Live.9

1/1
前へ
/10ページ
次へ

Live.9

▶ STAGE―2 > player name:hachi_888 < 1月も半ば。年末前からやっていた映画の編集も大詰めを迎え始めた。他の映像チェックもこなさないといけない為、俺を含めた数人は毎日の様に残業が続いていた。 (それももう終わるのか……)と、少し寂しく思った。そう思うくらいには、俺はやっぱりこの仕事が好きなんだと思う。周りからは"拘りが強すぎる"と、嫌味とも取れる事も言われるが、俺は(拘りを捨てたら良い物は作れない)と思っている。 今時そんな考えは古いと解っていても、採算度外視だと言われようとも、それでその作品や、その作品に出てる演者が評価されるなら、ガヤの声なんて気にしてられない。 子供の頃、小道具や大道具を作っていたベテランの爺さんが『例え作ってる物が偽物だろうと、本物だと思わせる事が出来ればコイツらにも価値はある』と話してくれた事を、今でもハッキリ覚えている。 多分俺はその頃から、目の前で繰り広げられる撮影自体よりも、それを支える裏方の仕事に興味津々だった。その中でも、映像チェックをしてる所を見るのが一番好きだった。 そんな俺にアイツは『残念。伊吹は見られるより、見る方が好きなんだね……お爺ちゃんに似たのかな?』と、心底残念そうに言っていたのもハッキリ覚えてる。 (別に演じる事が嫌いだった訳でも、爺ちゃんみたいな舞台監督になりたかった訳でもないんだよな。でも、俳優にはならなくて正解だったとは思う……何かと面倒臭そうだしな) 「七種、こっち終わった」 「こっちも終わった。じゃあ……今日はもう終わりにして、とっとと帰るか」そう俺が何気なく言うと、どこからともなく「そうしよ!」「やった!久し振りに早く帰れる!」等と、皆の声が聴こえてきた。 残業続きだった後の早い時間の帰宅は、誰しもが喜ぶだろう。とはいえ、早めの帰宅時間というだけで、定時で帰れる事は殆どない 「あっ……そうだった俺、明日は午後から出勤だから」 「じゃあ、今日はゆっくり休めますね」 「だと良いんだけどね」と言ってから、皆に「それより早く帰るぞ」と促した。 映像室の戸締りをして、皆でエレベーターで下に降りる。1階に着くと、一部の照明は暗くなっていて、明るくなっているのは、正面玄関とこのエレベーター前だけだった。 「俺、車だからついでに鍵を警備に返しとくな」 「お願いしま〜す」 「お〜。じゃあ、気を付けて帰れよ」と声を掛けると、俺は皆とは逆の方向にある、警備室と駐車場に向かって歩き出した。 それから1時間もかからずに帰宅。手洗いとうがいを済ませるついでにシャワーを浴びて、着替えてからキッチンの椅子に座って一服しつつ、コーヒーを淹れる。 足元に猫2匹が擦り寄ってくるも、構いたくなるのを堪えて適度にあしらうと、ペットボトルを片手に撮影用の部屋に入った。 明日の出勤を午後からにしたのは、忙しい合間を縫って録画だけしておいた動画の、編集作業をする為だった。それに加えて、予定より早く帰って来れたのはラッキーだった。 編集すると言っても、録画したゲームを"わざと"音声なしのゲーム音のみで、文字を入れるだけにした。 配信をやるようになったはいいけど、最初は声を出したくなかった。ボイスチェンジャーという手もあったが、それはなんか自分的に気持ち悪かったから止めた。それで、あえてゲーム音と文字だけにした。 ゲーム実況動画なのにゲーム音と文字のみなんて、最初は(そんなに数字取れないだろうな)と思っていた。でも思ってたより数字が取れたのは、嬉しい誤算だった。何より、手間が掛からなくて済む。 昔「それの方がめんどくない?」と言われたが、俺には喋ったり、大袈裟なリアクションをする方が面倒臭かった。俺には向いていたんだと思う。なので、今でも忙しい時はこの編集方法で動画をupしている。 (これで何回かは配信できるから、次の休みまでは保つな) そう思いながら時計を見ると、とっくに日付けは変わっていた。午後からの出勤とはいえ、休みな訳じゃない。 「はぁ……寝るか」と呟いて、いつもと同じ様にPCの電源を落とし、ゴミをキッチンへ持って行くと、寝室のベッドに潜り込んだ。 