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Live.10
▶ ENCOUNTER > player name:Yuppie_07&hachi_888 <
スカウトの返事をしたら、トントン拍子で面接と撮影の日時も決まった。その事を報告しに、ゆか兄の家に向かったとある日曜の昼下がり。
「さっ……」寒いと言おうとして、言葉が途切れた。寒がりのクセに、目的地がすぐそこだと思うと、つい薄着のまま家を出てしまう。
門を開け閉めして、玄関を入ってリビングに行くと莉夏さんが居た。
「ちぃ〜っす」
「おや、結人くん。ま〜たそんな薄着で……寒くなかったのかい?」
「寒かったです……」
「でしょうな。あ、なぎがキッチンに居るから、何か温かい飲み物を貰うといいよ。でも、ごめん。なぎちょっと機嫌悪いかも」
莉夏さんが最後に不穏な事を言うから、恐る恐るキッチンに行って声を掛ける。
「ナギ~、何か温かいお茶って、おまっ……」
「あ、結人か。なに、温かいお茶って緑茶?紅茶?」
「てか、お前、なんつー格好してんだよ!下穿けよ!」
「んあ?あぁ……え〜、別に今更照れなくてもいいじゃん」
そう言ってニヤける凪沙に腹が立つ。そもそもこの家は、いつ誰が来るかも解らない。なのに、パーカーに下着だけという神経が解らない。しかもこの、クソ寒い時期になんでそんな寒そうな格好しているのか、余計に解らない。
(ゆか兄ですら一応、寝る時用の着物か浴衣は着てるというのに……)
「土日とか休みの日は、近所の子達は誰も来ないよ」
「そういう問題じゃないだろ。少なくとも蓮や怜か俺の、誰かは来るかも知れないんだから」
「も〜、家に居る時くらい楽な格好でいいだろうが。嫌なら見るなよ」
その開き直りに余計に腹が立ったが、莉夏さんが凪沙の機嫌が悪いと言ってた事を思い出した。
(このくらいの不機嫌さは許してやろう)と思った時、不意に「そういえば、面接と撮影の日程って決まったの?」と、思い出したかのように訊いてきた。
「決まったよ。その報告をしようと思って来たんだよ」
「え、いつ?いつ~?」
「27日。てか、来なくていいからな」
「え〜、お姉ちゃん心配だな〜」という凪沙に「ウザ絡みやめてくださ〜い」と言った。
「酷いな〜。真面目に心配してんのに」
「それはまぁ……っていうか、ゆか兄は?」
「にぃには昨日の昼過ぎ頃から出掛けてて……あれ?帰って来てんのか?」
そう言って考え込む凪沙に、キッチンに入って来た莉夏さんが「にぃになら夜中の3時頃に帰って来たよ」と言う。
「莉夏起きてたの?」
「トイレに行っただけ。そのタイミングで、下からガタガタと音が聴こえたから、にぃに帰って来たんだな〜って」
ここの家は広いだけあって、1階と2階にそれぞれトイレと風呂がある。2階は凪沙と莉夏さんの部屋と客間がある。1階はキッチンとリビング。そして、ゆか兄の書斎と自室があって、娯楽室みたいな部屋もあった。
「ゆか兄が1人で出掛けるなんて珍しい」
「あはは……それは言えてる」
「大体、なぎが付き添うからねぇ」
俺が言った一言に、凪沙と莉夏さんが笑いながら言った。だけど俺はなんとなく変な気がして……あぁ、変っていうか違和感?しか感じられなくて、笑う気にもなれなかった。
(いやだって、人に関わるのが嫌で、極力外に出たくないって言ってる引き籠もりが、お供も連れずに1人で出掛けるとか変だろ?ホントたま~に、こういう気紛れおこすけど……ガチで謎の自由人、意味不明だわ)
「結人、起こしてくれば?」
「俺が?」
