と誠実さ、真面目さしか出していない。話し方も丁寧で、感情に任せて声を荒らげる事もない。物腰は至って柔らかく、なのに仕事は出来る。そういう事の全てが、彼に対する周りからの印象だろう。 彼も人の子だから、時には冗談を言ったり、怒る素振りくらいは見せるだろうけど。それでも大抵の人達には、いわゆる優等生タイプだと思われている事は想像に難くない。 だからこそ、目の前の彼とのギャップが大きく…その隠し持った一面を、どう受け止めたら良いのか正直よく解らなかった。 疲れてそうではあるが、それはいつもの事だった。特に今は、彼も俺も…そして互いの周りも、色んな問題や課題を抱えていて、大変な時期ではあった。 けれどそういった事とは全く関係なく、どういう理由があるのかは知らないが、いつの間にか俺にはそういった側面を見せてくる様になった。 (話しやすいとかそういう事なのか…?確かに、堅苦しくはないだろうし、灯里よりは愛想も良いと思うけど…) 「どうでした?男もなかなか良いものでしょう?」 「あ〜まぁ……悪くはなかったですよ」 「あれだけヤっておいて、感想がそれですか?」 「それは貴方が煽るからでしょ!あ〜いや、そうじゃないな。まぁ…ぶっちゃけると、気持ち良かったのは認めます」 (いやいや…だから余計に混乱してんだけどね?!そもそも、どうしてこんな事になったのかも、どうして俺だったんだ?っていう事とか…何一つ思考が追い付かないんですけど?!) 判断を付ける付けない以前の話で、辛うじて残っている理性でもってしても、思考は疑問へしか回帰しない。つまり堂々巡りしかしていない状態だ。 「こういう場合、快楽だけで善し悪しを決める…それで、私は良いと思うんですけどね」 「別に偏見から言っている訳じゃないですよ。そんな物があるなら此処には居ないし、そもそも手を組むなんて事にはならないでしょ」 「どうですかね……。例えば…今、此処に居て私とセックスしてなかったとしても、元宮先生を守る為なら、手を組む事は必然だったでしょう?」 「灯里を守る為だけではないですよ。以前からうちの病院では、LGBTQ問題で悩んでる人達も受け入れてきました。単に専門として診れる医師が不足していただけです。例え専門医師でなくても、遅かれ早かれLGBTQに対する知識は、当院の…全員とまではいかなくても…医師達には必要だと思っていましたよ」 確かに、灯里が本條さんと付き合う事にならなければ、今回こうして彼と手を組む事も、LGBTQに対する本格的な取り組み自体もなかっただろうとは思う。 彼の言う通り、灯里を守りたかっただけなのかも知れない。灯里と本條さんを通して、病院のアピールがしたかっただけなのかも知れない。 でもそうした切っ掛けがあったら、こうしてこの問題に取り組む様になったし、勉強をしていく程に、これからの時代に必要な事だと思ったのも事実だ。 それまでは…灯里や、他院の専門医師との遣り取りでしか知らなかったから、自分の認識が浅かった事を痛感した。その事を再認識すると同時に、より深く勉強する必要性があると感じたのも事実だ。 (そりゃあ、灯里が気にしない性格だから、俺も特に気にした事はなかったけど。だけど実際問題として、そこからメンタルの不調を訴えて、通院する患者が増えてるのは確かなんだよな…) 「そういう貴方はどうなんですか?貴方にとって大切な本條さんを、まだまだ偏見の多いこの世の中で、広告塔の様に扱う事は、一歩間違えたら、彼の将来が閉ざされてしまうんですよ?灯里個人が背負うリスクに比べたら、本人的にも事務所的にも、そっちの方が遥かにリスクが大きい」 「それについては、さっきも言いましたし…前にも話した通りです」 (そうなんだよ。最初にこの話を持ち掛けて来た時から、こうして何回か会ってるけど、この人はずっとこうだ。今日だってその話について、経過報告をする為に会っていた。