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「懐かしいね。」
一通りキャンパスを回り、腰をかけたベンチで美佳さんが呟く。
大学はちょうど春休みなのか、人はあまりいなかった。
それが功を奏したのか、気軽に思い出の場所を見ることが出来た。
お互いの研究室や、食堂や図書室など
当たり前のようにそこにあるものが
2人を大学生の頃に戻してくれた。
「また、たまには来たいね。」
「そうだね。今も楽しいけど、やっぱり一番自由で充実してたのは、多分大学生だったと思う。」
「俺もそうかも。お金はないし、今と違う忙しさはあったけど。それでも、大学生が1番楽しかったな。」
風に運ばれる落ち葉を眺めていると、美佳さんの小さく震えている肩に気がついた。
「ベンチ、意外に寒かったよね。そろそろ、車に戻ろっか。」
そう言って、ゆっくり立ちあがろうとすると、右肘を小さな力が元の場所へ戻す。
「もう少し、いたいな。」
震える小さな手。
乾風で目にゴミが入ったのだろうか
少し潤ませた瞳が
俺の心を吸い寄せていく。
やっぱり
可愛い。
上目遣いだからか。
いや違う。
今日ずっと一緒にいたからなのか。
いや違う。
この気持ちは
きっとそんな単純なものなんかじゃない。
この気持ちを抑えるなんて
この気持ちに正直にならないなんて
俺には、出来ない。
「美佳さん。」
「…はい。」
「俺と、俺と…付き合ってください。」
「…。」
「美佳さんが、大好きです。」
「…よ。」
「え?」
「私、翔也くんが思ってるほど、いい子じゃないよ?」
「俺は、美佳さんが…」
「私ね、前にも彼氏がいたの。でも、彼の浮気で別れたの。………私が悪いんだって。私が仕事を優先したり、自由にして寂しくさせたんだって。だから…だから私とは付き合えないんだって。そう、言われたの。」
「そんなの、その元彼が…」
「それから、私も彼を忘れようとした。違う人を好きになろうとした。…でもダメだった。ずっと…ずっと不安が拭えないの。また、浮気されたらどうしようって。そんなの、そんなのないってわかってるのに。なのに!どうしても忘れられなくて…」
溢れ出す感情に、涙を流しては拭いを繰り返す。
寒さ以上に震える肩に手を添えて、俺は深く、深く深呼吸をする。
………よし。
「俺、さ。実は、美佳さんと初めて逢ったくらいの時期から、7年付き合ってた彼女がいたんだ。でも…彼女の浮気で別れたよ。刺激がないって。なんてつまらない理由なんだって。こっちは結婚まで考えて準備してたのに…ほんと、馬鹿みたいな話。」
「………。」
「でも…周りにいた人たちが教えてくれたんだ。俺が腐りそうになってた時、色んな人が手を差し伸べてくれて。"幸せは、一つじゃない" "お前には、もっと大きな幸せが待ってる"って。」
「………。」
「今日、美佳さんと過ごして思ったんだ。俺が探してた幸せって、きっと今日のことだったんじゃないかって。皆が言ってたのは、このことだったんじゃないかって。
勿論、すぐにその不安が拭えるとは思わない。まだ、美佳さんの全てを分かち合えないかもしれないし、美佳さんが今みたいに涙を流しても、気づかずにいることもあるかもしれない。
それでも、俺はいつか美佳さんの思い描く幸せを、一緒に叶えていきたい。失くしたもので生まれた隙間を、いつか2人で埋めていきたい。
美佳さんと、同じ辛さを味わったから…そんな俺だから…きっと出来ると信じてる。根拠のない自信かもしれないけど…だけど…」
「もし…」
美佳さんが俺の思いに言葉を重ねる。
「もし、私が翔也さんを愛したら、私の未来を新しい幸せで上書きしてくれますか?」
「…美佳さんが思い描く未来なら、きっと2人とも幸せだよ。」
この時に見せた笑顔は
きっと、これからも一生忘れないだろう。
「美佳さんが好きです。俺と、付き合ってください。」
「………はい。」
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