「だって、にぃにに用事があるんでしょ?」
「それはそうだけど……」と言い淀んだのは、ゆか兄を起こすのが怖いから。たまにすげぇ寝起きの悪い時があって、ガチで怖い思いをする。ホラーとはまた違うベクトルの恐怖。
「締め切り前とかじゃないから、寝起き悪くないと思うよ」
「そういうなぎは、そろそろズボン穿いた方がいいと思う」
「あ、ホントじゃん。普通に忘れてた」と言って、凪沙はリビングに向かった。
「じゃあ、俺はゆか兄起こしに行ってくる」
俺はキッチンを出て、ゆか兄の書斎と自室がある方へと向かった。自室の前で止まってドアをノックしたけど、返事はなかった。
いつもなら、返事がなくても声を掛けながら、勝手に部屋に入って行くのだが、この時は何故かそれを躊躇ってしまった。
(どうしよ……何か……勝手に入ったらダメな気がする)と、変な予感めいたものが脳内で降って湧いた。
(でも起こしに来たのに、起こさないのも変だよな?)という、言い訳っぽい気持ちも湧いて出た。
俺はもう一度ドアをノックしながら「ゆか兄〜」と、声を掛けた。でもやっぱり返事はない。俺はもう一度……今度は、ドアをノックしながら「ゆか兄〜」と、声を掛けながら部屋に入って行った。
部屋に入ると床に服が散乱していて、着物がないのが珍しいと思った。服が散乱しているのが気になったが、下手に片付けてもな〜と思って、あえて気にしない事にした。
ゆか兄のベッドに近付きながら「ゆか兄起きて」と声を掛けて、手を伸ばそうとした時、俺の目に入って来たのは、裸で寝ているゆか兄のキレイな寝顔と、ゆか兄の腕枕で寝てるイケメンだった。
(えっ?!な、ななな……何この状況?!)
完全にパニックになった俺は、そのままゆか兄の部屋を出て、リビングへと飛び込んだ。
「おわっ……何、どうしたん?」
「ゆ、ゆか兄が……裸で……知らない人と、寝て、寝てた……」
「ん?にぃにが?んな訳ないでしょ〜」
「にぃには、誰かを連れ込む様な事しない」
凪沙と莉夏さんは、交互に否定するように言った。俺もそう思うっていうか、思いたい。昔、そういう約束もした。でも今確かにこの目で見てしまった。
(ん?待て待て……あれ?イケメン?うん……男の人だったよな?)
「ゆか兄ってゲイなの?」
「はい?」と言って、凪沙が驚いたような、呆れたような顔をした。すると莉夏さんが「にぃにはバイだよ」と、事もなげに言う。
「結人、知らなかったの?」
「知る訳ないじゃん!聞いた事もないし!そもそも、ゆか兄ってこのテの話に乗って来ないじゃん!」
「乗って来ないっていうか、興味ないんだと思うよ。人の話は聴くけど、自分の事は何も言わない……まぁ、昔からそうだったけどね」
「そんな事よりなぎ、にぃにの部屋行って確かめてきなよ」
莉夏さんが冷静に言うと、凪沙は「そうだね。ボク見てくるね」と言って、ゆか兄の部屋へと歩いて行った。
その後ろ姿を見ていたら、なんとなく気になってきて、少し時間を置いて凪沙の後を追うように、俺も再びゆか兄の部屋に向かった。
ゆか兄の部屋から、凪沙と誰かの声が聴こえてくる。よく聴くと、ゆか兄の声も聴こえてきた。
「せやから、酔っ払った伊吹を送って行くんが面倒になって連れて来たんやって」
「じゃあ、なんで真っ裸なの?えっ、もしかして2人ってそういう仲?」
凪沙が、驚いてるようで興味あるような言い方をする。声しか聴こえてないけど、どんな顔してるか想像できる。
「んな訳あるかい。タチ同士でどないせいっちゅうんじゃ」
「縁人さん。今それは問題じゃなくて、何で俺はこんな格好な訳?」
「着替えさせる途中で面倒になったんや。寝とる奴をここまで運んで、着替えまでさせるんはキツいわ」
