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肉料理:サーロインステーキ
話し始める前に少し失礼する。
「ウェイターさん!ちょっといい?」
「はい、なんでしょう」
「すまないが、焼き方はレアと伝えてあるはずだが。これはウェルダンに見えるが?」
「大変申し訳ございません。今すぐ作り直して参ります」
「すまないね、よろしく頼むよ」
さて話を続けよう。
「許してもらおうなんて思ってない。けどどうしても吐き出したくて、ごめんなさい」
「私がなぜ檸檬のシャーベットを頂こうって言ったか分かるかい?」
「あなたは溶けてしまうと言ってたわ……」
「確かにそうだ。溶けてから食すのは料理人に失礼だからな。ただもう一つある」
二人の会話の途中、ウェイターが早歩きで戻ってくる。
「お話しの途中失礼致します。お待たせ致しました、こちらは肉料理のサーロインステーキでございます」
「それは……お口直しの料理の時にナイフを持つのは作法に反するからだ!」
ウェイターがクローシュを持ち上げるのを待たずに、私は手に持っていたナイフでカスミの首を切りつけた。首の切り傷からは真っ赤な血肉が顕になっていた。カスミは咄嗟にテーブルクラスで首を押さえるが少しして絶命した。今思うとクローシュを持ち上げるのを待つべきだったと反省しているよ……。思い出すだけでも恥ずかしいね。その後はひたすら走ってあの場所へ向かった。そして散りゆく桜をみて自分の感情と向き合う。次目が覚めた朝に怒りが残っていたのなら、その日も彼女を殺した。それをひたすら繰り返した。
そしたらある日こんな事が起きた。
彼女は電話で私をレストランに誘わず
「ごめんなさい」
と言い残し自殺したのだ。
どうやら時間の巻き戻しをしても潜在的な経験は少し残るらしい。それが彼女の中で蓄積し爆発したのだろう。
どうだったかな?かなり面白い話だったろう?
あの惨劇から私は桜に呪われていたんだ。だから嫌いだった。でも今の私を見たまえ。復讐を完遂し呪いから解放されたんだ。
まぁ結局私の人生は桜では終わらなかったって訳だ。
「大変お待たせ致しました。こちらサーロインステーキのレアでございます」
「どうも」
ウェイターが銀色のクローシュを持ち上げようとした時だった。テーブルの上に置いていた手に激しい激痛が走った。
「痛っ!!」
その手に目をやるとナイフが深々と刺さっておりそれはテーブルにまで達していた。
「嘘はよくないよ、あなた」
私が顔を上げるとそこには死んだはずのカスミが座っていた。
「なんで……カスミが!?」
「あっウェイターさん、外してもらっていいですか?クローシュはこのままで」
「はっはい……」
二人で夜景を独占した。そしてカスミは落ち着いた顔でゆっくりと語り始めた。
「あのウェイターは間違ってなかった。私がウェルダンと頼んだんだもの」
「なぜお前が生きている?」
「時間の巻き戻しで精神が狂ったのは貴方の方よ」
「は?」
「まぁ教えてあげるわ何度も。食事でも楽しみながら」
今の私は黙って話を聞くしかなかった。
「貴方が勘違いしているのは肉料理からよ。貴方はナイフを私を切りつけたと思っているけどそれは誤り、狂った貴方が生み出した幻想よ。本当は私が貴方にガソリンをかけ火をつけたよの」
カスミは銀色のクローシュを持ち上げる。
大きな皿には何故かウェルダンのステーキが盛られていた。
「そんなの嘘だ!私は騙されないぞ!」
私は手からナイフを抜くとカスミの目に突き刺した。
「話は最後まで聞くのがマナーよ。それで貴方はまるコゲよ。かろうじて生きていたけど喋れないし、体も動かせない。私は何回も時間の巻き戻しを繰り返してこの重度の怪我を求め続けたのよ」
カスミは目からナイフを抜き取ると目の前のステーキを食べ始めた。
「これは夢って言いたいのか?」
「そうよ。重症の貴方が時間を巻き戻して朝に見てる悪夢よ。貴方も気づいていると思うけど、この能力はね使えば使うほど目覚めが悪くなるの。私も苦労したわ」
「信じるかクソ女が!」
私はフォークを彼女の首に何度も突き刺した。
カスミの傷口からは血が滝のように流れるが、彼女は全く動じずにステーキを平らげた。
「そんなに信じないなら試してみたら?」
カスミがそう言うと遠くからウェイターが小さな皿を運んでくる。
「お待たせ致しました。こちらはデザートの季節限定ティラミスでございます」
ウェイターは銀色のクローシュを持ち上げる。
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