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Ⅰ
寒い季節は、暗くなるのが早い。午後5時でもう薄明だ。1日も終わろうとしている切なさを感じる。齢50も過ぎると、私には寒さも体と心に応える。
小さな私鉄の駅を出て数分歩くと、夕餉の明かりが、ちらほらと灯り始める住宅街に入る。その先に、カトリック教会のカテドラル(大聖堂)がある。高い尖塔と入り口の大きな丸いステンドグラスは、60年間住民から親しまれてきた。
私は、聖堂の入り口にある6段の石段を踏みしめながら登った。大きな扉の横にある通用ドアを通って、聖堂内に入る。明かりは煌々と灯り、白い光で包まれた空間だ。正面の壁に掛けられているイエス・キリスト像の顔もはっきりと見える。
私は、この教会のイエス様の像が好きだ。磔刑像だが、安らかなお顔だからである。私は、像に向かって十字を切る。その後、聖堂内の小さな納戸から、ほうきとちりとりを取りだす。明日は早朝、土曜ミサがある。そのために聖堂内の掃除をするのだ。近隣に住む信者が当番で行っているが、私ともう一人修道院のシスターが今日の掃除当番だ。シスターはまだ来ていないみたい。私はさっさと掃き掃除を始めようと、ほうきとちりとりを持って聖堂を見渡した。
「あら?」
ふとベンチを見ると、聖堂の中央あたりに人の姿。ひざまずいてお祈りしているようだ。合掌して頭を下げている。ここは教会。このような場面はめずらしいことではない。
赤いロングコートを着た、ボブヘアの若い女性だった。何事かぶつぶつとつぶやいている。頭を下げて謝っているような動作で、その姿に悲壮さを感じた。
ほうきで、はくふりをして、若い女性に近づいた。ちらりと顔を見る。
「あれ! まりあちゃん?」
女性の顔をのぞき込んだ。
若い女性は、驚いたように顔を上げた。
「たま、玉垣先生……? 玉垣先生ですよね? 聖母幼稚園のとき、私が天使組だったときの先生!」
「そう。よく覚えていたわね。今は、姓が変わって高橋だけど……。ホントに久しぶりね。何年ぶり?」
「あのとき5歳だったから、今26なので21年ぶりです」
「ああ、懐かしい。変わらないわ。まりあちゃん。すぐわかったもの。でも、どうしたの一人でお祈りなんて?」
私はベンチでひざまずいている、まりあの隣に座った。幼児の面影をはっきりと残している。よく見ると目が赤い。泣いていた?
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