(え?あんまりよく聴き取れなかったけど、今の声って……)
「何もしてないよな?」
「お前相手にするかいな。勃つもんも勃たへんわ」
「それはそれで複雑だな〜」
「いや、そんな事よりマズイって。にぃにも七種も早く服着ろ。結人が来てるんだよ」
凪沙の焦ってる声が聴こえた。なんとかフォローしようとしてるんだろうけど、俺はゆか兄が話をしていた相手の声の主が誰だか解ってしまった。
「なんや、結人来とんのかいな」
「え、ゆっぴ~……くん?」
推しが俺の名前を呼んでる。でもこの状況で呼ばれても、嬉しいとは思わない。
「結人くん、どうした~?にぃに起きた~?」
なかなか戻って来ない俺達が気になって、様子を見に来たのだろう莉夏さんの声に、部屋の中に居た3人が、驚いた様に「えっ?!」と短く叫んだ。
俺は部屋の入口に立つと、ゆか兄に「ゆか兄のバカ!ゆか兄なんて嫌いだバーカ!絶交だからな!」と言って、勢いよく玄関を出ると、家まで走って帰った。
自分の部屋のベッドにダイブして、始めて自分が泣いてる事に気付いた。
(なんで泣いてるんだろう)と、自分でも不思議に思った。
ゆか兄と推しが知り合いだったから?その2人が裸で一緒に寝てたから?ゆか兄に推しを取られた気がしたから?推しにゆか兄を取られた気がしたから?
(違う。どれも違う……けど、どうして泣いてるのかなんて解らない。でもなんかモヤモヤする……)
その時、家のインターフォンの音が、俺しか居ない家の中に鳴り響いた。
>>>
「んふふっ……あはは……何やアイツ……絶交て……今時の小学生でも言わんやろ……」
「泣いてた……」
「そりゃ泣くだろ!いくら誤解でも、好きな人のこんな現場見たらさぁっ!」
「なぎ、落ち着いて」
俺は凪沙の言葉にハッとして、急いで服を着ると、彼の後を追う様に部屋を出た。玄関を出ても、彼の姿は見えなかったけど、近所だという事は聴いていたから、一軒一軒、家の表札を見ながら歩いた。
(なんで追い掛けてるんだろ。そもそも俺は、彼に何て言う気なんだよ)と思いながらも、何分も経たずに彼の家を見付けた。そしてインターフォンを押す。だが、家の中が静まり返っているのか、家の中からもインターフォンの音が聴こえた。
(いや、でも……なんか誤解されたままは気持ち悪い。しかもこれが原因で、スカウトの話を断るとか言われたら俺の責任問題。まぁ、それならそれで俺にとっては面倒な事にならずに済む。でも俺の所為で、彼と縁人さんの仲が悪くなるのは困る)
衝動で彼の後を追い掛けて来たのはいいが、本気でどうしたらいいのか解らなくなってきた。でも、インターフォンを押してしまった以上、引くに引けない気もしてきた。
もう一度インターフォンを押した時、俺の横を縁人さんが横切って、彼の家の玄関を開けて中に入って行く。
「え?縁人さん、なに勝手に……っておい、聴けよ」
「おい結人、居るんやろ?出て来ぃや〜」
縁人さんは俺が制止する間もなく、ズカズカと中へ入って2階へと上がって行く。俺はどうしたらいいか解らず「お邪魔します」と言って、縁人さんの後を追った。
「おいコラ結人、開けろや。それとも、ドア壊してもおてええんか?」
「ちょっと、乱暴はダメだって。てか、なんでアンタがキレてんだよ」
その時、ドアに何かが当たる音がした。それと同時に「2人とも帰れよ!」と、怒鳴る声が聴こえた。
「ええから開けんかい!」
「開けるかバーカ!」と言いながら彼は、ドアに向かって何かを投げ付けている様だった。
「チッ、こんクソガキ……ほんまにドアぶち壊すで!」