なのに何故か、話の流れでセックスする事に…いや、話の流れとはいえ、何でこうなったんだよ…って、あ~また問題回帰してるじゃん……) 「でもそれはあくまでも建前で、本当の目的…貴方の本音は違うんじゃないですか?」 「……そこはご想像にお任せします」 (ほんとこの人、食えない人だよな~面倒だし。灯里も大概、面倒臭い性格してるけど、それ以上っていうか…なんて例えれば適切なのか、イマイチ解んないんだけど) 「あ、ちょっと質問しても良いですか?答え難かったら、無理に答える必要はないんですけどね」 「なんですか?」 「今更というか、野暮なんですけど…え〜と、ゲイなんですか?」 「ん〜そうですね……セックスだけなら、どちらとでも出来ます。だからバイなんだと思います。しかしそこに恋愛が絡むとなると、どちらとも言い切れない…気がしますね」 「それは、どちらも恋愛対象になるって事ですか?」 「逆ですね…どちらも恋愛対象にはならないんです。でも性欲がない訳ではないです。なので、聴こえは悪いかも知れませんけど、一晩限りの出会いを求めてします」 (待て待て…。バイだけど、そこに恋愛感情は入らないから、なんとも言い切れない。けど、アセクシャルの様に、性的欲求がないとか興味がない訳ではない。どういう事だ?どうにも…知識が足りないからか、おいそれと判断が出来ない) 「私は恋愛に向いていないというか、恋愛にさほど興味がないのか……もしくは、恋愛感情というものが欠如しているのかも知れません」 「え、それはまた…。本條さんと付き合う前までの、灯里みたいな事を言いますね」 「でも確か、元宮先生にはトラウマがあったから…でしたよね?でも私にはそういった物はありません。ですから、単に欠如しているだけの様な気がします」 (あっ…そういう事。う~ん……この面倒臭さは、灯里以上かも。アイツはトラウマを拗らせ過ぎて面倒だったけど…全てがトラウマの所為なハズないだろう……。なのにこの人はこの人で、感情の欠如って自分で言っちゃうし…。なんかもう、面倒って言うより厄介になってきたな) 「それじゃあ…話の流れとはいえ、今日こうして俺を誘ったのも、単に欲求不満を解消する為?」 「あぁ…まぁ……そうですね。お陰で、相手を探す手間が省けました」 「いくら相手が俺でも、もう少しオブラートに包みましょ~」 俺が冗談っぽく言うと、彼は笑いながら「意外とデリケートなんですね」と言った。 (ん〜こうして誰にも見せない一面を、多分…自惚れかも知れないけど、俺には見せる様になった。…気がしなくもない。だけどそこに特別な感情はない。なら今日だって別に俺じゃなくて、他の誰かでも良かったんじゃないのか?いや……解らん。あ〜、待て待て…また問題回帰してるし……) 性に奔放で例え相手が日替わりだろうが、その相手が異性でも同性でも構わない。それこそ、自分で決めた事なら、周りがどうこう口を出す事ではない。 灯里には何かにつけて小言を言って来たが、それだって、本人にその気がないのであれば、それを変える必要はないと思っていた。 (灯里は弟みたいなもんだから、つい口煩くなるというか…我ながら、過保護かも知れないと思った事もあったけど…) ただ…俺がずっと思っていたのは、そういう関係は虚しくはないのか?という事。そして、最初から恋愛する事を諦めてるんじゃないのか?という事。 でもそれは俺の価値観というか考えであって、それが決して正しい訳でもない。あくまでも、人それぞれだ。 灯里だって何も考えてなかった訳じゃない。好きで諦めようとしていた訳じゃない。だからこそ、本気で止める事はしなかったし、更生させるつもりもなかったのだ。 (そういう事は自分で気付いて、変わろうとしない限り無理だからな〜) 「あ、でも、特定の人と付き合った事がない…って訳じゃあないんでしょ?」 「勿論ありますよ。でも長続きしないんです。