好きと嫌いと死神と

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「好きです」 「嫌です」  即答だった。  なぜだ。準備は万端。今朝の占いだって、恋愛沙汰にはハートが五つ並んでいた。  僕はがっくりと肩を落とし、気圧に潰されそうになりながら、誰もいない屋上で、ただただ予鈴の音を聞いていた。今日はこのまま帰ろうかな。 「あんた、これで何人目?」  頭上から、容赦ない言葉が降りかかる。 「十二人」 「昨日は十三人って言ってなかった?」 「いーじゃんよー、一人二人違ってたって」  見上げると、屋上と校舎を隔てる昇降口に、足をぶらぶらさせながら、つまらなそうな顔で僕を見つめる赤い目が二つ。 「あんた、それでも言霊遣いの末裔なの? 女の子の一人や二人、その力で口説けないの?」 「無茶言うな」  僕、つまり新藤侑(しんどうゆう)の家系は『言霊遣い』で、言葉で事象を縛る。なので、本来なら告白程度で躓くはずはない。  が、残念。僕はその力を継いでいない。親父曰く「そんな旧い力で物事を解決する事自体、時代遅れだ」と言い放たれ、奥義だとか秘技だとか、一切教えてくれなかった。  もちろん、僕だって、そんな力に頼るつもりはない。   ——そんなので相手をどうこうしようなんて、ずるいじゃないか。 「ずるいとかずるくないとか、そんなの、相手が決める事でしょう?」 ——その相手がいなきゃ、そもそも力があったって意味ないじゃんかよ! 「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」 「あのさ」  僕は、ため息をつきつつ、先ほどから心中を察しまくる声の主を見上げた。 「心の声読むの止めてくれない?」 「あら」  その少女は、ふわりを宙に浮き、静かに僕の目の前に着地した。  重力やら体重やらを無視した動きだった。 「あんたの場合、わざわざ心の中のぞき見る必要がある? 顔に出まくりよ?」  心から面白そうに、ニヤニヤと笑う少女。僕の幼馴染みにして、お隣さん。そして何を隠そう、死神の家系だ。 「あたしの名前、言ってみなよ? 力使ってもいいから」 「だから使えないんだって。知ってるくせに」 「もしかしたら、使えるようになってるかもよ?」  それは無理だ。  親父から『引き継ぎ』をしていない。そもそも、僕に素養があるかも分からない。 「だから無理だって。優里(ゆうり)。お前、全部分かってて言ってるんだろ? もう放っておいてよ、もう」 「いくじなし」 「だーかーらー」  駄目だ。この死神に何言っても。一言えば、十倍ダメージ確実な言葉が返ってくる。  つい数分前に失恋した僕に対して、労いとか慰めとか、そんな言葉を求めても無駄。だって死神だから。 「あ、今失礼な事考えたでしょ?」  つん、と唇を尖らせる。ふわふわの茶色がかった髪が、気まぐれな風で揺れる。優里——神崎優里(かんざきゆうり)は、大人しくしていれば、可愛い部類だ。実際、()以外には人当たりのいい、陽キャで通っている。クラス委員長まで勤め、成績の常に上位。そんなヤツに僕の気持ちが分かるはずがない。 「……もう、あきらめてあたしにすれば良いのに」 「は? 今何か言った?」 「もうあんたは誰に何言っても振り向いてもらえないから諦めれば? って言ったの!」  そう早口でまくしたてる彼女は、なぜか怒ったように、そっぽを向いた。 「何だよ。大体、仮にだよ? 僕がお前に好きだとか言っても、それ駄目だろ?」 「何で?」  優里の態度が一変した。  挑みかかるような視線。背後に、何やらもやっとした影が揺らめいた。 「何であたしだと駄目なのよ?」 「死神だから。悪魔と契約結ぶようなモンだろうが」 「失礼な! あたしだって、魂を刈り取る相手くらい選ぶわよ。誰があんたなんか」 「ええ、ええ、そうでしょうよ。どうせ僕は人外にすら相手にされませんよ、どうせ」 「そんなのやってみないと分からないでしょ?」 「は? 僕に、お前に魂を捧げろってのか?」 「だから、あたしだって、誰でも良いわけじゃないって、さっき言ったじゃん!」  ほぼ喧嘩口調で、言い争いをする僕たち。  こうなると、もう止まらない。  無意識に言葉が紡がれ、そして戻ってくる。 ——あれ? なんかこんな事前にもあったような?  ほぼ反射的にぐさぐさと言葉を突き刺し合を繰り広げる中、僕の頭の中に、小さい頃の記憶がぼんやりと浮かんだ。  幼稚園かな?  優里と僕が、園の庭のど真ん中で、今みたいに言い争いをしている。  幼い頃だから、言葉自体があやふやで、意味不明。  そんな中、はっきりと形になっていた言葉があった。 「優ちゃんは僕のこと嫌いなの? 好きなの?」 「好きだってば! いつも言ってるでしょ?」 ——あ。  唐突に理解した。  そうか、僕は自分の言葉を、純粋な『言霊』として優里に投げかけ、それに呼応した。  つまり。 「あー、ちょっとタンマ、タンマ!」 「何よ、いきなり」  いつの間に出したのか、優里は大鎌(デスサイズ)を両手で構え、僕に斬りかかろうとしていた。 「いや、それで何するつもり?」 「あー、斬りかかろうと?」 「冗談じゃない。死んじゃうよ、僕」 「大丈夫よ、あんたに振るったって死にゃしないから。だって……」  契約したから。  幼い頃、僕と優里は日常の中で、いつの間にか契約していたんだ。  死神である優里は、魂を刈り取る相手を選ぶ事が出来る。  そして僕は、多分もう使う事がない『言霊』を、優里にぶつけた。そして優里は、それに応じた。 「と言う事だよね?」 「何訳知り顔でドヤってんの?」 「いやほら、授業始まっちゃうよ? 優等生だろ? お前。内申に響くんじゃない?」 「余計なお世話!」 「それより、優里の鎌で僕が死なない理由、教えてくれる?」 「……っ」  そういう事だ。  僕の『告白』が成就しないのは、すでに相手がいるから。  目の前にいるから。   ——だろ? 優ちゃん。  見ると優里は、耳まで赤くなって、押し黙っていた。 「もう……やっと気づいた」 「まぁね」  今度は、僕がニヤニヤする番だ。だって、僕に最初に『告白』したのは、目の前の死神なのだから。 「もういい! 行くわよ! 授業に遅れるから!」 「はいはい」 「はいは一回!」 「はいはい」  了  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加