「ん?縁人さん、血が出てる……って、唇んトコ切れてるじゃん。なんで?!」
俺がビックリして訊くと、縁人さんは「凪沙に殴られたんじゃ」と言った。
「縁人さん殴るとかアイツ正気かよ」
「仲直りするまで帰って来るな言うて追い出されたわ」
「絶交だって言っただろ!」
「せやけどなぁ、結人。お前が泣いとる思おたら、放っとける訳ないやろ」
そう言って縁人さんは、ドアの向かいの壁に、寄り掛かる様にして座り込んだ。俺はシャツの袖で、縁人さんの唇の血を拭いた。
「っ……」
「あ、ごめん。てか、人並みに痛覚あるんだな」
「お前は俺をなんやと思おてんねん。俺かて、痛いもんは痛いわ」
縁人さんはそう言ったきり黙った。それから暫くは、誰も何も言わなかった。10分くらい経った頃、ドアが開いて彼が出てきた。
その目にはまだ少し涙が滲んでいて、下唇を噛み締めていた。けど彼は、縁人さんの傍まで来ると、縁人さんの手を握って「救急箱下だから……」と言った。縁人さんは無言で、彼に手を握られながら下に降りて行った。
俺は開けっ放しにされた、彼の部屋のドアを閉めようとして、何気なく中を見た。決して広くはない部屋に机が置いてあり、その上にはPCとモニターがそれぞれ2台あった。
ふと足元を見ると、さっき投げ付けたのだろう、数冊のスケブと、彼が描いたのだろうデザイン画が散乱していた。それを拾い集めていると、ヘッドセットまで落ちていて、思わず「大切だろう」と呟いた。それも一緒に拾って、纏めて机の上に置くと、部屋を出て下へと降りて行った。
「いっ……」
「痛くても我慢しろって言っただろ」
「我慢しとるやろ」
俺は声のする方へ歩いて行くとリビングがあって、ソファに2人で座っていた。彼が縁人さんの手当をしている様だ。
「ほら終わったよ」
「ありがとさん」と言って、縁人さんは彼の頭を撫でる。彼は恥ずかしそうにしながらも、甘える様に縁人さんに凭れ掛かった。そんな彼の肩を抱く様に、縁人さんが優しい声で話し始める。
「結人お前、さっきの本気で誤解したやろ?」
「誰だってするだろ」
「ほな、泣いてた理由はなんや?」
「自分でも解らない。けど……昔、約束した事をゆか兄は覚えてないのかなって……だからショックだったのかも知れない」
何気なく、2人の会話を聴いていた。そして、泣いた理由が自分でも解らないなんて事が、実際にあるのだと始めて知った。何かしらの事象には、何かしらの理由なり原因がある。
例えば、笑うのは楽しいから。さっきの彼の場合なら……泣いたのは悲しかったからとか、そういうこじつけの様な理由なり原因があるハズ。でもそれが解らないというのは、映画やドラマ以外で始めて聴いた。
(まさに、真実は小説より奇なりってやつ。昨夜も似た様な事……あぁ、縁人さんが世間は狭いって言ってたやつだな)
「あ、伊吹。ほんなとこに居らんと、こっち来て一緒に話しようや」
「えっ、あぁ……はい」
俺が2人の前に座ると、縁人さんが「ほな、ちゃんと話するな」と彼に向かって言う。すると彼は黙ったまま頷いた。
「コイツは七種伊吹。昔からの知り合いで、凪沙の高校の時の同級生でもある。仕事でも多少の付き合いがあって、俺が遊び仲間とやっとる動画配信の、混合色のメンバーやで」
「混合色?メンバー?俺、ゆか兄の動画は見てないから……」
「ほら、知らんかったやろ?」と俺を見て、縁人さんは笑って言った。
「はじめまして、はちという名前で配信活動をしてます、七種伊吹です」
俺が改めて自己紹介をすると、彼は「やっぱりそうなんだ」と呟いた。
「結人も自己紹介しぃや」
「はじめまして、一ノ瀬結人です。ゆっぴ~って名前で、配信活動してます」