正直、仕事をしている時より、恋愛してる時の方が遥かに疲れるんですよね…」 まぁ…言われてみれば、恋愛は楽しい事ばかりじゃない。面倒臭いと思う時や、疲れると感じる時もあるのは認める。でもそれだけで、恋愛に価値を見い出せないものだろうか。 (イマイチ掴めない。そりゃあ…何でもかんでも恋愛に結び付けるのもどうかとは思うけど…) かくいう俺も、それなりに遊んでた頃もあった。それこそ若気の至りみたいなもんだ。取っかえ引っ変えとまではいかないが、来る者拒まず去るもの追わずだった。 執着心がない訳じゃないと思う。恋愛感情だってあったし、性欲だって普通にある。でも、欲求発散の為だけに、一夜限りの付き合いをした事はない。別にそれが正しい事だ、とは言わないけれど。 単に恋愛の優先順位が、他に比べて低いだけなんだろう。恋愛より上に重きを置く対象が、勉強だったり仕事だったり、灯里だったというだけだ。 その灯里が落ち着いた今、俺にもそういう相手が見付かれば、自然と付き合う事になるんだろう。 (年齢的にも、結婚を意識せざるを得ないとダメだろうな。まぁ…跡継ぎは兄貴だから、俺はあまり言われた事はないけど。でも、相手によっては考える事になるんだろうな〜) そう考えると、此処に居る彼はどうなんだろうか。自らを、恋愛感情の欠如と言っていた彼は、本当に恋愛感情を持っていないのだろうか?結婚については何も考えていないのだろうか? (いや…別に結婚が全てじゃないし、そこまで重要かってのも人それぞれ違う。ましてや、付き合う相手によっては、状況なんかも変わってくるだろう。あ〜灯里じゃないんだから、何でも理由付けをしようとするのやめよ…仕事じゃないんだし) 「ん〜それなら、俺との関係も今日だけなんですね」 「……そうですね…。明日からはいつも通り、仕事上のパートナーです」 (今の間はなんだったんだ?いや、さっきも確か…)と、思いながら二本目のタバコに火を点けようと、ライターに手を伸ばしたタイミングで、彼は「シャワー浴びて来ます」と言って立ち上がろうとした。 その時、手にしたタバコを灰皿に向かって放り投げると同時に、無意識に彼の手首を掴んでいた。 「え?」と呟きながら、面を食らった表情を浮かべる彼を、俺はそのままベッドに押し倒した。 「っ……。ふふっ…ついさっきまでは、そんな素振りもなかったのに…一体どうしたんです?」 「気が変わったんですよ。どうせなら、もう少し楽しもうかと思ってね」 俺はそう言うと、彼が羽織っていたバスローブの、肌けた胸元へと手を入れた。指先にあたった乳首を摘んで、こねくり回す様に弄る。 「んっ…あっ…」と、押し殺す様に喘ぐ。 (また声抑えてる。声出すの嫌なのか?恥ずかしいとか…では、なさそうだけど。さっきも、口元押さえてたり、歯を食いしばってたり…指も噛んでたし…) 俺は片方の乳首を指先で弄りつつ、もう片方の乳首を舌先で弄り出した。それでも、息は荒いのに声は押し殺したままだ。 (男でも本当に乳首で感じるんだな…)そう思いながら、指先に少し力を入れて、キュッとする様に摘んでから、歯を立てて甘噛みをした。 「あっ…やっ、あぁ…」と言うと、身体が大きく仰け反った。でもすぐに、手を口元へと覆う様に持って行った。 「声出すの嫌なんですか?」と聞くと、黙ったまま首を振る。 「でも声抑えてますよね?」 「ぁ……貴方には聴かれたくないんですよ」 「はぁ?どういう意味です?」 「いいから早く挿れて下さい。まだ柔らかいですよ」 そういうと、なんの躊躇いもなく足を開く。俺はもう考えるのを止めて、快楽だけを求めようと決めた。 アナルに指先をあてると、彼の言う通り柔らかかった。そのまま指を挿れて行く。一本、二本…と増やして行くと、スムーズに中へと飲み込まれて行った。 (さっきは彼にされるがままだったけど、今度は俺のヤりたい様にさせて貰うか。って事でえ~と…第二関節の辺りだっけ…。どこだ?