そんなこんなで映画編集が終わると、バカみたいな忙しさは通常の忙しさに戻り、休みもちゃんと取れる様になった。 そして、待ちに待ったある日の休日。その日はソロでのゲーム動画の撮影をして、編集も終わらせた。ソロだと視点の切り替えもしなくて済むし、ピンポイントでテキスト貼りをするだけだから楽だ。 (音源もOKだな。あ、明日も休みだし……もう一本撮っておこうかな。そうだ。この前初見プレイしたゲーム動画……あれの反応ってどんな感じだろ?) そんな事を考えて、何気なく動画サイトを開いた。何人かの知り合いが、それぞれ新しい動画をupしていた。勿論、その中にはクローネの連中もいた。そして、とある知り合いの動画の中に、例の"ゆっぴ~"がいた。 (あ゙〜、忙しくて忘れてた)と、本気で忘れてたいた事に気付いたが、名前を見た瞬間すぐに思い出した。 概要欄を読むと、どうやらコラボらしい。知り合いも出ていて、好きなゲームだった事もあって、俺はその動画を観る事にした。 スカウトの件がどうなったのかは知らない。というより、本業と自分の配信の事だけで精一杯で、単に忘れていた。でもこうして改めて見ていると、彼の話し方やリアクションは面白かった。 (結局、最後まで観ちゃったけど……まぁ、全体的に面白かった。あとで感想でも送っとくか) そして再び(やっぱりこのままは勿体ないな〜)と思ってしまった。確かにまだ拙くて、粗削りな所も多々ある。だけど、それすらも武器になりそうな気もした。要は、彼にはまだまだ伸び代があるという事だ。 ただ最近upされている動画を観たら、編集が何となくおかしな事になっていた。そんな些細な事が気になって、彼の動画を最初から見直した。というか、古い物は友達とやっていた様で、これらは飛ばした。彼が1人で活動してからの動画を見付けて、それらを観始めて気付いた。 (編集はこの、最後に出てくる"Ray"って子がやってるんだな)と思った。確かに、Rayというクレジットがない動画に関しては、チグハグというか……端的に、下手としか言い様がなかった。 (それでもこれだけ人気なのは、彼が持ってるモノ……キャラのお陰か?下手ではあるけど、決して面白くない訳じゃないし。ただ、こういうトコとかもう少し……って、悪い癖だな) 俺はタバコを吸いにキッチンへと移動すると、考えれば考える程(でもなぁ……)と、思わずにはいられなかった。いくら仕事とはいえ、そう割り切れないのは多分、面倒な事になりそうな予感がするから。 (本人がちゃんと線引きしてくれるのかどうか。会社というか、Vの連中がちゃんと手を打ってくれるのか……) VTuberでもYouTuberでも芸能人でも、モニターやスクリーンの向こうに居る相手に対して、どうしてそこまで本気で好きだと言えるのか解らない。 目の前に居る相手に対してですら、何を考えてるかなんて解らないのに、会う事すらないだろう相手に、よく恋愛感情を抱けるもんだと、ちょっと呆れる。 生身ではないとはいえ一応、VTuberも人気商売だから、愛想良くしてるけど、一貫して名指しはした事はないし、特定の誰かに向けて何かを言った事はない。マメにコメントを送ってくれたり、額の大きい投げ銭を貰っても一切、ノーコメント。 (そこがいいとか言われてるみたいだけど、それがもう理解出来ないんだよ。早い話、俺個人というよりは、俺が演じてるキャラが好きって事なんだろうけど……それならなんで、俺を特定しようとすんのか意味不明なんだけど) 時計を見るともう19時は過ぎていて、もう一本撮るかどうしようか悩んだ。その時、スマホがLINEの通知を知らせた。俺はタバコを咥えて火を点けると、スマホを取ってLINEを見た。相手は縁人さんだった。 内容は『今日暇?暇やったら飲み行かへん?』という、用件だけのアッサリしたものだった。 (相変わらず唐突。しかも用件だけってのが……まぁ、あの人らしいけど) 俺はもう一本動画を撮るのをやめて、久し振りに飲みに行く事にした。OKの返事を送ると、待ち合わせの時間と場所を決めた。 タバコを吸い終わると支度をした。ふと待ち合わせ場所が、うちの事務所の近くなのが気になった。 (まさかアイツ……いやいや、いくら面識あるとはいえ、それはちょっと考え過ぎだな。それに、縁人さんがわざわざ出向くとも思えないし。そもそも家から出るなんて珍しい) 何はともあれ、時間通りに待ち合わせ場所に行くと、5分前には着いたのに、縁人さんはもう既に待っていた。いつもの着物ではなく、珍しくラフな格好をしていた。 「すいません、遅れました」 「遅れてないで。俺が早く着き過ぎただけやねん」 「珍しく着物じゃないんですね。レアなんで写真撮っていいですか?撮りますね」と言って、スマホで写真を撮った。 「お前なぁ……」そう言ってる割りに、そこまで嫌そうではない。撮られるのが嫌いと言っていたけど、多分それは相手によるんだろうと思う。 撮る相手が誰にせよ、徹底して嫌がる人も一定数はいるけど、少なくとも縁人さんはそこまでではない訳だ。 「それより、どこ行くんです?」 「あ〜、店は決めてないねん。メシは食うたんか?」 「動画編集してたんで、食べるの忘れてました」 「相変わらずやの~」と言って縁人さんは笑った。 「伊吹、なんか食いたいもんあるか〜?」 「回ってない鮨が食いたいです」 「回っとる鮨なんぞ食いたないわ」と、眉間にシワを寄せて言いながら、どこかへ電話をしている。 電話が終わると、着いて来いと言う様にさっさと歩き始めた。後を追って隣に並ぶと、俺は何気なく聞いた。 「てかそんなに嫌です?」 「嫌や。人多いし、煩いし……あっこはゲーセンか?」 真顔でそういう縁人さんが面白くて、思わず声を出して笑ってしまった。 「ゲーセンなんて行かないでしょうが」 「若い頃は行ってたで。けど、おもんなかったな……家でゲームやってる方が好きやったわ」 「あぁ……それは何か解る」 俺がそう言うと、縁人さんが「せやろな。あ、着いたで」と、何の看板も出ていない、一軒の店らしき前で止まった。 「え、ここって鮨屋なんですか?」 「せやで。看板も何も出しとらんけど、ちゃんと鮨屋や。ここの鮨は旨いで~」 「隠れた名店的な?」 「ん?覚えとらんのか」と言いながら、店の引き戸を開けて、中へ入って行く。 何の事を言っているのかと考えながら、再び後を追う様に中に入って行く。すると縁人さんが「大将、伊吹連れて来たで」と言う。 「お、伊吹か。いや〜、大きくなったな〜。しかも男前に育ったじゃねぇか」 (え、何?どういう事?)と思っていると、その大将とやらが、おしぼりを渡しながら言う。 「あはは……まぁ、覚えちゃあいねぇかもな。最後に来たのはいつだったか……そん時はまだ、こんなに小さかったしな」 「ふ〜ん、て事はあれか?社長さんは顔出しとらんのけ?」 「いや、たまに来てるぞ。でも来る時は大抵、1人だな……」 (勝手に話が弾んでるけど、全く付いて行けない。俺は昔、ここに来た事があるのか?) 「俺は、お前の爺さんによう連れて来て貰ってたんや。うちの爺さんも一緒やったけどな」 「爺ちゃんに?!ん?て、事はもしかして……」 「せやで、お前も俺も小さい頃に会うた事あんで。あ、俺はいつもの日本酒くれ。伊吹は何飲むんや?」 「あ、じゃあ……薄めのハイボール」 「それほぼ炭酸やんけ」と笑って言う縁人さんに、俺は「酒強くないから」と言った。 「縁人も初めて来た時は、まだ小さかったな。けど、その頃から大人顔負けのふてぶてしさで、伊吹と違って可愛気がなかったなぁ」 「ふてぶてしいとは失礼やな。まぁ、確かに可愛気はなかったやろな」 「今と大して変わらねぇな」と大将が言うと、2人で大笑いしたが、全く話に付いて行けない。 「まぁ、思い出せんでもしゃーないわ。俺かて、幼稚園だか小学生の頃の話しやしな」 「そんな昔の記憶なんて、ある訳ないだろ」 「ほんなもんか。あ、腹減っとるんやったな……好きなもん頼みぃや。俺は刺身の盛り合わせくれ」 「じゃあ、貝以外のオススメ下さい」 俺が注文し終わると、それぞれ目の前に置かれた酒を、乾杯みたいな仕草をして「お疲れさん」「お疲れ様です」と、お互いに言った。 暫く無言で飲み食いをしていたら、不意に「正月は実家に帰ったんか?」と訊かれた。 「帰る訳ないでしょ。コンビニに行く以外は家に居ました」 「遊びにも行かんかったんか」 「配信で話した通り……あ、そういえば……」 「ん?」 