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Ⅱ
「どうしたの? まりあちゃん」
「あの、あの、今日は大事な日で……。浩二さんには何て言われるか……。わからないけど……。絶対お別れはしたくないし……」
おっとりした言い方のまりあ。しゃべり方も幼稚園のときと同じ。
「ちょっと、まりあちゃん、何を言ってるのか、さっぱりわからないんだけど……」
何となく恋の悩みのような雰囲気は感じるが……。
「……玉垣、じゃない、高橋先生。私、神さまに懺悔をしにきたの」
「懺悔……ねえ。まりあちゃん、まだ洗礼を受けてないのかな?」
『洗礼』とはキリスト教徒となるために、教会で行う儀式のことだ。洗礼を受けることでカトリックのキリスト教徒となる。まりあは、ミッション系の聖母幼稚園に入園していたが、キリスト教の信者でなければ入園できないと言うことはない。家族全員信者ではない家庭も多い。まりあは、父親が信者だった。
「はい。洗礼は受けてません。シスター・リディアが、『洗礼は焦って受けなくていいよ、しっかり道を歩んでからでいいのよ』って言ってくれたので」
「まあ、シスター・リディアがそんなことを」
シスター・リディアはスペイン人で、修道院の修道女だ。よく聖母幼稚園に手伝いに来ていた。当時は、まりあをとても可愛がってくれた。
外国人の神父やシスターは、すぐに洗礼を受けなさいと言うのだが、シスター・リディアは、まりあに洗礼を勧めなかったと聞いて意外に思った。当時何か、考えがあったのだろうか……。
「あらーー! まりあちゃんじゃないの!」
入り口の方から声がした。私とまりあが振り向くと、シスター・リディアが立っている。
「シスター・リディア!」
まりあちゃんは、立ち上がると脱兎のごとくシスターに駆け寄った。そして、幼稚園児のようにハグだ。スペイン人のシスターや神父はよくハグをする。
「元気だった? あら、泣いていたの? お化粧がくずれてる」
シスターは、まりあの顔を見つめて言った。
「そうなんです。シスター。私がここに来たときにまりあちゃん、一人でお祈りをしていたの。よく聞いたら懺悔をしていたって」
そう言って私は、まりあの肩に手を置いた。
「懺悔? そうか、まりあちゃんは、まだ洗礼を受けていないのね」
シスターは、ほほ笑んだ。
「え? え? 何でわかるんですか? さっきも高橋先生が、私が洗礼を受けてないのかなって言ってましたよね」
私たちを交互に見るまりあ。
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