え〜と…この辺か?) そんな事を考えながら指を動かしていたが、指が動く度にグチュグチュと卑猥な音を立てた。彼は相変わらず、息遣いは荒いのに、声は頑なまでに抑え込んでいる。 「はっ…んっ、ん"ん"っ……」 「あぁ…気持ち良い所って…ここですか?」 俺は、反応があった所を執拗に弄った。ついでの様に乳首に吸い付いて、舌先で焦らす様に弄った。 「っ…ん"っ…ダメっ、んっ……」 「イってもいいですよ」 「あ"っ、いっ…ん"ん"っ……」 顔を覆う様に片腕を顔の上に載せて、彼は全身で息をしているかの様だった。 (顔も見せられないってか…。ん〜やっぱり、なんだか納得いかない。なんで俺だと嫌なんだ?誘ったのはそっちなのに…まぁでも、そうやって必死なのも、正直ムラっとするけどね) そう思いながら、俺はゴムを着けたペニスを、彼のアナルへと挿れようとした。 「ゃ…待っ、まだイったばっかり…ですから…」 「でも俺も、我慢できないんですよね。それに…気持ちいい事が好きなんでしょ?」 「違っ…いや、そ、うです…けど……」 「う~ん…そうだな、後ろ向いて下さい。そうそう四つん這いね…じゃあ、挿れますよ…っと……」 これなら枕に顔を埋める事も出来るし、バックの方が呼吸もし易いだろうと思った。顔が見れないのは、ちょっと残念な気はしたけど。 「お"っ…ん"っ……」 「え、奥に当たってます?奥が良いんですか?」 「い"ぃっ…あ"っ……」 枕に顔を埋めてる所為か、何を言ってるのか聴き取れない。でも彼のペニスからは、汁が溢れて出しているから、勝手に気持ち良いんだって事にしておいた。 暫くはお互いの荒い息遣いと、時折洩れてくる…どこか熱を孕んだ様な、甘い感じの喘ぎ声だけが、部屋に響き渡った。 俺が(そろそろイきそうなんだけど…)と、思いながら腰を振っていると、突然彼が振り返った。そして俺の顔を見て「もう…ダメ……」と、吐息混じりに言う。 (え……)と思っていると、彼は再び枕に顔を埋めてしまった。 それを見て俺は、半ば強引に彼の身体を仰向けにさせると、顔を隠そうとする腕を掴んで奥まで突きまくった。 「あっ、また…イク…ん"、ん"っ…あ"ぁっ……」 「っ……」 必死に声を我慢しつつも、快楽に堕ちたその顔を見て、俺もつられてイってしまった。 (マジか俺…可愛いとか思っちゃったよ。しかも、その顔を見てイっちゃうとか…変態か。いやでも、普段とのギャップがあり過ぎるのが悪い。ん〜灯里を見ている所為か、ギャップ萌えした事ないんだけどな…) 俺は何事もなかったかの様に、彼に「シャワー先に浴びます?」と聞いた。 「…お先にどうぞ。私はまだちょっと……」 「そんなに激しくしたつもりはないんですけどね」 「貴方とお付き合いされる方は大変ですね」 「珍しいですね~、褒め言葉なんて」と言って、茶化すと「褒めてませんよ」と素っ気なく言う。 「ですよね。では遠慮なく…俺は、先にシャワー浴びて来ますね」 そう言いながらバスルームに行き、シャワーを勢いよく出した。滝行の如く頭からお湯を浴びながら、思わず「はあぁぁ……」と、盛大に溜息を吐いた。 人間は誰しもが、裏と表の顔を持ち合わせていて、それを上手く使い分けて、日々を生きている。それは別に悪い事ではない。寧ろそれが、普通なんじゃないかと思う。 でもここまで裏表が激しいと、それだけストレスが溜まっているのか、何か大きな悩みでもあるのか…。はたまたトラウマの様な何かを抱いているのか…なんて、つい考えなくてもいい事まで考えてしまう。 (あ〜も〜!職業病ってやつか?!) 一度気になったら、ずっと気になってしまう…その理由を探そうとしてしまう。 (だとしたら俺も、灯里の事は言えないな。それともなにか…?彼だから気になった?……いやいや、それはないだろう……多分…)
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