1/1
前へ
/8ページ
次へ

「どうしたの? まりあちゃん」 「あの、あの、今日は大事な日で……。浩二(こうじ)さんには何て言われるか……。わからないけど……。絶対お別れはしたくないし……」  おっとりした言い方のまりあ。しゃべり方も幼稚園のときと同じ。 「ちょっと、まりあちゃん、何を言ってるのか、さっぱりわからないんだけど……」  何となく恋の悩みのような雰囲気は感じるが……。 「……玉垣、じゃない、高橋先生。私、神さまに懺悔(ざんげ)をしにきたの」 「懺悔……ねえ。まりあちゃん、まだ洗礼(せんれい)を受けてないのかな?」 『洗礼(せんれい)』とはキリスト教徒となるために、教会で行う儀式のことだ。洗礼を受けることでカトリックのキリスト教徒となる。まりあは、ミッション系の聖母幼稚園に入園していたが、キリスト教の信者でなければ入園できないと言うことはない。家族全員信者ではない家庭も多い。まりあは、父親が信者だった。 「はい。洗礼は受けてません。シスター・リディアが、『洗礼は(あせ)って受けなくていいよ、しっかり道を歩んでからでいいのよ』って言ってくれたので」 「まあ、シスター・リディアがそんなことを」  シスター・リディアはスペイン人で、修道院(しゅうどういん)修道女(シスター)だ。よく聖母幼稚園に手伝いに来ていた。当時は、まりあをとても可愛がってくれた。  外国人の神父やシスターは、すぐに洗礼を受けなさいと言うのだが、シスター・リディアは、まりあに洗礼を勧めなかったと聞いて意外に思った。当時何か、考えがあったのだろうか……。 「あらーー! まりあちゃんじゃないの!」  入り口の方から声がした。私とまりあが振り向くと、シスター・リディアが立っている。 「シスター・リディア!」  まりあちゃんは、立ち上がると脱兎(だっと)のごとくシスターに駆け寄った。そして、幼稚園児のようにハグだ。スペイン人のシスターや神父はよくハグをする。 「元気だった? あら、泣いていたの? お化粧がくずれてる」  シスターは、まりあの顔を見つめて言った。 「そうなんです。シスター。私がここに来たときにまりあちゃん、一人でお祈りをしていたの。よく聞いたら懺悔をしていたって」  そう言って私は、まりあの肩に手を置いた。 「懺悔? そうか、まりあちゃんは、まだ洗礼を受けていないのね」  シスターは、ほほ笑んだ。 「え? え? 何でわかるんですか? さっきも高橋先生が、私が洗礼を受けてないのかなって言ってましたよね」  私たちを交互に見るまりあ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加