樹海での告白

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 捜査を進めているうちに、最初に容疑者として名が上がったのは米谷義男の婚約者である佐伯多美だった。近隣の住人からの証言で彼女が米谷義男から日頃暴力を受けていることが判明し、事件当日の足取りも不明瞭だった。 「そんな理由で警察は罪もない一般人を疑うんですか。被害者はむしろ私の方だったと思うんですけれど」  そう言う、佐伯多美の頬にはまだ出来て新しい痣が残っている。生々しい暴力の痕跡は彼女が受けてきた苦痛の毎日を物語っているのと同時に、米谷義男殺害の動機にも見て取れた。 「何度も言ったとおり私が家にいたことを証言できる人なんていません。平日の深夜に一緒にいる人なんて限られていますから」   「義男さんの帰りはいつも何時頃なんですか?」 「日によってバラバラです。早く帰って来るときもあれば、その日は帰ってこないこともありました。連絡はしてこなかったので正確な時間は分かりません」 「あなたは梶紀子さんと義男さんの関係についてないかご存じですか?」後ろで事情聴取の様子を見守っていた時臣が訊ねた。 「初めて聞いた名前です」 「もうご存じの通り、義男さんは梶紀子さんと樹海の中で遺体となって発見されました。そこは自殺の名所としてよく知られている場所です。そんな場所に二人で行くなんて普通の関係じゃない。あなたは浮気されている可能性について考えなかったんですか?」 「考えたところで何も意味はありません」多美は無感情な声で言った。「それにそんな言い方はないんじゃないですか。暴力を振るわれていたとはいえ義男さんは私の婚約者だった人です。幸せな時間とはいえなかったかもしれないけど、少なくない時間を一緒に過ごしてきました。その人が昨夜に亡くなったんです。もう少し言い方に配慮があってもいいんじゃないでしょうか」  佐伯多美は二人の刑事をじっと見ながら言う。そこには何か強い意志が宿っているようにも見えた。
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