お口直し:檸檬のシャーベット

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お口直し:檸檬のシャーベット

 確かに疑問に思っていた。なぜ遠距離恋愛なのかと聞いてもカスミは答えようとはしてくれなかった。  そしてもう一つ。あの日の車の運転手が未だに捕まっていないことだ。両親の命が散ってから二度目の桜が散ろうとしているというのに、犯人は一体どこにいるのだろう。こんな後味が悪いままなら私の人生は次には進めないだろう。そう思っていた矢先だった。 「急に呼び出してごめんね」 「気にしないで。それにしてもいい景色だね」 桜が散り始めた夜のことだった。カスミは急に私をこのレストランへと呼び出した。注文をしてからしばらくは本題には入らず食事を進めた。 「お待たせ致しました。こちらはお口直しの檸檬のシャーベットでございます」 「魚料理どうだった?病院食よりも美味しいかったでしょう?」 「あぁもうあの薄味を忘れてしまうくらいにね」  私たちは互いに笑った。  そしてしばらく沈黙が続いた後 「カスミ。そろそろ本題を聞かせてもらえないか?」 「えぇ。そうよね、ごめんなさい」  そうしてカスミはゆっくりと語り始めた。 「ごめんなさい、あの日車に乗っていたのは私なの」 「え?」 「隠していて本当にごめんなさい。でもこれ以上は辛くて」 「待て待て、それはおかしい。普通車で人を轢いて、警察から逃げ切れる訳ない。なんかの勘違いだ、君はまだ混乱しているんだ」 「普通はそう思うよね。でもね驚かないで聞いてね」 「うん」 「実は私……桜を見ると時間を巻き戻すことができるの」  カスミは警察から逃れるために何度も時間を巻き戻して生きてきたらしい。遠距離恋愛もそのためだった。私は驚いたがすぐに理解し質問を返す。 「それは……あの日以降から?」 「いいえ、それより前よ。あの日急にブレーキが効かなくなって……、とっさに近くにあった桜並木の桜を見て今日をやり直そうとしたの、だから突っ込んだの」 「じゃあなぜ時間が戻ってないんだ!なぜ桜を見なかった!?」 「それが、猛スピードってのもあったし、何より……」 「何より?」 「その時みた貴方の顔に見惚れていたのよ。あの一瞬で桜を背景にするほどに」  彼女は少しだけ微笑んでいた。  その時、私は思ったよ。  早く次の肉料理が食べたいと。  私は全ての感情を押し殺してこう言った。 「檸檬のシャーベットが溶けてきた。頂こう」  その時既に魚料理の味は口には残っていなかった。  もちろんあの病院食もね。  これが私がこのレストランに辿り着いた経緯だ。結構散々だろう。  しかしまだ話は終わっていない。むしろメインはここからなんだ。    私は一人で夜景を楽しみながら溶けかけや檸檬のシャーベットを口へ運び終えると、向こうから大きな皿が近付いてきた。 「お待たせ致しました。こちらは肉料理のサーロインステーキでございます」  ウェイターは銀色のクローシュを持ち上げる。  
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