「いや、年末の話なんで正月とは関係ないんですけどね」 「なんや、言うてみぃや」 そう言われて、年末に青葉に会った話をした。一緒にいた元宮さんの話もして、2人の仲の良さも付け加えた。 「へぇ〜、あの青葉がなぁ……んなら、最近の青葉の顔付きが違う訳も納得や。しかも相手が灯里先生とは……世間はホンマ狭いなぁ」 「ん?縁人さん、元宮さんの事知ってんですか?」 「名前だけやけどな」 「引き籠もりのクセに、なんでそんなに顔広いんだ」と言うと、縁人さんは「完全に引き籠もりな訳ちゃうからな」と困った様に笑った。 「実はその先生の事は、下の従弟とそのパートナーが関係しとってな。話しをよう聴いとるから知っとるだけや」 「あぁ、従弟達って近所に住んでるんでしたっけ?」 「そそ。あ、せや。お前んとこ……新しい配信者が入るんやろう?」 「相変わらず情報早いな。それとも情報が洩れてんのか?でもまだ、スカウトするかしないかって段階だったと思ったけど……?」 俺はブツブツ言いながら、再び例のゆっぴ〜の事を思い出した。あれからどうなったのかすら聴く暇もなかったから、何も解らないのが現状だ。 (この前、野崎さんに会った時も、特にこの話はしなかったし……マジどうなってんだろ?) 「あ〜、ちゃうねん。情報が洩れとるんやなく、情報源が俺に相談しに来たんや」 「へっ?はい?」 「その新人配信者も俺の従弟やねん」 「え"っ?!マジで?!」 縁人さんの言葉に、自分でも驚くくらい大きな声が出た。さっき縁人さんが世間は狭いと言っていたが、いくらなんでも狭過ぎる。というより、都合が良過ぎる気さえしてくる。乙女ゲームならこの辺で『これが運命』とか、そういうテロップが出たりする場面。 「ん?相談に来たって事は……え〜と、ゆっぴ〜くんにスカウトの話が行ったって事?」 「なんや、伊吹は知らんかったんか?」 「映画の編集が入ったからソッチが忙しくて、任せっきりにしてた。そもそもその件に関しては、Vのマネージャーがやるって話だったから……」 最後は自分に確認する様に言いながらも、心の中で(なんで誰も言ってくれなかったんだよ)という、どこか矛盾した気持ちもあった。 「じゃあ、スカウト受けるんですね」 「ん〜どうやろ?解らん」 「えっ、だって相談に行ったんでしよ?」 「せやけど、かなり悩んどったからなぁ……どうなんやろな」 その言葉に思わず(え?)と思った。俺……というか、大ファンのはちと同じ事務所からデビュー出来る。あわよくば、生のはちに会えるチャンスとばかりに、速攻で返事をするんだと、俺は勝手に想定していたから。 (悩む要素も必要性も見当たらないんだけど?いや、会わなくて済むんだから、受けなくてもいいんだけど……) 「結人……あぁ、えっと……ゆっぴ〜の本名が人を結ぶで、結人ゆうねんけど。アイツ意外とビビリっちゅうか、変な所でマイナス思考やねん」 「はぁ……」 「スカウトの話は嬉しかったと思うねん。けど「いざプロになるんや」思おたら、色々考えてもうたんやろな」 「単純に「有名になりたい!」ってだけで、よく解らない動画上げてる奴もいるのに?」 今や人気の職業なだけあって、YouTuberになりたい奴等も多い。VTuberに至っては、副業感覚でも出来ちゃうから尚更なんだろう。 でも肝心なのは数字と内容。子供達が思ってる程、簡単でも楽でもない。数字が取れても内容に変わり映えがなければ飽きられる。不用意な発言をすれば炎上する。異性とコラボするだけでも、根も葉もない噂が飛び交ったりする。 それでファンが離れていったり、ファン同士で喧嘩し始めたり……意外とシビアで面倒な世界。 (そういう意味では、芸能界と同じ様なもんだよな。まぁ一応、芸能人的な立ち位置ではあるけど。Vの世界は境界線があやふや過ぎるな) 「へ〜そうなんや」と、縁人さんは興味なさそうに言った。 「ぶっちゃけ……もっと今どきの子って言うか、チャラい感じの子ってイメージだった。うっかり発言とかするから、ドジっ子なのかなって印象もあったし」 「ドジっ子なんはリアルでそうやけどな。けど、動画で見せとる部分は、あくまでも演技みたいなもんやんか。