彼はそれだけ言うと黙ってしまった。すると縁人さんが「ん?ほんだけか?はちさんに憧れて〜とか言わんのか」と、揶揄う様に言い出した。
「ちょっ、ゆか兄!デリカシーって言葉知ってる?」
「普通そういう事って、本人の前で言わないだろ。ゆ……」
(あれ?どっちの名前で呼んだらいいんだ?)と考えていたら、彼は「配信中じゃないんで結人でいいです」と言った。
「じゃあ俺も、本名で呼んでくれると助かるんだけど」と、お願いする様に言うと、彼は「解りました」と頷いた。
「なぁ……結人、機嫌直ったか?」
「縁人さん、まだ何も説明してないけど?!」
話をしようと言っておきながら、当の本人はまだ何も説明していない。なんなら俺も、まだ何も話していない。なのにどうやったら機嫌が直るのか知りたい。
「えっと、結人くん。縁人さんと俺は、そういう仲じゃないし、本当にただの知り合いで、ゲーム仲間です」
「昨夜みたいに、飲みに行く仲でもあるなぁ」
「いや、そうだけど。結人くんが誤解する様な関係じゃないって事」
(どうして誤解に誤解を招く様な事言うかな……そんで、なんで俺が必死になって言い訳してんだろ)
「別にどんな関係でもいいです。でも、ゆか兄が……」
「それはごめんて。けど、その辺に寝かせておくのも気が引けるやろ。万が一にでも風邪引いて声が出ぇへんってなったら、お前もファンもガッカリするやろ」
「それは許さない。でも約束破った事はもっと許さない!」
俺の声はどうでもいいけど、さっきから彼が言ってる約束というのが解らないから、そこのフォローだけは出来ない。
「元は俺が酔っ払ったのが悪いんだよな……」とボソッと言うと、縁人さんが「それは悪くないやろ」と言う。
「そうです。はちさ……じゃなくて、七種さんは全然悪くないです。全部ゆか兄が悪い!」
「家はまずかったな」
「そういう事じゃないだろ。それとも縁人さんは、バレなきゃ何してもいいってタイプか?」
俺がそう言うと、2人は驚いた様なキョトン顔をしながら、それぞれ「え?」「なんて?」と口にした。
「だって、結人くんは縁人さんの事が好きで……だから、俺が縁人さんと一緒に寝てたのが許せなくて……だから怒って、泣いたんじゃないの?」
「「はぁ?!」」
2人に綺麗にハモられた。どうやら俺は全く見当違いな事を言ったらしい。でもそうとしか考えられなかったから、そう言っただけなんだけど。
「えっと、俺がゆか兄を好きで……」
「そんで俺達が付き合うてて、俺が浮気したと……伊吹はそう思おた訳やな?」
「違う?だって凪沙も怒ってただろ」
(あの状況でこんな事になったら、考えられる原因ってそれしかないだろ?)と思った。
彼の怒りも、あの甘えっぷりもそうとしかみえないし、縁人さんの態度も普段とは全く違ってみえた。そう……凪沙に対するシスコンとは、また違った甘やかしさが恋人か何かに対してのそれとしか思えなかった。
「確かにゆか兄は初恋だったし、いや、今でもたまにカッコいいなとか、キレイだなって思うけど……これは多分、恋愛とかじゃなくて憧れだと思う」
「あぁ、小さかった時の結人に、盛大に告白された事はあったけど……今はそないな風に思おてくれとるんや。良い事聴いたわ」
2人の遣り取りに脳が付いて行けない。結人くんが縁人さんを好きって事は俺の勘違いだった。だから、2人が付き合ってるのも勘違い。
「じゃあ凪沙が言ってた、好きな人の……って言うのは?」
「伊吹の事やろ?」
「ん?俺?」「え、違うけど?」と、縁人さんの言葉にお互い絶妙なタイミングで返事をしてしまった。