表の顔と裏の顔を使い分けとる感じ」 「まぁ、そうだけど」 人気商売だけに、観る人には好印象を植え付けて、数字を取りたいと思うのは、決して悪い事じゃない。そもそも、対人関係をスムーズに済まそうとするなら、例えそれが愛想笑いでも、しないよりしていた方がいいに決まってる。 (俺にはそのスキルが備わっていないけど。ん?あれ?ちょっと待て……) 「そういえば、ゆっぴ~くんが縁人さんに、相談しに行ったって言ってましたけど……」 「お前の事はなんも言うとらんぞ」 「まぁ、そうだよな」と安心したが、今度は違う疑問が湧いて出た。 「え、でも混合色の動画でバレてるんじゃ……?」 「アイツなんでか知らんけど、俺が出とる動画は観ぃひんから、バレてない思うで。お前かて、SNSで特に混合色の話はしとらんのやろ?」 自分のソロがメインで、コラボに関する話もしてる。でも混合色は紅(ベニ)さんと白(シロ)さんの紅白まんじゅうの2人に任せてるって言うか……混合色の話はしたくないのが本音。 混合色のメンバーとのコラボは楽しくて好き。和気藹々とした雰囲気で、一緒にプレイしてても安心出来る。だからなのか、あまり知られたくない気持ちもあって、敢えて混合色の話はしていない。 その事をそのまま伝えると、縁人さんはどこか納得した様に話し出した。 「確かに"はち"のファンが、大量に押し寄せてきたら大変な事になるなぁ。でも、知っとるファンもおるやろ?」 「いるけど、わざわざ自分からは言いたくない」 「なら伊吹にとって、混合色は隠れ家的な存在か」 「まぁ……そんな感じかな?バレてるから、隠れ切れてないんだけど」 そう言って笑うと、縁人さんが「無理に声出しさせて悪かったなぁ」と神妙な顔で言う。 「声出しに関しては、縁人さんが気にする事じゃない。遅かれ早かれ、声出しは解禁してたと思う。現にこうして、Vになっちゃったし」 「それは前に話してた、例のファンの子の事かいな?」 「そう。でもそれはそれで勉強になった。それに、縁人さんが遭ってきた被害に比べたら、全然マシじゃん?」 「比較するもんちゃうやろ」 縁人さんは笑いながら言った。でも、過去から数年前辺りまでに、縁人さんが実際に被害に遭った件数やその内容を、紅さんと白さんから聴いてると、思わず身の毛がよだつ。ホラーよりこうした話の方が怖い。 「暴走したファンは、手に負えない。だから相手が同業者でも、ファンですって人には会いたくないし、会わない様にしてるんだけど……」 「あぁ、結人か。アイツはその辺の区別つけられるぞ。ドジっ子でウッカリしとる所あるけど、ちゃんと弁えとるから大丈夫やと思うで」 「まぁ、後輩が「先輩に憧れてます」的なのは、どこにでもある話だから別にいいけど……会いたくないんだよな〜」 そう思いながらも(でも野崎さんじゃないけど、あの原石を手放すのは惜しいんだよな〜)と、矛盾した考えが頭の中でグルグルしている。 「せやけど、同じ事務所になったら、会わん訳にはいかんのとちゃうか?」 「そうなんだよ……そこが問題。対策打つって野崎さんは言ってたけど俺、Vの管理もやってるのに無理じゃん。会社は広いけど、行動範囲考えたら会う確率の方が高いだろ」 「なんや急に愚痴り始めるやないか。酒回っとんのか?」 揶揄う様に言う縁人さんに、ムッとして「悪いか」と、酔った勢いで悪態を吐いた。 「ほんま酒弱いねんな……冗談やと思おてたわ。ゆーて、割りと飲んどるな」 「たまには俺の愚痴も聴け」 「俺、お前に愚痴った事あらへんけど。まぁ、おもろいから聴いたるわ」 その言葉を切っ掛けに、縁人さん相手に散々愚痴りまくった記憶が何となくある。でもその後の記憶は殆どなかった。 そして、意識の遠くの方で誰かの声が聴こえた気がして、薄っすら目を開けると縁人さんの顔が至近距離にあった。思わず(寝顔も綺麗だな)と思った瞬間、何故か縁人さんも俺も真っ裸な事に気付いた。 唯一パンツは穿いてたけど、それが逆に生々しくて、そんな状況に俺は完全にパニクっていた。 (えっ?!何だこの状況……)
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加