「あ、いや、あの……俺は、はちさんの大ファンで、ぶっちゃけるとガチ勢です。それでよく、リアコって間違われるんですけど、あの俺……この気持ちが恋愛なのか憧れなのか解らないんです」
「でも好きなんやろ?」
「好きか嫌いかで訊かれたら、好きですはい。でもそれははちさんに対してであって、でも、本物が目の前に居るとか、何これ夢?それとも俺、今日死ぬの?いや死んでもいいけど、嘘まだ死にたくない。あ〜でも、イケメンのスパダリ2人に囲まれて死ねるならそれでも良いかも」
(ん?テンションがおかしな方向に行ってないか?てか、イケメンのスパダリ2人って誰の事だ?あ、縁人さんか。いや、縁人さんてそんな……あれ?前にもこんな……あぁ、青葉も似た様な事を言ってたんだった)
「結人、オタク特有のノンブレスになってんで」
そう笑いながら縁人さんが言うと、彼は恥ずかしそうに「キモくてすいません」と謝った。
「別にキモくはないけど……訊いていい?」
「なんでしょう?」
「なんで急に敬語やねん」と言って、縁人さんがおかしそうに笑っている。
「念の為っていうか、確認なんだけどさ……イケメンのスパダリって誰の事言ってる?」
「はちさんとゆか兄」
彼が真顔で言うと、縁人さんは「もうアカン。笑い過ぎて腹が捩れるわ」と言って爆笑してる。
「あのさ、縁人さんの従弟だから、縁人さんの実態は知ってるよね?」
「人間嫌いの引き籠もりですね。ユルいとこもあったり、だらしないトコもありますけど。でもそこ以外は普通にイケメンだし、何でも出来るトコなんかはスパダリ」
(ちゃんと見て解った上で判断してんだな。基準が低い気がしなくもないけどな)
「でも、はちの実態は知らないよね?もし……はちが、結人くんの思ってる様な人じゃなかったらどうすんの?」
「そうですね。全て俺の妄想ですから。スパダリについてはゲームの腕前と生配信からの情報しか知らないんで、勝手に妄想してたんですけど。あ、勝手に妄想してホントすいません」
またしてもノンブレスで語っている。そして、ふと思い付いた事を訊いてみた。
「現にこうして目の前に居るのは、七種伊吹って奴で、結人くんの好きなはちじゃないんだけど?」
「それはそうです。七種さんは七種さんです。でも、イケメンで優しい人だなとは思いました」
(ちゃんと線引きはしてるのか……だとしたら、ただのうっかりなだけなんだな)
「あの……はちさんていうキャラが好きなのか、中の人も含めて好きなのか、っていうその辺の境界があやふやなんです。さっきの、恋愛なのか憧れなのか解らないていうのと同じなんですけど」
ちゃんと線引きは出来てる。ドジっ子なのはキャラの特性としてはあり。寧ろそれも彼の売りだ。あとは、うっかり発言とかにさえ気を付けてくれれば、彼をうちからデビューされられる。
「結人くん。うちから、スカウトの話きてるよね?」
「はい。今度、面接と撮影があります」
「えっ、そこまで話進んでんの?」
「スカウトの話受けます、って返事したらすぐに日程が決まったんです」
(俺マジで何も聴いてないけど、どうなってんだよ。そりゃあ、本職も忙しくて気を遣ってくれてんだろうけど、一応サブなんですけど?)
「結人くん。えっと……これからもヨロシク」
「はい、これからも応援してます!」
(え……?)
「ぶはっ……あはは……お前らおもろ過ぎやろ……」
ツボに入って爆笑が止まらない縁人さんと、話が噛み合わない結人くん。その2人に着いて行けない俺の、妙な関係が大きく変わっていくのはまだ少し先の話。
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